夢のお告げ(後編)

 そんなやり取りから早数日、ひじりは宣言通り何度も大翔の夢に介入してきては、そのたびに雑談を交え、何を記録しているのか分からないメモをとり、陽菜との距離を詰めるための助言を与えてきた。


 本来ならば全く聴き入れずに無視するべきだったのかもしれない。だが、彼女の助言は、無視するにはあまりにも有用すぎた。


 その結果大翔は、この得体の知れない彼女の助言を実践に移す形で、興味もない生徒会に入ることとなった。


「とはいえ、あまりゆっくりもしていられないんですけどね」


 ある日、ひじりはいつか言った「ゆっくりと時間をかけて仲良くなればいい」という自身の言葉を否定して、腕を組んでううむと考え込み始めた。


「陽菜さん。来年の三月には卒業しちゃうでしょう? タイムリミットまで、もうあと一年もないじゃないですか」


 大翔が今年入学したばかりであるのに対し、林陽菜は今年で高校三年生。そもそも在学できるのが残り一年だけである上に、彼女には大学受験が控えている。


 それも考慮するとなると、実質的に残された時間はあまりに短い。


 それは大翔も承知のことだ。彼はひじりの言葉に素直に首を縦に振る。


「とはいえ佐藤さんと陽菜さんの関係は、今のところ、いいとこ生徒会で一緒というだけのほぼ他人です。残念ながら今の私達とおんなじくらいです」


「ずいぶんぼろくそ言いますね」


「なので、まずは陽菜さんに佐藤さんを知ってもらうことを意識しましょう」


「まずはっていっても、どうやって?」


 ぴんと人差し指を立てて宣言するひじりに、大翔は小首をかしげた。


 そんな都合のいい方法があるというのかといぶかしむ大翔に、ひじりは立てた指を口元に当てながら答える。


「陽菜さんにいい印象を持たれたいですし、生徒会の仕事を奪っちゃうくらい陽菜さんを手伝ってみる、というのはどうでしょう? 少なくとも、悪いことにはならないと思いますよ?」


「それは、……そうかも」


 ひじりは神様パワーとやらを自慢に思う割に、提案してくる方法はずいぶん地味なものが多い。あくまで陽菜との距離を詰めるのは大翔の行動ありきで、神様パワーはその補助としてしか使わないのだ。


 使わないのか、使えないのか。そこまでは大翔にも分からない。


 一ついえるとすれば、彼女の提案する地道な方法こそが。今の大翔にできる最大限だということくらいだろうか。


「そうそう、それと」


 ふと思い出したように、ひじりが付け加えた。


「佐藤さんと陽菜さんの間もそうですが、私達の仲も早く詰めたいので、今から大翔さんのことはお名前で呼ぶことにします。大翔さんも、これからはその敬語をやめてください」


 言うが早いが、もうひじりは大翔のことを下の名前で呼び始めていた。


 さらさらと流れるようにメモを取りながら話す彼女に、辟易としながら大翔が言葉を返す。


「いや、ずいぶん早く対応できますね」


「け、い、ご」


「……ずいぶん早く対応できるな」


 渋々といった様子で敬語を取る大翔に、ひじりは満足げな笑みを浮かべる。


「それではそろそろ朝が来ますので、今日も一日、頑張ってくださいね」


 ひじりはそう言って、微笑みながら手を振った。


 それを合図に視界が徐々に白く霞んでいき、やがて何も見えなくなったと思った瞬間、大翔の目が覚めた。


 見慣れた天井を見上げ、ベッドの上で仰向けになっている体を起こす。不調、というほどではないが、ぐっすり寝たはずなのにどこか頭が疲れている気がする。きっと先日から見るようになった例の神様の夢が、まるで実際にその場に出向いて会話したかのように、いつもはっきりと覚えているせいかと大翔は勝手に結論づけた。


 よく知らない相手との会話に、よく知らない相手からの助言。


 さらに今日は、きわめて個人的なお願いを追加で言い渡された。


「敬語、か……」


 貢物の一つでも要求された方が、よっぽどマシだったかもしれない。だが、彼女が求めたのはそんな見返りではなく、ただ敬語をやめることだけだ。


 これでは、本当に彼女は、大翔と仲良くなりたがっているだけのようではないか。


 林陽菜との仲を取り持とうと奔走している、ただそれだけのようではないか。


 そんな彼女を疑いの目で見続けている、こちらが罪悪感に苛まれそうになる。


「さて、どうしたものかな……」


 身支度を整えつつ、大翔は今朝の夢のことと、今日の生徒会についてのことを考えていた。

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