陽菜と茉莉香とひじりについて
「戻りました」
備品の買い出しを終わらせた大翔と茉莉香は、二人揃って生徒会室に戻ってきた。
ただ、生徒会室に辿り着くまでお互いの間に会話らしい会話はなく、帰り道はかなり気まずいことになってはいたが。
そんなことになっているとはつゆ知らず、陽菜は片づけ終わったプリントを机でとんとんと叩いてまとめながら二人の方を向いた。
「やあ、お帰り。お互い仲良くはできたかい?」
「全然ですね」
「同じく。こいつとは仲良くしたいとも思わない」
「これは手厳しいね。あと、茉莉香はそんなこと言わない」
陽菜に嗜められて、茉莉香は少し渋い顔をする。
茉莉香は陽菜に頭が上がらない。そればかりか、基本的に彼女は上級生の言葉には従順だし、同級生にもそうそうキツイ当たり方をしない。
だからこそ、彼女の中で例外の扱いをされる大翔は、それを見て苦い顔をした。
「それで林先輩――」
気を取り直して大翔が陽菜に質問しようと口を開く。
だが、その言葉を言い切る前に、彼の言葉がぴたりと止まる。
そして、にやりと笑うと、改めて陽菜に質問を投げかけた。
「すみません、
「ちょ、ちょっと!?」
大翔の突然の名前呼びに、驚いた茉莉香が声を上げた。
陽菜自身も、大翔がいきなり下の名前で呼んでくるとは思わず、閉じ気味の瞼を少し見開いた。
そんな二人に、大翔は説明を加える。
「そういえば、今生徒会に林さんは二人いるわけじゃないですか。それなのに二人とも苗字で呼び続けてたら、どっちのことを呼んでるのか分かりにくいでしょう?」
陽菜と茉莉香は姉妹なのだから、当然苗字は同じだ。
そして、二人とも生徒会に所属しているのだから、今生徒会には林性の人物が二人いることになる。
「だから区別するためにも、二人のことは名前で呼ぼうかと思ったんですけれど……何かまずかったですかね?」
大翔の言葉に陽菜がふと考え込む。だが、それもほんのわずかな間だった。
陽菜は何かに納得したのか、ふむと頷いてから大翔の顔を見た。
「いや、言われてみれば確かにそうだったね。突然のことで驚いたけれど、そういうことなら好きに呼ぶといいよ」
「ちょっと、姉さん!」
陽菜の了承を得て、茉莉香はいよいよ名前呼びを否定できなくなっていく。嫌っている相手が姉と親しげにするのが気に食わないが、何より、自分の頭が上がらない姉が名前呼びに肯定的である以上、止めるに止められない。
悔しげにほぞを噛む茉莉香に、大翔は勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
「それじゃ、そういうわけだから、今後もよろしく頼むよ、茉莉香さん」
〇 〇 〇
「ナイスです。ナイスですよ大翔さん!」
その日の霊夢の中で、ひじりは開口一番に大翔を褒めたたえた。
「そういえば陽菜さんの妹さんも生徒会所属でしたもんね! これはいい着眼点ですよ! これは今後の参考にもしないとですね……」
「今後の?」
ぽろりとこぼしたひじりの言葉に、大翔が思わず反応する。
ひじりはメモを取る手をぴたりと止め、大翔の視線に気付く。
「い、いえ、何でもありません。もしかしたら今後何か問題が起きた時に、今回のことが参考にできるかもしれませんからね」
「ああ、なるほど」
明らかに何かを取り繕うひじりの返答に、大翔はすんなりと受け入れた。
特に気にしていない様子の彼にほっと一安心して、ひじりは次にすべき行動を大翔に言い渡す。
「じゃあ、次は陽菜さんと遊びに誘うことですね」
「え、そんなことできるの?」
「できるの? じゃないですよ。やらなきゃいけないんです」
ぴんと立てた人差し指をびしっとさして、ひじりは大翔に宣言する。
タイムリミットが差し迫っている今、事は急ぐに越したことはない。
それについては大翔もちゃんと理解している。だが、遊びに誘うということについて、彼の中には別の懸念点があった。
「とはいえ、受験シーズン真っ只中の先輩をどうやって誘えと?」
入学したばかりの一年生である大翔と違い、陽菜は今年で三年生。
彼女は今年、大学受験が控えているのだ。これまで大翔が陽菜に接触するのを学内に絞っていたのも、学外での時間まで浪費させるのは難しからだと勝手に思っていた。
生徒会の活動だけでもかなり自分の時間を削っているであろう彼女に、果たして遊びに出かける余裕などあるのだろうか。
そんな大翔の疑問を、ひじりはあっさりと否定した。
「受験生といえども、毎日毎日勉強ばかりしていては身がもちません。たまには息抜きも必要です」
「陽菜先輩ならこなしそうだけどね」
「そういうのはいいですから」
陽菜の優等生っぷりを思い出し、思わず笑ってしまう大翔にひじりは突っ込んだ。
それからこほんと一つ咳ばらいをして、ひじりは再度大翔がすべきことを確認する。
「とにかく、大翔さんの次の目標は、陽菜さんと二人で遊びに出かけることです。受験勉強の息抜きの場を、大翔さんが作ってやるのです」
「といっても、どこに?」
「そこは大翔さんが考えてください。私も今回の一件で思い知りました。今大翔さんを取り囲む環境は、私よりも大翔さんの方がよく理解しています」
それはそうだ。いくら大翔のことを見張っていたとしても、実際に環境の中に入り込んでいる大翔には理解は遠く及ばない。
「なので、大翔さんは陽菜さんの趣味嗜好をしっかりと把握して、それに合った場所を選び、それから陽菜さんをデートに誘うんです」
とはいえ、陽菜はあくまで受験生なので、そう大したデートはできないのですけどねと、そうひじりは付け加えながら話を続ける。
「なので、まずは陽菜さんをよく知ることから始めてください。生徒会長で大翔さんの先輩ではない、林陽菜という一人の女の子のことをしっかりと知ることが重要です」
「なるほど……」
「目標は夏休みです。それまでに陽菜さんと一緒に行くデートスポットを決めてください」
「それで、夏休みにデートに誘う、と……」
最後の言葉を引き取って呟く大翔に、ひじりはこくりと頷いた。
これから陽菜をデートに誘うために、彼女のことをもっと知らなければならない。
ごもっともな彼女の言葉を耳にするうちに、大翔はもう一つ、あることに気が付いた。
そういえば、大翔はひじりのこともよく知らない。
なぜ大翔の味方をするのか。どうして陽菜との仲を取り持とうとするのか。そもそも、彼女の言う神様パワーとは一体何なのか。
夏休みまでまだ時間はある。陽菜とのデートの前に、彼女のことについてもっと知ってもいいのかもしれない。
どうせ学校のない日に予定はないのだ。事は急ぐに越したことはない。
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