第10話・・・無双_『聖』・カキツバタ_勇士の心の最奥・・・

 デパートでの一件が起きた日の夜。

 速水愛衣は1人獅童学園を抜け出していた。

 服はいつものギャル系ファッションではなく、コートのような黒い服を中心に揃えた衣装。クールな感じだ。顔は隠しているものがなく、その必要は全くないという表情を浮かべている。

 とある建物の屋上で優雅に亜麻色の髪やコートの裾を羽ばたかせながら、眼下の建物を見下ろす。

(あそこが『玄牙』のアジトねぇ)

 愛衣が捕らえた『玄牙』の構成員から聞き出したアジトの場所。

『仲間』に確認してもらったので間違いない。

 結界法サークル・アーツは張られていない。結界というのは街中で張れば気付かれやすく、逆に怪しまれやすいから不思議ではない。


「さて、始めよっか」


 楽し気に呟くと、愛衣はポケットから一つの士器アイテムを取り出す。

 かなり頑丈にできただけのプラスチック素材。

 ストローだった。

 愛衣はストローを親指、人差し指、中指で掴み、片口を咥え、たばこを吹くような感覚で、ふうーと吹く。

 すると、口を付けていない方の太い先端からぷかぷかぷか、と水でできた球体……シャボン玉が幾つも現れた。

 子供の頃ならほとんどの人が遊んだことがあるだろう。

 スイカ程の大きさの、半透明な水気の多い球体が何十個もできあがり、更にその球体がビー玉程の大きさに何十個も分裂していく。

「まずは手早く雑魚共を一掃しちゃお。幹部軍団には気付かれちゃうかもしれないしね」



 無数の小さいシャボン玉は『玄牙』のアジトに四方八方から入り込み、構成員に気付かれないように蔓延させる。

 武器を磨いている男の真後ろ。

 スマホを眺める男の後頭部付近。

 仲間と話し込んでいる男の首元。

 あらゆる所に位置したシャボン玉が、


ーーーーーーーー

「『水圧重刃アクア・スライス』」

ーーーーーーーー



 一斉に破裂した。


 刹那、シャボン玉内から極小無数の水の刃が全方位に分散した。

「なッ!?」

「ガぁッッ」

「ぐハッ!」

 建物内の『玄牙』構成員の身体に刃が突き刺さり、貫通し、すぐさま瀕死状態へと陥る。

「なんだ!? 敵襲か!?」

「一体どこから!?」

 動ける構成員が突然の状況に目を張る。

 そんな男達の目の前、建物の中に突如として少女が現れた。

 ストローの棒を持った黒いコート姿の少女。

 少女はリルーとは違う狂人染みた笑みを浮かべて、にっこりと笑った。

「こんばんわ。そしてばいばーい」


 それが数分前の出来事。



 ■ ■ ■



 愛衣は今建物の3階にいた。ここに来るまでに構成員はあらかた片した。

 あと残るまともな戦力は『玄牙』の幹部5人。

 愛衣は血まみれで倒れる男達の中をゆっくりした動作で歩いている

 幹部連中はまず一時撤退、なんて手は取らない。誰一人としてだ。

 仲間意識はそれほど高くはないだろうが、部下全員を捨てるのは大きなデメリットだ。

 幹部3人を向かわせて他の2人が逃げるというのもメリットは少ない。そんなことをするより、たった一人で乗り込んで来た敵をB級レベルの幹部で一網打尽にする方が確実だ。

 愛衣はもう急ぐ必要はない。敵が来るのを待つだけだ。

 周囲にぷかぷか大小様々な大きさのシャボン玉を浮遊させ、来るのを待っている。

(…………………来た)

 愛衣は斜め上を見上げる。

 そこには眼をらんらんとさせて狂った笑みのポニーテールの女、リルーだ。

 クロスさせた両手にはナイフを一杯に持ち、ビリビリと雷をほとばしらせて、そのナイフを愛衣へ投げ込む。

 愛衣の周囲の大きいシャボン玉が伸びるようにして楕円形となり、全てのナイフをボヨンと跳ね躱す。

「あら、見た目の割に丈夫なのね」

 リルーが歩空法フロート・アーツで愛衣のいる場所より上空に立つ。

 その両横には大きく間隔をあけて他の幹部連中が空中に立っている。

 顔の右半分に刺青を彫った男、ラールが代表して愛衣に問う。

「貴様……、確か四月朔日紫音と一緒にいた獅童学園の生徒だよな?」

「うん」

「……うちの構成員が何人か行方を晦ませている。警察の仕業じゃないことは分かっていたから、取引先が口封じで消したかと思っていたが……貴様だな」

「そうだよ」

「そう簡単に口を割るとも思えないんだがな。それも今日中に」

「直接聞いたわけじゃないからね。最初は黙っていても、ある程度恐怖を与えれば何かは喋ってくれる。嘘であってもね。…数人の応え方やその時の動作、声の変化などから嘘と真実を見極めて候補を上げてから、人手を使って確認を取る。それでこの場所を割り出したってわけ」

