第9話・・・無事_『玄牙』の今後の策_襲撃者・・・

 デパートで起こった戦闘は、すぐに警察沙汰となった。

『御十家』の一角である四月朔日わたぬき家の令嬢が関わっていることもあり、警察も無下に扱ったりはしていない。

 紫音はリルーとの戦闘後、偶然トイレに寄った女性客に発見され、以後は応急処置を経て無事なご様子だ。

 湊、勇士、琉花、紫音、愛衣の5人は紫音の戦闘直後、すぐに合流した。デパートの社員用部屋に紫音がいると連絡があり、みんなすぐに集まったのだ。

 そこに、明らかに一戦交えた勇士に、紫音達や同席していた警官が驚いた(一部の人間を除く)。勇志も非常階段での戦闘を告白した。紫音と違って知名度のない勇志が『玄牙』とやり合い、その上圧倒したという話を聞いて信じられない、と言った様子であったが、「見るからに四月朔日わたぬき紫音が惚れている」、「以前からフォーサーとしての訓練を受けていた」、「イケメン」などのファクターから渋々納得した(主に湊が言葉巧みに思考を誘導して)。

 デパート自体はただ取引に使われただけだと警察上層部から判断が下され、臨時休業などということは起こらず、4階のトイレと非常階段を一時封鎖するだけに留まった。

 

 その後、湊達は紫音の病院での検査、紫音と勇志の実家との長電話などを経て、無事帰宅した。

 結局デパートで買い物なんてできず、戦闘やら警察やらで時間を取られたようにも思えるが、精々一時間半ぐらい。

 まだ昼過ぎだ。


 というわけで、5人は湊と勇士の部屋にいる。


 校門を潜ると、包帯だらけの紫音に少し驚いた生徒は多いが、深く聞こうとした生徒はいなかった。聞きにくかったというのもあるかもしれないが、どうやらデパートでの一件が既に広まっているようだった。

 名門校だけあって、警察に関係する家系もいるのだろう。生徒が狙われた、という可能性もゼロとは言えないので、特別非公開にされているわけでもない。


 白と青を基調としたヘッドホンを首に常備している少年、さざなみみなとは、二段ベッドの下、勇士が寝るベッドの上で座り、スマホを弄りながら苦笑した。

「うわぁ、すげ。デパートでのこともう話題に上がってるよ。獅童学園専用掲示板とか、わたぬきさんの名前ばっかり。…時々勇志の名前も」

 湊の座る隣。同じくベッドに腰かけるツーサイドアップにした亜麻色の髪の少女、速水愛衣も湊と同じくスマホを弄りながら同調した。

「はは、ほんとだ~。『さすが「御十家」! 四月朔日紫音!』、『実力はA級並みか!?』、『一緒に活躍した男とは恋人同士!?』だってぇ」

「恋人!? な、なななに言ってんのよ!」

 と、取り乱したのはクリーム色のサイドポニー少女、風宮琉花。部屋の真ん中のテーブルで大人しく勉強していた面影がすっかり消えてしまっている。

「琉花、慌て過ぎ。そんなに心配しなくてもこんな噂すぐ消えるって」

「あ、慌ててないし…」

「そんな顔赤くされて言われてもねぇ」

「誰が顔赤くしてるって…ッ?」

「いつもツンツンしてると、肝心な時に素直になれないわよ?」

「愛衣…………いい加減にしないと、叩きのめすわよッ?」

 声のトーンが一つ下がった琉花に対し、愛衣は悪戯っぽい笑みを全く崩さない。

 湊はそんな琉花の様子を見て、彼女と同じようにテーブルで軽く勉強している茶色い短髪のイケメン、紅井勇士に聞いてみた。

「ねえ、イケメン。実際風宮って強かったりするの?」

「…せめて名前で呼んでくれよ…。琉花は強いよ。偉そうな言い方だけど、C級レベルは普通にあると思うよ」

「C級……ですか?」

 その言葉にいち早く反応したのは、安静にしているために勇志と琉花が勉強しているテーブルの近くで座っていた、紫色の髪に黄色い花柄カチューシャをした少女、四月朔日わたぬき紫音だった。

