無題の途中
甘衣君彩@小説家志望
第1話:やばすぎる主人公がいいかな!
“何を伝えたいの?”
わかんない。
“何も伝わってこないよ”
伝えたいことがないんだもん。だって、面白い物語が書きたいだけだから。
“でも、それだと生きた小説が書けないよ。賞のひとつも取れやしない”
……私は……
“ほら、伝えたいことを考えて”
私は……!!
ーーー
「ひゃっほーい!!」
スケートボードで!
街中を!!
走り抜けるッ!!!!
こういう時スケボ上手いって便利なんだよね! さっすが私! いや、流石なのはスケボかな? こんだけ街中を走り回ってるのに一向に壊れないの凄すぎるって。つーか、スケボってたまにスノーボードって言いそうになるよね。ほら例えば、小説に書くときとか。でもスマートフォンがスマホって略されるんだから、日本語って不思議……まあいいや。あっほら、段差! 見ててよ、飛んでみせるから!!
ーーカーン!!
石の段差! 縁石! 軽く大きく跳び越えて、私とスケボは一回転して着地する。それからまた走り出す。歩いていた人が次々に振り向いた顔は、私の視界じゃぶれていて、物凄い勢いで通り過ぎていく。あっはは、みんな私を見てる。凝視してる。でも、リュックの中までは見透かせないでしょ? 超能力者が居たら別だけど。一介の女子高校生が高層ビルの頂上から小説をばら撒きにいくなんて、だーれも知らない分からない。その小説がボツだってこともね。
道路が石の硬さで低反発してくる。地味に痛いんだよなぁ、うおっほ、テンション上げてこ! 一人なのにあげるのもおかしいけどさ! そういえば、まだ私の名前をーー
「
「そこのスノ……スケートボード! 止まりなさい!」
「开始了! 让他们消失!」
「安良木イチカ! 止まれ!!」
「あ! やっべ!!」
そうそう! 実は私、追われてんだよね! 全く自己紹介する隙もないったら! 誰に追われてるかって? こういうのは警察かマフィアか学校って相場が決まってるんだよ、少なくとも私の中では。スケートボードってどちらかっつーと追う側が持ってそうな気がするけどなぁ。まあ、うん。色々あって私は今、地元の警察と中華街のマフィアと高校のセンセイに追われている。なんで追われてるかって、えーと、どれのせいか分かんないけど。とりあえずどれかに捕まる前に高層ビルに飛び込びたい。ぶっちゃけ小説をばらまけたらどの高層ビルでもいいんだけど……お、待った。高層ビルより面白いもん見つけたかも。
「嘿! 那是什么!」
「な……何だ!?」
「安良木イチカ! おい止まれ! 安良木!」
「いやっふぅ!!!!」
私は大きな声で叫んで、「いきなり現れたブラックホール」に突っ込んで行った。
ーーー
「安良木イチカさん。今からあなたには、デスゲームに参加してもらいます」
飛び起きた。ああ、ここはデスゲーム会場。無機質な発言が許されない重々しい雰囲気、金属音の鳴る手元の手錠、ずらりと人が並んだ、会議室のような部屋……私は目を閉じる。これから身を置くであろう戦場に想いを馳せる。あの頃はなんて幸せな生活を送っていたのだろうと今更になって後悔ーー
ということにはならなかった。うん、今の描写は全て嘘。ここはデスゲーム会場などではなく、さらさらと風の凪ぐ丘の上だ。あの声も、放送じゃなくて生の声。そして、飛び起きて、目の前に広がっていたのは……
異世界、だった。
「ふふふふ……! 驚きすぎ~!」
「チョットおどろかせすぎじゃない? わたしだったらもうシんでる」
なんだろう、この香ばしい匂い。言い表すのが難しい。確かに見えてる風景にもツッコミたい。場所の表現を急がないと、私達がいる地点が分からなくなっちゃうから。でもその前に、ミスマッチすぎるこの匂いは? すると、私の目の前が、女の子の顔面で一杯になった……ぎゃー!! ちょっとまっ、待って! な、ちょ、えーとこれ、何の匂い!? 香ばしい! 香ばしすぎる!!
