なんでも思い通りのチートスキル手に入れたけどそんなことより売れたい
中野仮菜
第1話 本の虫とマジの虫
44回目。
これで44回目の落選通知だ。なんとなく分かってはいた。でも応募しなきゃ、この話が日の目を見ることはないから。今回頑張ってくれた、リドルとダイアナに深く感謝する。そして同時に謝った。
「ごめんなぁ、人気にしてやれなくて」
両親が遺した借金返済のため、身を粉にして働く日々を過ごすリドル。そんな彼に、ある日謎の能力が芽生える。それは「自分の願いを叶える能力」。新たな能力の発現を感じ取った、リドルと同じ能力者・ダイアナと出会い、輝かしい人生を手に入れるために、リドルは戦いに身を投じる___いわゆる流行りのチートスキルものだ。近頃、小説投稿サイトで人気のジャンル。高い評価を受けている作品の主人公は、多くが物語の最初から最強で、成長も挫折もへったくれもなかった。
「ま、それは僕も同じか」
自嘲を呟く。今回応募したコンテストは、ティーンズを客層とした上で売れそうな小説家を発掘することが目的らしい。つまりネットでウケる小説を求めている訳だ。だから投稿サイトで人気を博している小説を読み漁って、必死になって書いたのに。
「………才能ないんだなぁ……」
話を考えて、書いて、推敲して、応募して、落ちて。才能ないのかな、なんて疑う余地もないくらい、僕の考える世界は人に受け入れられなかった。
観念して、リドルとダイアナを「墓場」へ送る。といっても物語に死亡シーンを付け足す訳じゃない。誰も訪れない、僕だけの墓場。パソコンのタブを切り替えて、投稿サイトを目に映す。
柿田杮。この名前を知る人が、この世にどれだけいるだろうか。そんなことを考えながら、落選した作品を投稿する。投稿が完了して、作品リストが映し出される。スクロールを繰り返しても、出てくるのは誰も読まない駄作ばかりで、ため息がこぼれた。
惨めさを紛らせたくて、またタブを変えた。執筆中の新作。勉強のために、また主人公最強系を書いていた。正直、書きたいものではなかったが、世間が求めているなら無視する訳にはいかない。椅子を離れて冷蔵庫に向かって、冷えピタを取り出す。また駄作を生み出すことになると知っていても、やめることなど到底できない。なぜなら僕は、小説執筆に取り憑かれているから。
もういつのことかも思い出せないくらい昔から、僕は小説を書いている。人生の3/4は執筆に費やしているだろう。もちろん人の小説を読むのも好きだが、それ以上に僕は「自分好みの世界を作れること」に魅せられた。たとえ作った世界が、誰にも評価されなかったとしても。ここまで積み上げてきたものに対する意地だってある。今更、執筆から離れるなんて無理なのだ。
『俺の右手の平から黒炎が噴き出し、魔物たちを焼き払った。あまりに』
文の途切れにカーソルを合わせ、キーボードに両手を置く。文字を打ち込もうとした瞬間、独り言を紡いでいた。
「僕にも、チートスキルとか目覚めないかなぁ…」
本当に自然に、叶わない絵空事を呟いただけ。望めば手に入るものなど存在しないことは、僕自身よく知っている。
神様がいるなら、こんな願いは無視してくれてよかったのに。
「うわ!?!?」
驚いて危うく椅子から転げ落ちそうになったが、おかしくは無いと思う。誰だって、突然自分の右手が眩く光り出したら驚くだろう。驚愕のあまり失神する人だっているかもしれない。
「なっ、なにこれ…!」
僕が見つめている間にも、右手の輝きは明るさを増していく。やがて手首から下全体から発されていた光は手の平の中心に集まり、そして体に溶けるように消えた。痛みも痒みもないのに、なぜか生気だけがみなぎる感じがする。何がなんやら分からないが、正直僕にとっては人体発光より書きかけの小説の方が大事だ。心なしかよく動くようになった両手を再度パソコンに置き、文を考えようとした瞬間。
バリィィ!と、窓ガラスが割れたような音に続いて、ヌチャ…と湿っぽい生物が踏み込んでくるような、そんな音がした。まぁ、実際に窓ガラスは割れて部屋に散乱していたし、カエルとアノマロカリスを交配したような生き物が僕の前に立っていたので、比喩でもなんでもなかったのだが。
「うわぁぁっ!?何だお前!?」
「キシュー…キシュー…」
謎の生物は息と声を混ぜた異音を発している。紀州?和歌山の生まれなのだろうか。
「な、なに…ごめん、きみ誰…?」
「………」
会話が成り立っているのか定かではないが、アノマロカエルは僕の前に向き直った。コミュニケーションを取れる知性があるのか!と一瞬喜んだのも束の間、そいつは僕に向かってムチを振るった。
生きとし者の身体とは思えない硬度のムチは、僕にこそ当たらなかったものの、マンションの一室の壁を粉々にしてみせた。コンクリートの粉塵を避けたいのに、手はおろか瞼すら動かない。
(あ、やべ…死ぬな)
体は恐怖を訴え続けているのに、なぜか頭だけが冷静に目の前を見つめている。ファンタジーに出てくるモンスターってこんな感じなのか、僕全然リアルに描写できてなかったな。そりゃあコンテストだって落ちる訳だ。あ、書きかけのやつまだ保存かけてないや…どうしよう、でも今後ろ向いたら絶対死ぬよね、前向いてても死ぬのに。
「ふはっ…」
思わず笑ってしまった。死の間際だというのに、僕ってば考えるのは小説のことばかりだ。ああ、今なら主人公が脅威に直面して死にかけてるシーン、この世で1番上手く描写できる自信ある。そう、リドルがダイアナを庇って、強敵に殺されかけるあのシーンとか…
「キシィアアァァッッッ!!!」
「止まれ!!!」
なんでだろうか。こんな状況で、自分を殺しにかかってくる未知の生物が、自分の一言で思い通りになる訳ないのに。それでも叫んだのは、さっき光った右手を思い出したからかもしれない。もしかして、もしかしたら、神みたいな力を得たかもしれないって。
もうなり振りは構わなかった。目の前の虫が本当に止まったかどうかなんて確かめもせず、振り返ってパソコンを操作する。いつものサイトを開いて、投稿したばかりの話を編集する。10年以上小説を書いてきた僕なら、言葉選びにそう迷うことはない。書きたいものは既に決まっているから、尚更文字を打つスピードは速くなる。
ダカダカダカッ、急いで打てば実際にキーボードはこんな音を立てる。頭の中のイメージを文字に落とし込む過程は、死の間際であろうとも最高に楽しい。保存して、編集完了して、投稿し直して。ようやく後ろの脅威の存在を思い出した。
ぎこちなく振り返る。たぶん、恐らく、次の瞬間に死ぬ。でも満足だった。最後まで小説のために生きられたから。
視界が完全にパソコンの反対側を捉えたとき。
穴と化した窓から、女が飛び込んできていた。
「………えっ?誰??」
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