 幹部5人が揃って驚いた様子を見せる。

 自分の半分ほどの歳の少女が化け物並みの洞察力を示したのだ。確証などないが、確信させるだけの迫力がそこにはあった。

 ラールは危険人物と認めた視線を愛衣にぶつけ、吐き捨てるように言った。

「リルー、殺せ」

「オッケー!」

 狂人のような動きで飛び出す。

(まずはこの女で様子見って感じかな? いいわよ。見せて上げる、私の司力フォース

 愛衣は動かない他の4人を見て、余裕の表情でそう判断する。

 リルーは歩空法フロート・アーツ状態で加速法アクセル・アーツで飛び出す。両手にナイフを一本ずつ持ち、大質量の雷を纏っている。

「貴方と紫音ちゃん、どっちが強いのかしらね!」

 言いながら愛衣に接近してナイフを突き刺すリルー。

 愛衣は足を動かさず、片手のストローを咥え、息を吹く。

 するとストローのもう片口から愛衣の全長を越える大きなシャボン玉が出来上がり、リルーと挟む形になる。リルーは気にせずナイフをシャボン玉に突き立てる。が、同じようにボヨンとシャボン玉の形が歪んだだけで全く割れてはいない。

「堅いというより柔らか過ぎるわねぇ」

「これが私の司力フォース。『麗雅水泡グレイス・バブル』。綺麗でしょ?」

「子供が一丁前になに言ってるのよっ」

 リルーはジャンプするように後退し、床に降り立つ。その瞬間を狙って愛衣はシャボン玉を1つ破裂させ、中から飛び出た水の刃が全てリルーへと向かう。

(速いッ)

 リルーは雷を壁のように放出する。極小で無数の水の刃のほとんどが雷の壁を突き破り、包帯だらけのリルーに再度傷を付ける。

「紫音と戦って元から満身創痍って感じだけど、大丈夫なの?」

「心配ご無用~。回復用水薬ポーションでもう全快したから」

「つまり元からこの程度ってわけ?」

「……かっちーん。いいわ、紫音ちゃんの時は本気出しそびれちゃったから、貴方には見せて上げる」

 リルーはエナジーを全身から大量放出する。エナジーは形を作り始め、それは人型となる。

 やがて、リルーが5人現れた。


 分身法フロック・アーツ

 具象系特有の上級法技スキル

 人体構造を完全に理解することで自分と同じ存在を具象する。工程を多く要するこの法技スキルエナジー消費量がB級上位レベルでなければ余裕を持って使用できない。


 骨から血までを完全に具象することで動作の違和感を消し、例えナイフで致命傷を負わされても簡単に消滅したりしない。

「紫音ちゃんも見れなかったのよ、喜びなさい」

「おばさんが何人増えても需要ないわよ?」

「口だけは一丁前ね!」

 リルーが超スピードの加速法アクセル・アーツでシャッフルしながら走り出す。瞬時に五方向へと散り、各々飛び掛かるようにナイフを振りかざす。

 だが同じようにして周囲の巨大なシャボン玉が5人のリルーの前に壁として立ちはだかる。

「「「「「そう何度も見せられたら慣れるわよ!」」」」」

 5人のリルーが叫び、シャボン玉の表面を一瞬、じっくりと観察して振り下ろす。すると今まで全く斬れなかったのが、あっさりと刃が入り込んだ。

 リルーが笑う。だが愛衣も笑っていた。

「『水泡牢バブル・プリズン』」

 シャボン玉に刺さった刃はどんどん入り込んで行き、それは手、腕、胴体まで達し、一瞬で全身を呑み込んだ。

「「「「「……え?」」」」」

 5人のリルーの声は若干くぐもっていた。

 愛衣を中心に浮遊している半透明なシャボン玉の中のリルー達。シャボン玉の中で無重力空間のように浮いている彼女達は、うまく身動きが取れない様子で手足を動かしている。

「おい、これまずくねえか!?」

 周囲で見ていた輪郭の角ばった男、ナロクが声を上げるが。


「もう遅い」

 

 愛衣が明るい声で呟くと、5人のリルーが一斉に吐血した。

「そのシャボン玉の中に入った瞬間、『水』が口、鼻、目、耳、皮膚から体内に入り込み、人を内から壊す。……入っちゃった時点でジ・エンドよ」

 手足からは力が抜け、白目を剥いて。まるで操り人形の糸が切れたように倒れ、分身が消える。浮遊するシャボン玉の中から用済みとばかりにぼとりと落とされ、リルーは動く気配を見せなかった。

