聖の神

「そういえば」


 めぐるとの会話を一度区切り、大翔はふと思い出したように彼女に訪ねる。


「めぐるちゃんって、この神社の神様について詳しかったりする?」


「逆巻神社の神様、ですか?」


 聞き返してくるめぐるの言葉に、大翔はこくりと頷いた。先ほどまでの会話の流れを切ってしまうのは少々名残惜しかったが、逆巻神社にやって来た本来の目的を忘れてはいけない。


 ましてや、めぐるはこの神社の関係者なのだ。自分一人で調べるよりも、有益な情報を得られる可能性は高い。


「そう、この神社にどんな神様が祀られているのかって。俺も地元はこのあたりなんだけど、そういえば知らないなって思って」


「そうですね……」


 取ってつけたような理由だったが、ひじりのことを彼女に話すわけにもいかない。意味もなく妙なことを聴きだすような変な人物と思われなければいいだろう。


 突然の大翔の質問に、めぐるはふと考え込む。どうやら彼女は何か知っていると踏んだ大翔の読みは当たったようで、めぐるはぽつぽつと話し始めた。


「この神社に祀られているのは、聖の神という神様だそうです」


「聖の神?」


 おうむ返しに呟く大翔の言葉に、めぐるは深くうなずいた。小さな神社だとは思っていたが、聴いたことのない神の名前が出てきてしまった。


 どうやらめぐるもそれを分かってのことなのだろう。彼女は続けて、聖の神についての説明に入り始める。


「聖の神というのは、主に農耕を司る神様だそうです。また、名前の『聖』という字は『日知り』とも書き、暦や時間を司るともいわれているそうです。今よりも農業が盛んで、生活に直結するほど重要だった時代は、特に信仰されていたみたいですよ」


「へえ、そうなんだ……」


 めぐるの説明に関心して、大翔は感嘆の声を上げる。


 彼女の説明でひじりのことを理解できたかといわれれば正直微妙で、そればかりか、また新しい疑問も浮かんでくる始末だ。


 それでも、何も知らなかった時よりはマシだろう。聖の神について語り終えためぐるに、大翔は礼を言う。


「めぐるちゃん、よく知ってたね。そういうのって、お父さんから教わったりしたの?」


「いえ、父からこういった話は聴いたことはありません。ただ、以前にも同じようなことを尋ねられた方がいらっしゃったので、その時にネットとかで調べたんです」


「珍しいこともあるもんだね」


「そうですね。そういった経緯がなかったら、私もこの神社の神様については知らなかったと思いますよ」


 それから二、三、とりとめもない話をした後、大翔はその辺に置いていたカバンを肩にかけた。


「それじゃ、俺はこの辺で帰るよ」


「お気をつけてお帰りください」


 神社を立ち去ろうとする大翔に、めぐるはその背中に小さく手を振って見送った。


 彼女のおかげで、神社の神様についてそれとなく知ることができたのは幸いだった。だが、彼女がいて助かったと思う反面、ひじりに対して浮かんでくる疑問は尽きない。


 めぐるが言うには、聖の神は農耕を司る神だ。暦や時間を司ることもあるというが、それも畑を耕す時期を見定めるということで、決して無関係というわけではない。


 それがどうして、人の色恋沙汰に干渉してくるようになったのか。こればかりは元のご利益との関係性が全く見えない。


 神話に疎い大翔だが、恋に関する神様は数が多いことくらいは知っている。それこそ、聖の神に恋についての何かを付け加える必要などないくらいに多いのだ。境内の片隅にぽつんと立っていた、逆巻神社の御利益が書かれた立て札にも恋愛成就の項目はなかった。


 ひじりの行いとめぐるの知識との奇妙な齟齬が、喉に刺さった小骨のようにちくりと引っかかる。


 落ち始めた夕日が地平線に隠れていくにつれ、帰路に着く大翔の影が伸びていった。

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