第2話 情報で胃もたれする

「大丈夫か!?災難だったな、こんなのが家に来るなんて…部屋もめちゃくちゃだな、手伝えることはあるか?出来る限りなんでもするよ」

僕は小説家だ。つまり文を書く仕事(僕の場合は趣味だが)をしているわけで、文脈が分かりやすいように話を書かなきゃいけないし、人より他人の感情とか、文脈を読み取ることには長けていると思っている。

だけど、今目の前にいる女の人の言葉には、僕が知りたいことが何一つ含まれてなかった。何回文脈を読み取ってもダメだった。僕を心配してくれてることとか、優しいんだろうなってことは分かるのに、名前とかそういうのが一切不明ってかなり怖い。

「あの、あなたは…」

「ん?あぁ、名乗ってなかったな」

女性はどこからか出したブルーシートにアノマロカエルの死体を乗せていたところだった。正直カエルが死んでいるのかも分からないけど、シートに包まれても抵抗しないから多分死んでいる。

「私は望月焔。特殊能力調査局の戦闘員だ」

そう言われても分からなかった。焔色の吊り目と髪が綺麗で、顔の造形も素晴らしく整っている。スタイルも抜群と言える。そんな美女でも厨二病にかかるのか。名前を聞いたなら自分も名乗るべきだと思ってはいるのに、相手が突拍子もないことを言うので名乗る余裕がない。

「とくしゅ…何?」

「すまない、馴染みが薄いよな」

「薄いどころじゃなく皆無なんですけど」

理解が追いつかない僕を放って、望月さんはまたアノマロ(略)を睨み始めた。改めて動きを止めたそいつを見ると吐き気がしてくる。生物を生み出す神が5徹状態で作ったのかと思うほどだ。おまけに部屋中黄緑の体液で汚しやがった。僕がお世話になった資料も、大好きなシリーズの小説もカエル液でドロドロだ。こんな惨状を見るなら死んだ方がマシだったかもしれない。深く深くため息をつきたいところだが、命の恩人(不法侵入)がいるので我慢した。

「なぁ」

「は、はい」

「君、どうやってコイツを止めたんだ?」

止めた?何のことだろう、と考えて、あぁ、止まれと叫んだことかと理解した。

「止まれ、って叫んだら、止まってました」

「……それは本当か?」

僕が喋った途端、望月さんの纏う空気が変わった。友好的で、憐れみを含んだ視線が、相手を審査する疑りのものになった。なぜだか体が震えた。

「ほ、本当ですよ。嘘つく理由がないです」

「…いや、そうだな。疑うような物言いをして悪かった」

実際に疑ってましたよね、とは言わないでおいた。もうなんでもいいから1人の時間を返してほしい。

「それで、君に聞きたいことがあるんだが」

「はい…なんですか?」

「コイツが来る前、体のどこかが光ったりはしなかったか?」

えっ、と声が出た。図星だった。 望月さんの射るような視線が刺さる。

「は…はい。右手が、急に光り出しました。その後、コイツが窓破ってやって来て…」

なるほど、と望月さんが頷く。しばらく考えた様子で、そして口を開いた。

「おめでとう!君は選ばれた人間だ!」

……は?もう何が何やらだ。この人の話について行くだけでどんどん疲れていく。疲弊していく僕をよそに、望月さんは喋り続ける。

「君の能力は、まさに神からの贈り物だ。ごく少数の人間にしか発現しない異能…持っているだけでヒーローになれる代物なんだよ」

理解することを放棄してしまいたい。切にそう思った。どうして、僕は小説を書いて暮らしていたいだけなのに。そんな贈り物なんていらないのに。

だけど、思い出してしまった。あの時、僕は願ったのだ。何か、この停滞した毎日を変えてくれるような力を。

一気に自分が嫌いになった。どうして願ってしまったんだ。いや、でも、まさか本当に。

「それで、是非とも君にはウチに入って…っておい、聞いてるか?」

「え、あ、はい」

もう考えることをやめた脳みそで返事をした。僕は後でそのことを後悔する。

「じゃあ、君には特殊能力調査局に入って貰おう!契約書、書いてくれるかい?」

生返事のせいで、僕の平穏な日々は奪われた。


半ば誘拐だった。以後話を聞かないまま返事はしないと誓った。

「それじゃ、車を呼ぶから待っててくれ」

と言われて5分もしない内に真っ黒なポルシェが飛んでくる程度では驚かなくなっていた。人の慣れとは怖いものだ。

唯一持ち込みを許されたパソコンをぎゅっと抱きしめる。というより、他の者はカエル野郎のせいでドロドロで持つことも叶わなかった。聞けば、これから僕は「特殊能力調査局」とやらに住み込みになるそうだ。

「君や私みたいに能力を持っている人間はね、さっきの虫みたいなやつに狙われてしまうんだ。だから私たちは貴重な能力者を守るために、全員調査局で匿っている」

シェアハウスみたいなもんだよ、と軽く言われても、僕にとっては億劫で仕方がなかった。昔から大人数は好きじゃない。あちこち気を配らなきゃいけないし、 わいわいした雰囲気がそもそも苦手だった。

ポルシェの中で、望月さんに色々な質問をした。あの虫は一体なんなのか、能力とはなんなのか、僕の能力はどういうものなのか。しかし、大抵の疑問に対する返答は「分からない」だった。分からないからこそ、能力者を集めて調査をしているそうだ。

その中で1つだけ、詳細に答えてくれた質問があった。望月さんの能力についてだ。

「私の能力は、炎を操るものでね。自在に炎を起こしたり、消したり激しくしたりできる。名前にピッタリだろ?」

悪戯っぽく笑うときの彼女は、見かけより幼く見える。長身で自信に満ちた20代前半、というのが第一印象だったが、大人びた口調なんかを鑑みるともっと上かもしれない。

話しているとあっという間に、調査局とやらに到着した。望月さんによれば一人一人個室があるそうなので、それだけが救いだった。

「君の能力がどんなものなのかはまだ分からない。でもウチの局長なら分かるだろう。さ、案内するよ」

話、長くなければいいなぁ、なんて考えながら、巨大な建物の中に歩いていった。


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