「紫音ってばこんなのに手こずってたんだ。まだまだだね」

 倒れ伏すリルーを見下ろしながら、なんてことない表情の愛衣が呟いた。



「ビライ、どう見る? あの女の司力フォース

 ラールの尋ねにビライは神妙な顔付きで述べる。

「…おそらくジェネリックは凝縮系水属性。あのシャボン玉は粘度を高めた水と跳弾法バウンド・アーツの組み合わせだと思う。あのストローに跳弾法バウンド・アーツを凝縮した水の膜を作り、そこに口からエナジーと必要な水分を吹いて、シャボン玉を作ったんだろう。…あのシャボン玉の表面はぬめり気のある水と跳弾法バウンド・アーツの弾力が合わさって刃物すら通りにくいんだろうな」

「作り方がシャボン玉ってだけで、実際は全然違うな」

 ナロクが顎をさすりながら言う。

 クルトは「なるほど」と。

「シャボン玉が破裂すると同時に飛び散る水の刃は、シャボン玉内の水分を圧縮してウォーターカッターを作り出したということか」

「なんつう複雑な司力フォースだ…」

 ナロクの呟きに他の3人も険しい顔で同意する。

 動きを活発にする時、物体を跳ねさせる時などに用いるゴムのような法技スキルでシャボン玉を作るなど、イレギュラー中のイレギュラーな武器であり、発想も常人のものではなく、それを実現させるテクニックは天才そのもの。

 そこへ多量のエナジーが注ぎ込まれ、強大な司力フォースとなっている。

 本気を出したB級のリルーを容易く一蹴する目の前の女は間違いなくA級以上だ。


 残る4人の幹部とコート姿の少女の視線が交差する。

「…お前ら、気を抜くな。4人で掛かるぞ」



 ■ ■ ■



 独立策動部隊『ひじり』。

 第四策動隊所属・コードネーム「カキツバタ」。

 細身な肢体をジャケット、タイツのようなパンツなどの動きやすい黒ずくめの服装で包んでいる。顔には紫色の仮面を付けている。目の部分が細い無表情な仮面だ。頭はフードで隠している。

 全身をそれだけ包み隠していれば、性別は判別し難いが、隠し様のない豊かな胸が服の胸部を盛り上げ、女性であることを証明している。身長と仕草から、20代半ばのOLのようなにも見える。


 カキツバタは夜の街にそびえ立つ建物の屋上から、別の建物の様子を双眼鏡で覗いていた。

 彼女は変声器で機械染みた声でぼやく。

「うわ、マジ? 愛衣ちゃんって言ったっけ? ……クロー隊長、凄い女の子に好かれちゃったみたいね」

 双眼鏡で覗く先は現在『玄牙』が拠点としている建物。

 隊長であるクロッカスはデパートで一戦を終えたリルー、ビライ、クルトは夜になるまで目立った行動を起こさないと予想し、夜までの潜伏先を現状から予測。絞った候補地を部下に秘密裏に調べさせ、それほどの間を置かずに発見。

 そして夜になってアジトへ戻るところを追跡し、アジトを発見したのだ。

 カキツバタは表向きの『仕事』が一時一段落ついたので、こうして『玄牙』のアジトを監視している。

(クロー隊長の話じゃ、今は監視だけでいいって言ってたけど…、これはどうすればいいんだろ? 一応報告はしておいたけど…私達の出番は無しの方向かな)

 カキツバタは双眼鏡を人差し指の先でくるくる回しながら、そんなことを考える。

(……あ、結界だ。中見れない系の結界だし、もう見れないや)

 雷ナイフ使いの女を倒して、他の幹部連中と戦闘再開しようとした瞬間、速水愛衣が結界を張ったのだ。

(……しかもあれは結界法サークル・アーツ二重ダブル

 二重の結界。言うまでもなく上級法技スキルだ。

(逃がす気はないってことね)

 

「ッッ!?」


 その時、カキツバタの呑気な思考をぶった切る殺気が、彼女を襲った。


 反射的にその場から跳び、数メートル横へと転がりながら態勢を整える。整えながら、カキツバタは聞いた。堅い物を砕いたような破壊音を。

 目を向けると、カキツバタが立っていた屋上の床のコンクリートが『振り下ろされた刀によって』、斬り砕かれていた。

 刀を持つその人物は、血走った目で紫色の仮面の女を射抜く。


「……『ひじり』……………ッッ」


(この子は……)

 カキツバタの瞳に、1人の男子が映る。


「こんなところで会えるとはな………ッッッ」


 短い茶髪。

 バランスの取れた体躯。


「……許さない…。……お前らだけは絶対許さない……ッ!!」


 爽やかと微かなワイルド要素が混ざった、整った顔立ち。

 間違いなく、イケメンという部類に含まれる。


「…………………………………殺す」


 片手に持つ刀からは炎を盛らせている。

 


「……………………………………………………………………………………死ね」


 せっかくの良い顔がかなり台無しになってしまいそうな殺意や憎悪を滲ませている。


 殺人を厭わない様子の少年の名を、カキツバタは知っていた。


(……紅井…勇士…)



「『聖』、その命で罪を償え」


 

 爽やかで勇ましい少年の面影は、全くなかった。

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