「だいじょブ? えーと、イチカさん?」
「サンマ!?!?」
「お、せいか~い。その子サンマなのよ」
サンマ。
氷を頭に置かれた、気がした。実際この状況にサンマって氷みたいなもんか。サンマという言葉だけが脳内に繰り返される。サンマ? ああ、言われてみればサンマだ。ありがとうサンマ。
「ここ、異世界だよね?」
私はさっきから私の視界を顔面で埋めている、サンマの匂いの、身長的には小学生に見える水色髪の女の子に尋ねる。女の子は、ミディアムヘアーにサンマの髪飾りをつけていた。Tシャツにもサンマが描いてある。余程のサンマ好きみたい。女の子は頷いた。
「イせかいだよ」
「サンマちゃん、ちょっと退いて」
それから、視界にもう一人の女の子、うーん、いや女の人が入ってきた。うお、金髪だ。まあ私の髪ピンクだけど。それより気になるのがーーお面。ニヤリと笑った白いお面。半分しかなくて、そう、分かりやすく言うとしたら、
「顔の二分の一を占めている……」
言い終わってから気づいた。声に出ちゃった。小説家の特性出ちゃった。女の人は首を傾げる。私はわざとらしく、笑みを満面にうかべた。ごまかしって分かってくれるかな。
「ごめんごめん、良い表現が見つかったら声に出しちゃうんだよね! なんで私の名前分かったの……あ、いやちょっと待って、その前に三十秒ちょうだい」
女の人が答える前に、流石に触れないとダメでしょ。異世界の光景に。いくら私が「異常」でもさ、ここまで引っ張るのはさ。さーて、こっから小説を書くとしたら、どう描写するかな。あえて真面目に? 書いちゃう? そーだな……
頭上は濃いオレンジに染まっている。薄い膜が張られているのか、時折カーテンが吹かれたときのように脈打つ。しっかり星型をした星が、大小様々に散らばっている。私の手に雑草が当たっている。青色の雑草が。固く威勢よく見下ろしているビルじゃなくて、ふにゃふにゃした形の変な建物が沢山遠くに見える。建物の波は黄色の山々に囲まれている。紛れもなく……小説家なら、もしくは創作好きなら誰もが探し求める、けれどそれともちょっと違う、そんな「異世界」だった。
これが描写力の限界だね。
「にじゅはち、にじゅく、さんじゅ」
うお、女の子律儀に数えてくれとる。私よりサン割くらい小さい手を使って。ゅを言い終わった辺りで、私は声を遮った。
「ありがと、助かった。んで、なんで私の名前分かったん?」
「ごめんなさいね、中身を少し見ちゃって」
ああ。じゃあ仕方ない。私、原稿に本名書いてたからさ。
「中に大きな爆弾が入ってたと思うんだけど大丈夫だった?」
「え? 入ってなかったけれど……」
半顔の女の人は、現代にしては優雅な話し方をする。それにしては、どこか表面的だ。女の人は胸元に手を当てた。
「私、
「ほえ……」
デスゲームの司会者ってこんな若い人だったのか。意外な人が犯人オチはお約束だからそんなもん? あとデスゲームが何だって?
「前回のデスゲームの参加者が、予定よりちょびっと早く全滅しちゃったから。暇になるなぁって思ってて、気がついたらブラックホールに飲み込まれてたのね」
「あー、司会中は外出れないから逃げ出せなかったんだね」
「当たり! 勘のいいガキは可愛いわね」
ニコリさんは、私の額に指を当てた。丁度銃の形をした左手で。あは、凄い。やっぱり慣れてるんだろうな。だって、その手の銃、重そうに見えるもん。
「殺す? 私のこと」
「まさか!」
ニコリさんは一歩離れる。半顔が見えた。笑っていた。「ニコリ」というより「ニヤァ」って擬音の方が正しそう。
「こんなデスゲームより面白い状況で、序盤に人を殺すわけないじゃない? ねっ、サンマちゃん。あ、この子は
視界から外れかけていたサンマちゃんは、こくんと頷いた。ぴっと三本指を上げる。
「那由多サンマ。前セがサンマで、ななねんまえに転セイした。このせかい、案内できる」
ああ! それでこの子からはサンマの匂いがしていたんだ!
「なるほど」
「なるほどなの? フ通おどろくよ、デスゲームにサンマなんて」
「だってさ、私小説家なんだよ。驚かせる側だからあんまり驚かない」
時が止まった。あれ? また変なこと言った? 変なことか、小説家は。デスゲームとサンマくらいには。待て、変な間はいけ好かん。時を動かそう。
「よし、そんじゃ行こっか!」
「え?どこに行くの?」
ニコリさんに掛けられた声には答えず、私は立ち上がった。リュックが支えを無くして重くなる。身体は逆に軽くなったかもしれない。ほら、もう追っ手はいないし、面白そうな二人がいるし。やっぱスリルもいいけど楽しさだよね。
「ここでちんたらしてるより、先に進んでみたいじゃん! 私、冒険したい!」
すると、ニコリさんがまた笑った。計画通りと聞こえそうな笑みで。サンマちゃんが不安そうにする。
「……休まなくていイ?」
だから、両手でピースサインを出す。できるだけ笑って。
「もちろん! 行こうぜ、楽しい冒険に!」
こうして、私のドキドキ異世界冒険譚は始まったのだったーー!
ーーー
“で、何を伝えたいの?”
ちょっと、まだそれを聞くの?
“何も伝わってこないよ。まず、誰に向かって話しかけてたの?”
それは考えてなかったかも。読者に向かってっていうのをイメージしていたんだけど、もっと分かりやすいようにしておくべきだったかな。
“やっぱりあなたに小説は書けない。ボツだよこんなの”
でも、今のところストーリーは面白いじゃん? デスゲームの司会者とサンマなんて、現実では絶対に出会えないでしょ。ねえ、変な異世界だよ。素敵じゃない?
“幼稚。稚拙。なにも分からない。もっと硬い文章じゃないとダメ”
やだよそんなの、面白くないじゃん。「安良木イチカ」には何も考えずにスケボーで走って、一般的じゃない異世界に跳んで、変な仲間たちと出会って冒険して欲しい。
“ほら、伝えたいことを考えて”
それは、私には無理だよ。伝えたいことなんて、何も知らない分からない。
ああ、でも、この小説はボツだろうね。
「
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