 紫音が勇士と琉花を交互に見やりながら、

「あの……お二人は本当にどのような環境で育ったのですか…? 塾に通っていたという話は聞いていましたが……お二人は一体…?」

 言われ、苦笑してお互い顔を見合わせる勇士と琉花。

 何らかの二人の秘密というものが透けて見える反応に、紫音はムッとしつつも何も言わない。

 そんな紫音の心中に当然気付かない勇士は、素直な口調で応えた。

「まあ元々親がフォーサーになれってうるさかったのもあるのかな…」

「勇士さんのご両親もやはり上級フォーサーなのですか?」

「うん、…と言っても、お母さんはもういないんだけどね?」

 力なく笑いながら言う勇士。琉花は視線を落としている。

 紫音は自制が効かず悪いことを聞いてしまったと口を押えた。

「す、すみません……踏み込んだことを……」

 それ以上は何も言わなくなる紫音。

「いや、気にしないでいいから!」

 イケメンがイケメンらしい爽やかスマイルで場の雰囲気を和まそうとするが、全くの逆効果だ。

 ……仕方ない。

 湊は場に会わない能天気な声音で。

「ねえ、愛衣。なんだかこの面子めんつ、本格的に凄い人揃いなんだけど…。まさか愛衣も何か凄かったりしないよね? じゃないと俺の肩身が狭くて仕方ないんだけど」

 愛衣もまた、場の空気を全く読まず。

「安心して。時々読モのバイトしたり時々事務所からスカウトの話が来たりするぐらいだから」

「別方向でスペック高いな。まあ俺は帰国子女で英語ペラペラだけどねー」

「湊もやるじゃんっ。……まあ、目の前の3人に比べれば私や湊なんてちっぽけなものだけどね」

「同感。実は強いイケメン剣士とか反則もいいとこだろ」

「ハーレム女子達も無茶苦茶強いとか、何この最強集団」

「ハーレム王への道が目に見えてるよね。愛衣、これから女子が何人増えるか賭けない?」

「いいねっ。私は1年に12人増えるのに10000円賭けるわっ」

「1ヶ月に1人って計算かー。甘いな、愛衣。俺は1年に20人増えるのに同じく10000だ」

「その心は?」

「俺も1ヶ月に1人っていうのは同感だが、夏休みや冬休み、ついでにゴールデンウィークなんかの長期休暇というチャンスを、このイケメンが逃すはずがない」

「なるほど!」


「「なるほどじゃないッッ!!」」


 鼓膜を痺れさせるほどの大声で叫んだのは、湊と愛衣の会話を聞きながら視界の端でぷるぷる震えていた勇士と琉花だ。紫音は顔を赤くして俯いている。

 勇士はぴくぴくとがっしりした身体を震わせて。

「さっきから聞いてれば……何言ってるんだよ! 何度も言ってるだろ! 俺達はそういうのじゃないって!」

 湊は勇士のベッドの布団を抱えて呆れたように。

「まだそんなこと言ってるのかイケ……ハーレム王」

「その呼び方はやめろ! まだイケメンの方がマシだ!」

「分かったよ、イケメン」

「そういう意味じゃない!」

 愛衣は悪い笑みを浮かべる口に手を当て。

「琉花も、そんなはしたない声を出してると、ハーレム要員から脱落しちゃうわよ?」

「何要員からどうなるって!? その口閉じないと声帯抜くわよッ!?」

「うわお、琉花がすっごいバイオレンスなんだけど。湊~、助けて~」

 などと言いながらベッド上を四つん這いで湊の背後に回り込む愛衣。湊が掴んでいた布団を後ろから掴む。

 ……2人の姿は、少し見ているだけで恥ずかしくなる。

 そんな感じで、場は和みを取り戻した。


 ■ ■ ■



 しばらくして夜になり、街の4階建物の1つの一室では、5人が大きいテーブルを囲んで話し込んでいた。

「ガハハ! ようやく戻ってこれたな! クルト達!」

 盛大な笑い声を上げるのは顔の輪郭が角ばった厳つい男だ。男が視線を向けた先に座っているのはクルトと、包帯だらけのビライとリルーだ。

