逆巻ひじりのねがいごと(後編)

「あのー、どうかなさいましたか?」



 ぼんやりとこちらを見ているばかりの少年に、少女は首を傾げた。


 その仕草を目にして、ようやく金縛りから解けたように少年が口を開く。


「あ、いや、その……、どちら様ですか?」


 しどろもどろになりながらも。少年はなんとかそれだけ訊ねた。


 年始に、ここよりも大きな神社でしか見ないような立派な巫女装束。年齢に見合わない白く長い髪。不自然に思うべき点はいくらでもある。


 だが、それ以上に、今この場に彼女がいること自体が、そもそも不自然なのだ。


 なにせ、先ほどまでこの神社には少年しかいなかったはずなのだから。


 彼女は、一体いつから、どこから現れた?


 そんな疑問の尽きない彼に、少女は胸に手を当て、妙に得意げな表情で自己紹介をした。


「私の名前は逆巻さかまきひじり。この逆巻神社に祀られているえらーい神様なんです!」


「神様、って……」


 見知らぬ少女から発せられた突拍子もない告白に、少年は苦い顔をする。


 だが、神様を自称する少女――逆巻ひじりは、それを意に介していないようで、なおも自信たっぷりな表情を崩さない。


「信じられないのも無理はないでしょう。ですがご安心ください。今からその証拠を見せちゃいますから」


 そしてひじりは掲げた手を広げ、大きく息を吸う。


佐藤大翔さとうはると。年齢十五歳。お誕生日は五月八日で、この春から地元の伊怒姫いなひめ高校に通う高校一年生――」


「いやいやいやいや待って待って待って待って」


 広げた指を折りながら、一息につらつらと出てくる自分の個人情報に困惑し、慌てて少年――佐藤大翔が止めに入る。


 どや顔を見せつける彼女を、大翔はじっとりと睨みつけた。


「なんで俺のことそんな知ってるの? 俺のストーカーか何か?」


「これが神様パワーです」


「うわ、うさん臭っ」


 嫌な顔を見せつける大翔の、眉間の皺がさらに深くなる。見ず知らずの少女にいつの間にか個人情報を握られ、あまつさえそれを神様パワーなどという理解できないもので片づけられたのだ。


 こんな不安要素の塊のような彼女が、よくもまあ自信たっぷりに安心しろと言えたものだ。


「まあ、ここまでの情報なら調べれば分かることですし、神様パワーも初めて見るのでしたら、胡散臭くても仕方ないかもしれませんね」


「いやもう、個人情報握られてる時点で胡散臭いどころの話じゃないんですけど」


「では、これならばどうでしょう?」


 ひじりは人差し指をぴんと立てる。その仕草にぎょっとした大翔に立てた指を向け、彼女は一言、とっておきの情報を口にする。


「佐藤さんは今、同じく伊怒姫高校に通う、生徒会長の林陽菜はやしひなのさんが気になっている」


「なんで……」


「神様パワーです」


 生徒会長、その単語を耳にした大翔の肩が跳ねた。調べれば分かる個人情報どころか、まだ誰にも話していないはずの情報すら、目の前の自称神様はさも当然といったように掴んでいる。


 反射的に開かれた大翔の口からは、意味を持たない濁った言葉が出てくるだけ。


 その事実が、どんな言葉よりもひじりの言葉を肯定した。


 明らかな動揺を見せている彼に対し、ひじりはなおも余裕の表所を崩さない。それがさらに大翔の警戒心を高めていた。


 顔立ちこそ可愛らしいものの、その実得体の知れない彼女が今は恐ろしい。


「……それで、逆巻さん、だっけ? 俺に何の用なんだよ」


 用事、だけではないだろうと大翔は内心毒づいた。


 もはや脅し文句以外の何物でもないような言葉を、つらつらと流れるように口にしてきた彼女のことだ。ここまできて、単なる冗談で済ませるとは思えない。


 ただの一般人でしかない大翔に対し、一体どのような要求を突きつけてくるのか気が気でない。


「そんな怖い顔をしないでください。私は佐藤さんの味方なんですから」


 どこが味方だ。と、大翔は心の中でもう一度毒づく。


 それに気付くこともなく、目の前の少女は言葉を口にした。


「佐藤さんの恋路、私に応援させてもらえませんか?」


 胸に手を置き、どうぞ安心して任せてくれといわんばかりの表情を浮かべ、ひじりは言った。


 全く意味が分からない。ここまで人のことを脅しておいて、どうしてそんな顔ができるのか。


 私は善人ですと言いたげな、そんな顔ができるのか。


 大翔には、彼女の胸の内がどうしても読み取れない。


 読み取れるとすれば、一つだけ。


 彼女の声色は、声色だけは、彼女の言葉が心からのものであると告げていた。

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