第11話・・・紅井勇士_『聖』・クロッカス_恨み・・・
獅童学園、学生寮。
消灯時間を過ぎ、学生たちは全員寝静まっている頃。
勇士と湊が寝ている305号室でも、静かな寝息が立てられていた。
しかし、それは湊だけ。
二段ベッドの下で寝ていた勇志はゆっくりと起き上がり、音を立てないようにベッドから出る。湊が寝ていることを確認し、勇志は刀を入れている釣り竿入れのような入れ物のポケットから、手のひらサイズで立方体型の
それを自分が寝ていた布団に置くと、一面に付いたスイッチを押す。
するとプラスチックのような素材だった
『
具象系
それほど丈夫というわけでもなく、鋭い人だと触られるだけでばれてしまうが、メリットも多々ある
現状は非常に役に立つ。
生徒がちゃんと寝ているかの確認なんて修学旅行ではないから、ドアを開けられることすら無いだろうが、湊がたまたま起きた時はこれで十分だろう。
刀入れを背負い、準備ができた勇志は部屋の窓を開けた。
防犯カメラの位置は頭に叩き込んである。勇志のスピードがあれば余裕で学園を抜け出せる。勇志は寝間着の肩口辺りを掴み、剥ぐようにして一瞬で戦闘服に着替えた。
黒めの色で統一された軍服のような代物だ。
勇志は窓の外に出る。
(…よし)
気合を入れ、勇士は駆けだした。
■ ■ ■
勇士が飛び出した数分後。
湊は目をぱっちり開け、上半身を起こす。夜色の髪をおろした湊は、その髪をだらっと垂らすようにしてベッドの上から下のベッドを見下ろした。
(『
湊は枕の下に手を突っ込み、端末を1つ取り出す。
届いていたメッセージを確認した湊は、眉をひそめた。
(へー、愛衣がねぇ…。これは予想外だな。取り敢えずカキツバタには監視続行とさせておくか。…元々の狙いがこの学園だったからか、ここからそれほど遠く無い。…愛衣のバックに何がいるか分かるかもしれないし、多少のリスクは覚悟で俺も行こうかな)
湊は自分の机の前に立ち、引き出しの中に隠すようにして収納されていた小さな瓶を取り出す。
蓋となっている小瓶のコルク栓を抜くと、口からかなり小さい立方体型の
それは変形前の
『
凝縮系
濃密にした凝縮系の
瓶の中の凝縮系及び風属性の
別の
人間に対して使用するのは極めて危険だ。
湊は勇士同様、布団に『
顔には紫色の仮面を取り付け、クロッカスとなる。
(……まだ学園に来て二日目だっていうのに、さっそく面倒事かよ……はあ)
そして、湊は窓から夜空に身を投じた。
■ ■ ■
夜の空。
建物から建物へと、
1人は勇士だ。
「勇士、『玄牙』のアジトの見当はついてるの?」
聞いたのは風宮琉花。
黒めの軍服のような戦闘服を着用していおり、黒タイツにミニスカと女性ものは少し違うことが分かる。
背中には今日デパートに行った時と同じケースを背負っていた。
琉花の質問に、勇士は端末を取り出す。
「『本家』の参謀が幾つか候補を絞ってくれた。今日中には無理でも、俺達で更に絞る。5日あれば足りると思う。『本家』でも引き続き情報を集めて絞ってくれてると思うから、もっと早く見つかる可能性も高い」
「……ごめんなさい。私が敵の構成員を捕らえられなかったから…」
「気にするな。あのデパートの客の中から見つけ出すなんて難しいだろうし、そもそも幹部が戦闘中の間、構成員がどこで待機しているかを予測したのは『本家』の参謀。お前は指示した場所に向かっただけだ。琉花に落ち度はない。それを言うなら、まんまと敵を逃がした俺の方が悪いよ」
「ゆ、勇士は立派に戦ったわ…!」
「サンキュ。琉花も気にすんなよ」
「うん……ありがとう」
好きな男に励ましてもらい、頬が赤く染まるのも抑えられない琉花。しかし、それでも頭から取り除けないことがあった。
(……でも、…『本家』が予測した場所、……ほんの少しだけ、
思考の迷路に落ちかけていた琉花を、勇志の一言が釣り上げた。
「もうすぐ一つ目の候補地だ。さっそく大当たりってことがあるかもしれないから、覚悟しておけ」
「分かってる」
光がほとんど消えた街の、建物から建物へと跳ぶ。
「見えてきた。あの4階建てのビルだ。ここからは慎ちょ………う………に……」
隣から聞こえる勇士の言葉が震えながら途中で終わった。
いきなり空中で止まった勇士の横に、琉花は並んで。
「どうしたの? 勇志?」
勇士は完全に固まっていた。
夜風に吹かれる中ドライアイになっていることも忘れて、ただ一点を見詰めている。
勇士の目から感じる感情は動揺、驚愕から、次第に殺意へと変わっていくことに、幼馴染の琉花は気付いた。
慌てて勇士の視線の先を確認する。
そして、数十メートル先には、紫色の仮面を付けた全身黒ずくめの人間がいた。
双眼鏡で今勇士達が行こうとしていた建物を覗いている。
「! ……あの仮面…まさか……『
独立策動部隊『聖』。
かつて日本国内で起きたクーデターの際、大活躍したS級
目的は
中数精鋭であり、どの組織よりも圧倒的にS級
得体が知れない組織ではあるが、正規で認められ、依頼にもしっかり応じてくれる組織だ。
そして、勇士がこの世のどんな悪党よりも恨んでいる組織だ。
嫌な予感がした琉花は、勇士を抑えるべく振り向く。
だが勇士は既に刀を取り出して腰に差し、柄に手を掛け、飛び出したところだった。
「勇士!」
琉花も走るが、
『聖』と勇士、2人の激突は必至だった。
■ ■ ■
「『聖』、その命で罪を償え」
突然斬りかかってきた少年、紅井勇士が刀の切っ先を向けて言い放つ。
カキツバタは態度、仕草だけでなく仮面の裏の表情にもこれといった変化は見られない。驚きはしたが、それはいきなり殺気を突き付けられたからだ。
すぐに気を取り直し、意識を切り替える。
変声器で変えた声で、カキツバタは言う。
「貴方は何者?」
「お前らに全てを奪われた者だ」
「………一応、恨みの内容を聞いても?」
「…その必要はない。言ったところで何も変わりはしないからな」
「……」
(さっきの発言といい、痛いほどの殺気といい、『聖』に恨みを持ってるのは確かね。…心当たりがないと言ったら嘘になるかもだけど、ここまで…? ………クロー隊長、マジでどんな子と友達になってるんですかぁ…?)
