「こいつ」との買い出し

「林先輩。入学式関連の資料整理終わりました。このファイルは棚に戻しておいていいですか?」


「ありがとう。それはもう少し使うから、こっちに渡してもらってもいいかい?」


「はい。どうぞ。……それにしても、ここがこんなに人がまばらになることってあるんですね」


 大翔は整理し終わった分厚いファイルを陽菜に手渡して、がらんと空席の目立つ生徒会室を見渡してぽつりと呟いた。


 時期は四月後半、新入生が少しずつ高校に慣れ始めてきた頃だ。入学式が終わり諸々の仕事も落ち着いたことで生徒会に舞い込んでくる仕事も激減し、それに伴い生徒会室を訪れる生徒も数を減らしていったのだ。


「行事のない時は大体こんなものだよ。むしろ、ここが生徒で溢れていた今までの方がイレギュラーなくらいさ」


 こうなると六月の体育祭まで、生徒会室はただのたまり場になると陽菜は付け加える。


 持ち寄ったジュースとお菓子を机に広げ談笑する男子生徒二人を横目で見て、大翔はなるほどなと心の中で呟いた。


 彼らの名誉のためにも補足しておくが、別に彼らもサボっているわけではない。今年入ってきた一年が揃って仕事熱心なおかげで、もうやることが残されていないのだ。現に時折やって来る大翔の質問にはきっちり答えるし、入学直後の慌ただしい時期は大いに活躍してみせた。


 そんなやり取りの傍らで、仕事熱心なもう一人の一年、林茉莉香はやしまりかがふと先輩の女子生徒に声を掛けた。二人して渋い顔をしながらノートと電卓を交互に見やり、小首をかしげる。


「林さん、今月分の予算が変な余り方してるんだけど、何か心当たりない?」


「変な余り方? ちょっと見せてもらっていいかい?」


 ほらと女子生徒が差し出した帳簿を陽菜が受け取り、指でなぞりながら内容を確認する。


 ややあってから、陽菜がああと納得して声をあげた。


「文具類の買い出しをやってないね。まだ余裕があるからと後回しにしていたんだけれど、そのまま忘れてたみたいだ」


「そういえばそんなこと言ってたっけ。でも確か、ボールペンとか減ってきてたよね?」


「そうだね。時間もあるし、誰かにお願いしたいところだけれど……」


「あ、じゃあ俺行ってきます」


「それなら私が行ってくるわ」


 ふと部屋を見回した陽菜の呟きに反応して、大翔と茉莉香が同時に手を挙げた。


 二人は向かいの席で挙がった手の主をちらと確認して、同時にげっと声を上げる。


 そんな彼らを見て、陽菜がにやりと笑みをこぼした。


「それじゃ、せっかくだから二人にお願いしようかな」


「買い出しくらいなら私一人で十分よ。こいつは他の仕事に回して」


「こいつって」


 茉莉香が親指で大翔を指し示し、姉である陽菜に進言する。


 だが、陽菜は彼女の言葉に首を横に振った。


「もう任せるような仕事は残ってないよ。さっきも言った通り時間に余裕はあるし、せっかくなんだから、これを機に親睦を深めてきなさい」


 にっこりと笑顔を浮かべる陽菜だが、その表情とは裏腹に有無を言わせぬ圧を放っている。


 普段は物怖じせずに堂々と意見を放つ茉莉香も、今回ばかりは何も言い返すことができなくなって、渋々といった様子で荷物をまとめ始めた。


 そして大翔もまた、彼女の冷たい笑顔に見守られながら、肩掛けカバンのチャックを閉じる。


 仕事を手伝うつもりで手を挙げたのだ。断るつもりは毛頭ない。


 だが、せめて、一緒に買い出しに向かう相手は選ばせてほしいと心の中でぼやいた。

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