「まあ、何とかね。ナロクはずっとお留守番で羨ましいよ」

 フードの下からビライが皮肉を言っても、ナロクと呼ばれた男はガハハと笑うだけだった。

 3人はデパートでの一件の後、すぐに警察が動き出した所為で迂闊に動けなかった。なので、夜になるのを待ち、闇に紛れて無事帰還したのだ。

 リルーはナイフを舐めながら、憎悪と恍惚に満ちた声を上げる。

「……あの子……四月朔日わたぬき紫音は絶対私が殺すわ……ッ」

「リルーの奴は完全にいってるな。…お前らはどうな心境なんだ? ビライ、クルト」

 席取り的にリーダーポジションの、顔の右半分に奇形の刺青を彫った男がビライとクルトに意見を尋ねる。

 ビライが三角巾で吊るしている右腕をさすりながら。

「僕と戦った男ははっきり言って異常だね。学生の強さどころじゃない。A級…下手すればS級は行くと思う」

「紅井勇士と言うらしいな。データは無し。…中2以下では武闘祭なんてないから当然かもしれないがな。……クルトはどうだ? 紅井勇士の剣術の流派に心当たりはないのか?」

 問われたクルトは、盲目で眼こそ見えないが、仕草だけで相当考え込んでいることが分かる。

「……どこかで見た気がしなくもないんだがな……思い出せん」

「紅井勇士のデータはさすがにこの短時間ではそんなに調べられなかった。どこから情報が漏れたのかも不明だ。クルトの勘が少し頼りだったんだがな」

「クルトがそんな感じなら、大した流派じゃないってことか?」

 ナロクの意見にクルトは首を振った。

「いや、決してそんな弱い印象じゃないんだ…。なんというか……喉まで出かかっているのに妙な違和感が邪魔しているというか…」

 ビライが溜息をつく。

「強化系なんて剣術の中でも一番多い系統だからな。そこまでして思い出せないんじゃ、取り敢えず諦めるしかないだろ」

 同意するようにみんな黙す。

「あの~」

 だが1人、会話に参加していなかったリルーが甘さと狂気が混ざった声を上げる。

「そんな男どうでもいいからさ、早く紫音ちゃんを甚振る算段とかないの~? ラ~ル~」

 ラールと呼ばれた刺青の男が不快そうな目を向ける。

「リルー。お前今回の独断行動が許されているとでも思っているのか?」

 デパートでの一件。

 ビライと紅井勇志の衝突は仕方ないと割り切れる。

 だがリルーは違う。

『玄牙』の存在を知らせるような行為、到底認められるはずがない。ビライの一件もあり、あまり意味は無かったが、そんな甘えは許さない。

「そんな堅いこと言わないでよ。負けたのはちゃんと反省してるから」

「反省する点が違うんだよ。……とにかく、お前と四月朔日紫音の接触はもう許さない」


 瞬間、ラールへナイフが飛び込んだ。


 言うまでもなく、リルーが投げたのだ

 大きいテーブルを挟んでなので、飛距離もそれほどなく、一瞬でラールの元へ雷を纏ったナイフが辿り着く。

 かなり速い。

 スピードはB級の中でも上級だ。

 そして、ラールは微動だにしないままナイフの直撃を額に食らった。

 …だが、血が散ることはなかった。

 カキンと、金属と皮膚では決して出ない音が鳴り響く。

 ラールに傷は全く無く、刺青の彫られた顔は迫力を維持している。

「…相変わらず堅いわねぇ」

 リルーが他のナイフを手元でくるくるさせながら薄ら笑いを浮かべる。

 ビライは久しぶりに見たそのラールの司力フォースを感心した様子だ。

(『堅城身膚ソリッド・スキン』。…皮膚を岩石の硬度と80%並みに協調した協調系土属性の司力フォース。人一倍鍛えたB級フォーサー防硬法ハード・アーツと『堅城身膚ソリッド・スキン』の二重構造で鉄壁を誇る肉体。…リルーのナイフを完全に弾くとか、前見たより堅くなってないか?)