カキツバタはポケットから小瓶…『
身の丈程の長さ。人間の足を倍にしたくらいの太さの円柱。円柱の中身は穴が空いている。素材は黒い鉄。
それは軍隊でお馴染みの破壊兵器、バズーカ砲であった。
(バズーカ砲……現在確認されている『聖』のメンバーにこんな武器を使う奴はいない。……、表舞台初登場か)
猛り狂う憎悪をぐっと抑え込み、
カキツバタはそれを簡単に、頭上に掲げたバズーカ砲その物で防ぐ。そのままバズーカ砲を傾けて受け流す。
勇士は右足を床と水平に突き出して、空中で留まるが、その一瞬の隙をカキツバタは見逃さない。
「至近距離で食らいなさい」
バズーカ砲の口を真横の勇志に向け、一瞬でチャージし、スイッチを押して放った。
その特色は『己の
炸裂によって起きる爆発の場合、爆風による空気振動と爆音は巻き起こるが、属性が火や雷でない限り火煙は立たず、一酸化炭素などの有機物も散布されない。それでも十分に威力があり、単純な攻撃力だけなら〝系統〟の中で一番かもしれない。
爆発を起こすというより、
ようやく到着した琉花は、いきなり雷による炸裂が起きて、驚愕する。
稲妻と閃光が響き、勇志は間違いなくあの中だ。
「勇士…」
その呟きに応えるように、琉花が勇士の前方に姿を現す。
「……さすが『聖』といったところか…。一筋縄ではいかないな」
勇士の姿に琉花は息を呑んだ。
余裕な台詞を言ってはいるが、戦闘服は雷に焼かれあちこちが黒焦げている。至近距離で受けた炸裂は純粋な圧倒的
(初手から勇士をここまで削るなんて……『聖』は全員が精鋭って本当なの…?)
少し離れたところにバズーカ砲という嫌な汗をかかせる武器を持つ者がいる。仮面とかつらで分かりにくいが、体つきから女性と見て間違いない。
勇士が不機嫌そうに言う。
「今の…本気出して無かったな?」
琉花は目を見開いた。
確かに、炸裂と言っても精々半径10メートル。範囲はD級レベルだったが、威力はB級レベルで、範囲を狭める分、より濃厚な炸裂を狭範囲に集中したのだと思っていた。
紫色の仮面の女性、カキツバタはけろっと応えた。
「当然でしょ。私の系統は炸裂。しかも得物がこれでしょ? 派手なのよね」
「…一つ聞く。『聖』のアジトはどこにある?」
「は? 言うわけがないでしょ? 憎悪全開の貴方に。ちょっと優しく話してるからって調子乗らないでくれる?」
明確な侮蔑を含んだ言葉。
琉花は仮面の隙間から感じる冷たい視線に背筋が固まってしまう。
「『聖』……
「他の組織がどうかなんて知らないけどね」
「………ほんと、仲間以外はなんとも思ってないんだな」
「…えらく恨まれたものね。私達が何をしたか、やっぱり教えてはもらえないの?」
「自分の胸に聞け!」
勇士は叫び、刀を振って炎の斬撃を飛ばした。
(はあ、仕方ない。この子のスピードじゃ逃げるのも大変そうだし……、…少し相手してあげようか)
■ ■ ■
「清狼律閃流・『
「『
刀の周囲を水が細く渦巻き、貫通力を高めた突き。
岩並みに協調し、
左からクルト、右からラールの技が愛衣の命を狙って、突き進む。
クルトの刃が腹に。
ラールの拳が顔に。
『
そして、愛衣の身にその攻撃は届いた。
だが、刃と拳は愛衣の腹と頭をすり抜けた。
無傷。
「これは…シャボン玉でできた分身?」
クルトが信じられないと呟く。
「いつの間に!? どこだ!?」
ラールが叫ぶ。
「ぐぁはッ」
聞き覚えのある男の呻き声に、振り向く。
「二人目」
そこには、飄々と佇む愛衣と、全身から血を流すビライだった。
たった今、至近距離から大量のウォーターカッターをくらったのか、ビライは倒れ込む途中だった。
そしてバタリとビライは倒れ、リルー同様もう動くことは無かった。
「紅井くん、こいつ相手に圧倒したんだっけ? 納得納得。……だって弱いもん」
そう言うと、愛衣は楽しそうにストローを咥えてシャボン玉を膨らませた。
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