第4話 害悪レビュアー
「まず、能力を使うときだけど」
家入さんの声色は優しい。こんな先生がいたなら、僕も不登校せずに済んだだろうか。そんなことを考えて、心の中で首を横に振る。
僕が不登校になったのはあくまで僕が社会生活に向いていなかったからだ。それなりに頭がよかった僕にとっては学校の授業も無駄だったし、何より絡まれることが嫌いだった。
『何書いてんの?小説?ちょっと見してよ!』
『ふーん、良いんじゃない?よく分かんねーけど』
『ねー、これあのマンガのパクリ?めっちゃ見たことあんだけど』
僕が小説を書いていると、必ず纏わりついてくる輩。こういう奴らに限って大して本も読まず、偏った知識で不当な判断を下す。別にお前らに読んでほしくて書いた訳じゃないのに、人のパーソナルスペースに土足で踏み込んで。
それでも僕は耐えた。中学3年間、頑張って耐えた。学校の図書室が好きだった。国語の授業が好きだった。学校に通っている時間だって、全部小説に充てたかった。好きなもののために、嫌いなものを我慢した。
けど、それは我慢に過ぎなかった。根本的な解決なんて出来ず、日々ストレスを飲み込んで。溜まり続けた鬱憤は、卒業の日に爆発した。
その日も小説を書いていた。日常に満足できない主人公が、転校生との出会いを通して毎日の大切さを噛み締める物語。
いつもの如く野次馬がやって来て、今日も書いてんね〜、飽きないん?なんて声を掛けてくる。でもその日の僕は心安らかだった。遠くの、偏差値の高い高校に行って、そこで小説を書く。もうすぐ始まる新しい日々に心が踊っていた。嫌いな奴の言葉も聞き流せた。聞き流せると、思っていた。
『てか、ずっと思ってたんだけどさ〜』
何を言うつもりか知らないし、知る気もない。1人で勝手に喋っていろ。
『なんで「ありがとう」って言わないの?』
(………?)
理解が、出来なかった。
本当に、放棄した訳でもした気になった訳でも無く、理解が出来なかった。僕が反芻して考えている間もそいつは喋っていた。
『俺さ、毎回お前の小説読んでさ、アドバイスしてやってんのにさ〜?マジで1回もありがとうって言ったことねぇじゃん。なんで?』
恥知らずなん?なんて、正真正銘の恥知らずがのたまう。意味が分からなかった。分かりたくもなかった。いつもいつもいつも、許可も出していないのに僕の小説を勝手に読んで。アドバイス?あの身勝手で無教養な「感想」が?
『………けるな…』
『ん?』
『ふざけるなッッ!!!』
後にも先にも、あれ程怒りを露わにすることはないだろう。気付けば手が出ていた。
『ふざけるなッ!!!いつも、いっつもッ!!!誰もお前のアドバイスなんか必要としてないんだよッ、馬鹿がッ!!!分かった気になるんじゃねぇよッ…』
自分は非力な方だと思っていたから、まさか骨を折ってしまうなんて思ってもみなかった。相手は全治半年の怪我を負い、しばらく会話もままならなかったそうだ。
そして、当然僕は叱られた。第一志望校への推薦は取り消され、滑り止め校で3年を過ごすことが決まった。
入学した先でも僕の噂は囁かれていた。その内尾ひれが付き、何もしていない同級生を半殺しにしただの、素行が悪く親にも暴力を振るっているだの、話は様々だった。教師にも嫌われ恐れられ、楽しみにしていた授業はいつも暗い雰囲気だった。ついに僕は学校へ通うのをやめた。
僕が悪いのだろうか。僕は加害者であって、被害者ではないのだろうか。考えることすら怠くなって、僕はひたすら小説を書き続けた。小説に、夢見た理想の自分を描いた。それでも心は満たされなかった。
「柿田くん?柿田くーん?」
はっとした。また回顧に耽っていたようだ。僕の悪い癖で、すぐ頭の中で考え出してしまう。だから元々人の話を聞くのが得意じゃない。そう、例えば、能力の説明とか。
「すみません、考え込んでました…」
「ははっ、さては話聞いてなかったな〜?」
申し訳なくて、俯いて首を縦に振った。恐る恐る家入さんの顔を見ると、予想外に嬉しそうな表情をしていた。
「お、怒らないんですか…?」
「んー?だってさ、今日だけで色々あったでしょ?能力が開花して、変な虫に酷い目に遭わされて、こんなとこに連れてこられてさぁ」
疲れてるよね。大丈夫だよ。言外にそう聞こえた気がした。
「今日はもう休みなさいね。部屋は用意してあるから。荷物はパソコンだけ?」
「えっ…でも、授業は…」
「疲れてるときに聞いても実にならないよ。私も、ちゃんと準備した状態で教えたいからね。さ、案内するから。歩いた歩いた」
家入さんに連れられて廊下を歩く。やっぱり、この人は優しい。僕の父さんもこんな人だったんだろうか、と考える。
うん、きっとそうだ。僕が人を殴った、と聞いて、すぐに叱らず、僕の話を聞いてくれた母さん。あんな優しい母さんと人生を共に出来る人は、きっと家入さんみたいな人格者なんだろう。
「ここだよ」
足を止めたところには、水色の小さな扉があった。壁と同じつるつるした材質。開けてみると、六畳の小部屋が僕を出迎えた。
「狭くてごめんね」
「いえ、大丈夫です。狭い方が好きなので」
「あ、やっぱりそう?」
やっぱり、という言葉が引っかかって、家入さんの顔を見つめた。彼はくすくす笑って続けた。
「なんかね、似てる気がするんだよね、柿田くんと私って。私も狭いとこ好きなんだ」
似てる。あまり共感できなかった。僕は家入さんほど人が出来ていないと思うし、こんな余裕の表情は作れない。でもまぁ、僕よりひと回りもふた回りも上の人の言うことなので受け入れておいた。
「じゃ、困ったことあったら局長室に来てね。おやすみ」
「おやすみなさい」
部屋を後にした家入さんを見送ったあとも、特に眠気は感じなかった。が、疲労は確かに蓄積していたので、備え付けのシングルベッドに寝そべる。不眠症で寝付きが悪い僕なのに、今日は目を閉じて3秒で眠りについた。
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