嫌う理由

「林さん、ガムテープって売り場どこにあったっけ?」


「知らないわよ。私はボールペン取ってくるから、そっちはそっちで探してきて」


 茉莉香の素っ気ない態度に、大翔はため息を吐いた。


 大翔がなにかと話題を振ってみて、茉莉香がそれを完全に跳ね除けての繰り返し。挙句の果てに茉莉香は、協力する気はないというスタンスを隠そうともせずに、買い出しで別行動を提案する始末。


 端的にいって、大翔は茉莉香から嫌われていた。


 生来のツリ目をさらに険しくして睨みつけ、話しかければ不快感をあらわにする。何か少しでも不満があろうものなら舌打ちが飛んでくる。


 彼女のストイックさは他人にも同様だが、大翔以外にこのような態度を取ることは決してない。できることとできないことをきっちりと把握し、区別し、その上でできることをこなしてもらう。


 そんな彼女は一年生の間でもすでに話題になり、すでに数人からアプローチを受けたとの噂もあるらしい。


 ――その結果だけは、聴かなくとも予想はできるが。


 彼女の性格に難癖付けるつもりはない。だが、何もしていない相手からこうも露骨に嫌われるとなると、大翔としてもやりづらい。


 ましてや、それが現在生徒会に所属する、自分以外では唯一の一年生なのだからなおさらだ。


「あの、俺林さんになんか嫌われるようなことしたっけ?」


「……別に」


 大翔の問いかけに、茉莉香は依然としてぶっきらぼうな態度で返す。


「いや、どう見てもあるだろ」


 だが、大翔もここで引き下がるわけにはいかない。これから三年間、同じ生徒会に所属する相手である以上、ここまで嫌われている理由ははっきりさせておきたかった。


「ないから」


「あるだろ」


 はいといいえの応酬を数度繰り返し、ついに折れた茉莉香が大翔に向き直る。


 しつこく迫ってきた大翔に相当苛立っているのだろう。彼女の眉間には皺が寄り、不快感を露わにしながら大翔に口を開く。


「だったら言わせてもらうわ。正直、姉さんの気を引こうとしてるのがバレバレで、見ていて気持ち悪い」


「あー……」


 先ほどの生徒会室でのやり取りを見ている限り、陽菜と茉莉香の仲はそれなりに良好なのだろう。少なくとも、嫌いな姉が所属している場所に、わざわざ土足で踏み入ろうとする妹はいないと思う。


 それに引き換え、大翔と茉莉香は同級生で、同じく生徒会に入った関係ではあるが、まだ入学してから日も浅いため、お互いがどういった人物かをそこまで把握できてはいない。


 一応、入学早々生徒会に入り、平凡ながら熱心に仕事をこなそうとする大翔のことを、生徒会や教師達は評価し始めているのは感じていた。


 だが、それはあくまで生徒会の中だけの話だ。ひとたび生徒会の外に出てしまえば、彼にまつわる噂など流れるはずもない。


 さて、そんなよく知らない同級生から、アプローチを受け続ける姉を見たら、その妹はどう思うか。


 おそらく、というよりも本人の態度を見れば明らかだが、いい印象は持たれないだろう。


 そこまで考えて、ふと大翔は思い至る。


「……ってそれ、俺別に悪くなくない?」


 大翔の言葉に、茉莉香はため息で返した。


 まるで、こいつは何も分かっていないと言いたげに、少し大げさなくらいに。


「姉さん目当てで近づいてくる奴は、これまで何人も見てきた。姉さんのことを装飾品みたいに考えてる奴。ろくに姉さんのことを知らないでお近づきになろうとしてる奴」


 茉莉香は思い出すのも忌々しいといったように、過去陽菜に近づいて来た男達の顔を頭に浮かべながら話しだす。


 姉がそんな相手に言い寄られるところを、彼女は間近で見続けてきたのだろう。眉間の皺はさらに深まり、嫌悪感とは別の負の感情すら帯び始めている。


 そして、ぱっと茉莉香は顔を上げると、まっすぐ大翔に指さした。


「正直、あんたもそういう奴らと同じ顔してる。同類にしか見えないのよ」


 まるで射抜くかのようなまっすぐな視線に、指先までぴんと張った姿勢。


 ここが街のスーパーであることすら一瞬忘れそうなほど、凛とした緊張感が突き刺さる。


 大翔は、何も言えなかった。言い返せなかった。


 完全に気圧された。


 そんな彼を見て、何の反応も返せないと悟ると、茉莉香はもう一度ため息をついた。とても残念だ、とでも言いたげなため息だった。


 瞳を閉じ、伸ばした指を戻し、近くにあったボールペンを買い物かごに放り込む。


 街のスーパーが戻ってきた。だが、二人の間に流れる空気は未だに重い。


「ま、一応今はちゃんと仕事してるし、私も私で、私情を挟みすぎていることは理解してるわ。あんたの言う通り、あんたは何も悪いことはしてないんだし、これからはもう少しだけ、態度を緩められるよう善処するわ」


「……あ、ああ、頼むから善処してくれ」


 頭を水中に押し込まれたような息苦しさが、ほんの少しだけ緩んだ。


 ようやく一息ついて、大翔が口を開く。


「ま、私はあんたのこと、絶対に応援はしないけど」


「そこまで優しくはないか」

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