夢のお告げ(前編)
放課後、大翔は手早く荷物をまとめて部活に向かった涼の背中を見送ってから、忘れ物がないかを軽く確認してから教室を出た。
涼の言うことはごもっともだと、大翔はため息ながらに彼の意見を思い返す。
確かに、大翔からすれば林陽菜は、気になる異性の先輩という特定の相手かもしれない。
だが、林陽菜にとっての大翔は、先週入学したばかりの新入生の内の一人で、生徒会に入った新人の内の一人でしかない。
はっきりと言ってしまえば、他の生徒とあまり変わらない存在だ。
だからこそ、まずは佐藤大翔という個人を彼女に認知してもらうことから始めなければいけない。もちろん方法はなんでもいいわけではない。なるべく彼女にいい印象を与えながら、自分のことを覚えてもらう必要がある。
だからこそ、積極的に生徒会の仕事を率先して手伝うことは、彼女に認知してもらうための第一歩となりつつ、彼女にいい印象を与えるきっかけにもなる。
大翔自身、その案には賛成だ。
実際これまでも、自分なりにではあるが、生徒会でできる限り彼女の力になろうと奮闘している。
だが、それとは別に、大翔には一つの懸念事項ができてしまっていた。
「まさかのだだ被りかよ……」
大翔は生徒会室に向かいながら、ぽつりとひとりごちる。
その時彼が思い返していたのは、入学式の日からよく見るようになった、とある夢についての内容だった。
○ ○ ○
「こんばんは。佐藤さん。さっきぶりですね」
四月八日の夜のことだった。
その日逆巻神社の境内で出会った自称神様が、やけに嬉しそうな笑顔を浮かべて挨拶をしてくる。
それを大翔は、逆巻神社の境内のど真ん中であぐらをかいて見上げていた。
あれほど衝撃的な初対面を交わした相手だ。夢に出てきてもおかしくはないのかもしれない。大翔がそう思ったところで、今見ているこれが夢であることに気が付いた。
しかも、ただの夢ではない。夢の中で自分の思うがままに行動や思考ができる、いわゆる明晰夢というものだ。
目の前の自称神様――逆巻ひじりも大翔の様子に気付くと、胸に手を置き、この夢について自慢げに語り始めた。
「すごいでしょう? すごいでしょう! これも、私の神様パワーがなせる技の一つなんですよ!」
彼女曰く、彼女には相手の夢の中に入り込むことで、意思疎通を行う力があるらしい。相手が眠ってさえいれば、離れた相手と会話ができる優れものだという。
要するに、お告げや霊夢と呼ばれている現象だとひじりは話した。
要するに、スマホのメッセージアプリの下位互換かと大翔は内心思った。
それでも、彼女の起こす現象が不可思議なものであることに、変わりはないのだが。
「……それで、神様は俺になんの用なんですか?」
「おや、ずいぶんと警戒していますね。でもご安心ください。私は佐藤さんにとって、とーっても有益なことしかしませんから」
「有益、ね。夢の中に勝手に入り込んでぺらぺら喋ってこられても、怪しさしか感じないんですよね」
「まだ疑ってらっしゃいますね……。私ってそんなに怪しいですか? こうしてちゃんと神様パワーを見せて信用してもらおうとしているのですが……」
腕を組んでううむと唸るひじりに対し、大翔はじっとりとした視線を投げかけながらため息を吐いた。
「その神様パワーってのが理解できなくて胡散臭いです。それに、もしも本当にあなたが神様で、人間には到底できないような神様パワーとやらがあるとしたら、それはそれで余計に警戒しますよ」
「なるほど……」
今の対話に重要な要素などあっただろうか。ひじりはどこからか取り出した正方形のメモ帳に、同じくどこからか取り出したボールペンを走らせた。
それが終わると、またメモ帳とボールペンをどこかへとしまってううむと唸る。
とはいえ、これ以上何を説明されたとしても、大翔が彼女のことを信用するのは少々難しい。
やがてひじりはぽんと手のひらに拳を置いて、軽くうなずいて呟いた。
「まあ、今は仕方ないのかもしれませんね」
「ずいぶんあっさりと引き下がるんですね」
まだこの場では、という意味合いとはいえ、信用を得ることをいとも簡単にあきらめた彼女が意外で、警戒し続けていた大翔は思わず拍子抜けしてしまう。
そんな彼に、ひじりはやれやれと言った様子で口を開いた。
「そりゃあそうでしょう。今の佐藤さんにとっての私は、たった数回会っただけのよく知らない神様なんですから。ならば私がするべきことは、今後もっと時間をかけて、ゆっくりと佐藤さんと仲良くなることです」
「要するに、今後もっと時間をかけて、ゆっくり仲良くなるために、俺の夢に入り浸られるということですか」
「そういうことになりますね」
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