 ラールは周囲を纏うエナジーを増幅させ、

「リルー…悪ふざけも大概にしろ」

「悪ふざけのつもりはないんだけど?」

 目線を交差して火花を散らすラールとリルー。

 一触即発の空気を破ったのは、ビライだった。

「ラール、この場を収める提案があるんだけど、いいかな?」

「…言ってみろ」

「リルーがこうなっちゃ、大人しく止まるとは思えない。力ずくでどっかに監禁するっていうのも一つの手だが、どうせならリルーには四月朔日紫音を狙ってもらおうかと思う」

「…続けろ」

「紅井勇士が僕に策を聞いていたことから、狙いが獅童学園そのものっていうのはばれてはいないと思う。爆弾を取引したことからそこまで逆算されているかもしれないが、その可能性は薄い。…だったらリルーや他の何人かにも四月朔日紫音個人を狙い、こちらの本当の狙いをかく乱しようかと思う」

「そんなにうまくいくか?」

「……僕たちの作戦をざっくり言うと、引っ越し業者などに混ざった『玄牙』の構成員が隙を見て獅童学園の要所に爆弾を仕掛け、学園が始まった時に爆破することだ」

 今の時期なら生徒の荷物を運ぶという名目で引っ越し業者が学園を出入りしている。入学式の準備や設備のチェック、入れ替えなどで色々なところから人員を手配もしている。

 そこに『玄牙』の構成員が少しずつ紛れていても、気付かれはしないだろう。

 現段階でも、以前に入手した爆弾を幾つか設置完了している。

「狙いを四月朔日紫音に絞れば、幾分か他の生徒への警戒が緩む。学園も警戒態勢は強めるだろうけど、それは四月朔日紫音個人の周囲であって、全体ではない。…ひとまずは四月朔日紫音が療養で病院へ通うだろうから、例え周囲を固められていても、襲う。強引にでも。……なんて、どうだ? ラール」

「………ん、かなり無理矢理な計画だな。このじゃじゃ馬を監禁した方が良い気もするが……いいだろう。…その提案に乗ってやる。感謝しろ、リルー」

「はいはいはい。ありがとうございます、ラール様。ビライもサンキュー」

「戦力を減らすのは惜しいと思っただけだ」

「あれ? 照れてる?」

「………………………………………………………気持ち悪いこと言わないでくれる? マジで」

「分かった分かった。分かったからそんな顔しないでよ! フードから覗く目がちょっとマジだよ?」

 ラールが「よし」と、

「それじゃあ後は各自報告を……」

 言い掛け、遮られた。


 部屋内に甲高い音のベルが鳴ったからだ。


「これは…」

「緊急事態発生、みたいな感じかなぁ?」

 その時、部屋のドアが勢いよく開けられた。

 敵襲かと思い、『玄牙』の幹部5人全員が戦闘態勢を取って殺気を放つが、入ってきたのは部下だった。酷く慌てた様子で息を切らしている。

「ほ、報告します! 敵襲です! 我が組織の構成員ほとんどが一瞬で撃破されました! D級、C級レベルではまるで歯が立ちません! このままではぜ、全滅します!」

 ラールが冷静に、重々しく聞いた。

「敵は何人だ?」

「そ、それが……」

「早く答えろ」


「ひ………1人です。……中学生くらいの少女が…たった1人です……」



 ■ ■ ■



 数分前まで室内を照らしていた電球が割れ、今は光が点滅している。

「『玄牙』、思った以上に歯ごたえがない相手ね。今夜中どころか30分もあれば終わっちゃいそう」

 

 倒れる男達をぴょんぴょんと跳んで避けながら、速水愛衣は呟いた。

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