生徒会長、林陽菜
生徒会室の扉を前にして、大翔はドアノブに手をかけて、ふと動きを止めた。
彼の頭の中に、夢の中で話したひじりの言葉と、ついさっき話した涼の言葉が蘇る。
まったく見ず知らずの二人であるはずなのに、口にした内容は全く一緒。
ということは、つまり――。
「やっぱり、今はそれくらいしかできないってことなのかもな……」
「なにができないんだい?」
「!!??」
ぽつりと呟いた大翔の言葉に、背後から反応があった。まさか聞かれているとはつゆ知らず、大翔の肩が大げさなくらいに跳ねる。
振り返った先にいたのは、生徒会長、
艶やかなセミロングの黒髪。模範的な学生を体現するかのように、一切着崩すことなく身につけられた学校指定の学生服。
スレンダーな体から伸びる手足はしなやかで、生徒会の仕事で校内のあらゆる場所を出入りするせいか、きめ細やかな肌はほんのりと小麦色に焼けていた。
ややたれ目気味な彼女の顔立ちは、どこか飄々とした性格も相まってか、いたずら好きな猫のような印象を与えてくる。
「びっくりした……」
「おや、驚かせてしまったようだね。それはすまなかった」
荒く息をつく大翔を見て、陽菜がけたけたと笑う。
軽く謝りながらも、さも楽しそうな声色を隠そうともせず弾ませている。
「それで、何ができないんだい?」
不意に笑い声をぴたりと止め、陽菜が大翔に問いかける。
その切り替えの早さに大翔は内心驚かされつつも、表情に出さないよう慎重に取り繕いつつ、先ほどまで彼が考えていたことを明かした。
「生徒会に入ったはいいんですけれど、まだ仕事もあまり覚えられていませんし、頑張らないとなーって思ってたのが口に出てたみたいです……」
「なるほどね」
どうやら、この説明で陽菜は納得したようだ。
大翔は決して嘘は言っていないが、誤魔化した部分は結構多い。
あるいは陽菜は、彼に誤魔化していることがあると気付いていながらも、あえて踏み込んでこないようにしているだけなのかもしれないが、大翔からすればそちらの方が都合がよかった。
なにせひじりのことなど、仮に話したとして受け入れられるとは到底思えないのだから。
「まあ生徒会に入ってから、いや、それ以前に、まだ入学してからそれほど日が経っていないんだ。気にするようなことじゃないよ。必要なことはちゃんと教えるから、さ」
「お願いします」
「そういえば、佐藤君はどうして生徒会に入ろうと思ったんだい? 真面目なのはいいし、こちらとしても入ってくれる分にはありがたいんだけれど、正直、もう少し学校に慣れてからでも遅くはなかったんじゃないかな」
納得してから、陽菜は立て続けに大翔に問いかける。
さすがにそれは予期していなかった大翔は、思わぬ彼女の言葉に息をのんだ。
「い、いやー、実をいうと、そのですね……」
流石にその質問はまずい。
なにせ質問者である陽菜目当てで生徒会に入ったのだ。それをそっくりそのまま打ち明けられる度胸は、残念ながら大翔にはなかった。
「……内申点欲しさに、ちょっと欲張りました」
「なるほど、ね」
結局、嘘を一つ吐いてお茶を濁した。
大翔の返答に対し、どうやら陽菜はそこまで気にしている様子はなかった。真面目な人物だと評価していた新入りが、実は内申点のために生徒会に入ったと言ってのけたのだ。多少は印象が変わるものかと思ったが、特にそんなことはないらしい。
むしろ、そんなことはないというように、陽菜はかぶりを振った。
「いや、別に生徒会に入った理由なんてなんでもいいんだよ。正直、私だって学校のためだなんて思って入ったわけじゃない。それどころか、最初は生徒会に入ろうなんて思っていなかったくらいさ」
「そうなんですか?」
「去年友人にちょっとした助言を貰って、ね。生徒会長に立候補したのも助言ありきみたいなものだし、そもそも、私が生徒会に入ったのは二年からだったよ」
「二年から、ですか?」
おうむ返しをする大翔の言葉に、陽菜はこくりと頷いた。
一方で大翔は、彼女の言葉が信じられないと言った様子でため息を吐いた。
入学したばかりといえど、二年に進級してから生徒会に入るということがどれだけ遅いかは理解できるつもりだ。
それでその半年後に、生徒会長に立候補して当選してしまうのだから、末恐ろしい話である。
「ま、生徒会に入る人間に、そんな高潔さなんて求めていないさ。私の妹も生徒会に入ってきたわけだけれど、あの子もあの子なりに思惑があってのことだろうからね」
「ああ、林茉莉香さん、ですね」
大翔は陽菜の妹で、同じく生徒会に入った新入生の名前を呟きつつ、彼女の顔をふと思い浮かべる。
姉と同じく艶やかな黒髪を長く伸ばし、姉と同じように制服をきっちりと着こなしている。
一七〇センチと女子生徒としては高い体からすらりとした手足が伸び、白磁のような肌が黒と紺を基調とした制服に映える。
陽菜とは対照的にツリ目な彼女は、自分にも他人にも厳しいストイックな性格も相まって、気難しい猫のような印象を周囲に与えていた。
「まだ入学してから日も浅いとはいえ、今新入生で生徒会に入ってくれたのは君と茉莉香だけなんだ。仲良くしてくれよ?」
「そう、できればいいんですけどね……」
大翔の視線がどこかへと泳いでいってしまう。
まだ日の浅い現時点で陽菜に心配される辺り、大翔と茉莉香の仲はお察しだ。
やれやれといった様子で、陽菜は首を横に振った。
「まあ、立ち話もこのくらいにしておいて、そろそろ生徒会室に入ろうか。何か分からないことがあったらいつでも聞いてくれたまえ」
「お願いします」
大翔が茉莉香との関係をどうしようか本格的に悩み始める前に、陽菜は生徒会室の扉を開いた。そのまま招き入れるようにして、大翔を部屋の中へと誘導する。
陽菜に導かれるままに、大翔は生徒会室へと歩みを進めた。
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