第5話・・・デパート_お嬢様_敵・・・

 学園近くのバス停からバスで15分ほどした所にあるデパートに着いた5人。

 主に愛衣の買い物がメインだが、他のメンバーもせっかくだから買い物をしたいらしく、自然と男子と女子で分かれていた。

 湊と勇士は、ノートなどの文房具の予備を買った後、勇士の希望で武器用品売り場にいた。男気が強いイメージがあるが、女性用のものも売っており、雰囲気は意外と穏やかだ。

「それ買うの?」

 湊は勇士が持つダンベルに目を向ける。

「うん。室内でも軽く鍛えられる物が欲しいからね。…それにこのダンベル、エナジー保存機能があるから強化系のエナジーを加えれば好きに重さも自動的に強化されて、調節できるんだ」

「強化系は力自慢が多いって言うしね。勇士みたいなのにそういうのが売れるんだろうな」

 同じ強化系のアリソンも分類わけするとパワータイプだ。

「湊は武器本当に銃にするの?」

「どうしようかな。鎮静系って基本防御型が多いからなぁ」

「でも消滅法デリート・アーツとか習得できたら、ほぼ敵無しだよ?」

(………ああ、うん)

「習得できたら、ね。あれってA級の中でも上位レベルぐらいじゃなきゃ習得できない法技スキルじゃん」

「ごめんごめん。ちょっと意地悪だったね。…湊はどんな司力フォースにするか、大体の形だけでも決めてる?」

「こんな早い段階から決めてる奴なんてそういないよ」

「そっか。鎮静系風属性で銃なら凝縮系か強化系の機能が働く銃を使えば、あとは命中率自体で結構効率のいい武器が………なに?」

 手を顎に当てて考えていた勇士が、湊のジト目に気付いて首を傾げる。

 湊は「いや…」と、

「なんていうかさ、楽しそうだなー、と」

「? まあ、楽しいからね」

「んー、多分勇士が言ってるのとは違くて…、まるで今まで「される側」だったから「する側」になれて楽しい、みたいな感じ?」

 ビクリと、勇士が不自然に震えた。

 湊はコンマ1秒の間に思考を巡らした。

(図星、と。「される側」…師匠? 親? 取り敢えず勇士が今までほぼ管理教育的場所に置かれていたのは確かみたいだな。咄嗟に腕をさすったということは過去の恐怖を鎮めてるってことかな? 確証はないけどスパルタ教育だった可能性が濃厚。…これ以上の探りはこっちへの疑心を誘うな)

 探りの鉄則はこちらへ疑いを一ミリも掛けないこと。

 今はまだ勇士が自身の失態だと思っている段階。こちらへの疑いは無い。

 湊は明る気な声で。

「あ、勇士! これなんてどうかな? 銃口に取り付けて発砲音を消すサイレンサーだって」

 勇士は表情にはほとんど出さず心の乱れを無理矢理整える。

 話題が逸れるなら何にでも飛びつく。

「み、湊…。お前鎮静系だろ? サイレンサー使わなくても発砲音ぐらい消せなきゃ。欲を言えば足音や気配もな」

「えー、めんどい。エナジーの無駄じゃん」

「それぐらい常時発動できるぐらいにすれば無駄の内にならないんだよ。戦場では敵がいつどこから来るか分からないんだぞ」

(物言いが実戦慣れした人のそれになってるな。後々自分の失言に気付いてそれが俺への警戒心に変わったら厄介だ。また話逸らすか。…はあ、勇士って恋愛に限らず色々鈍感だなぁ)

 意識して嘘をつくのはできるが、気を緩めると途端に本心が透けて見えてしまう。

 湊は勇士の力量を着々と、完璧に評価していった。


 ※ ※ ※


 一方、女子側では。

 愛衣の希望で化粧品売り場にいた。あちこちから女性の声が聞こえ、化粧品特有の匂いがその場を包んでいる。

「…と、化粧水に美容液、それと保湿クリーム…うん。こんな感じかな」

 愛衣が楽し気に化粧品を選んでカゴに入れ、その横で琉花と紫音が静かに化粧品を選んでいる。

「ねえ、紫音ってやっぱり家だとメイドとかにやってもらってたの?」

「いえ、それぐらいは自分でやっていたました。…愛衣さんは私達よりも多く選んでいますが、そんなに凝ったメイクを?」

「ううん。基本ナチュラル。化粧よりも美容に私は力を入れているのだよ」

「なるほど…」

「ふーん」

 感心する紫音に対して、琉花は素っ気ない相槌を打って、流れで何となく聞いてみた。

「ていうかさ、愛衣って湊のこと実際どう思ってるわけ?」

「…いきなりずばっと聞くね。なに? 女子トーク? 私そういうの好きだよ」

「ご、ごめん…あまりこういう会話同級生としたことないから…」

(つまり、「同級生じゃない人」とは話したことあるのかしら?)

「ま、そうだね。2人はどう思う? 私が湊を好きかどうか」

「……見た感じは好きとしか言えないわよ…。好きでもない男子にあんな積極的に…」

「私も同感です。昨日の出来事を聞く限り、男子なら誰にでもそうしてるというわけでもないようですし」

「うーん。いいとこ突いてくるね。まあ入試の時に色々あったのは事実だしね…」

 微笑みと悪戯っぽい笑みが混ざったような笑みを浮かべる愛衣。

「じゃあやっぱり…」

「さあ? 正直私にもよく分からない」

 だが愛衣の返事は曖昧なものだった。

「ちょ、ここまで来てそれ?」

「だって本当のことなんだもん。この気持ちは一体なに?、みたいな少女漫画の葛藤シーン的状態って言えばいいのかな? 今まで彼氏どころか好きな人もいたことないからね」

「「えっ?」」

 何気ない愛衣の発言に、目を丸くする2人。

 琉花が目をぱちぱち瞬きしながら、

「あ、愛衣…凄い経験豊富そうなんだけど…。好きな人もいたことないの?」

「ないよー。人を見た目で判断しちゃいけないよ。こう見えて純情な乙女なんだから」

「意外です…」

「そういう紫音はどうなよ?」

「え?」

「紫音だって今まで恋なんて知らなかったけど、勇士にごっそり心奪われちゃったくちじゃないの?」

「う、いやその話はいいじゃないですか…」

「ええぇ、私には聞いといて自分は無しとか、そんな理不尽があっていいのかな? 『御十家』のお嬢様?」

「ぐっ……そ、それだったら、琉花さんに聞けば…」

「ちょ、ちょっとっ。私を売らないでよ」

「10年以上も片思いを続けてるどこかの幼馴染さんより、私と似たような立場にいるお嬢様の話が聞きたいんだけど」

「愛衣ッ、どういう意味よ!」

「そのまんまの意味だけど……紫音、逃がさないわよ?」

「わ、分かりましたからスカート引っ張らないで下さい!」

 と、そこへ。

「あのぉ、お客様?」

「「「っ」」」

 声を出さずに3人が反応する。

「店内ではなるべくお静かにお願いします」

 苦笑気味に言う女性店員さん。

 3人は声を揃えて応えた。

「「「はい」」」

 


 ■ ■ ■



 数分後。

 紫音は女子トイレで手を洗っていた。あの後、女子達も行きたい所が分かれたので一旦別行動を取ったのだ。

 紫音は本屋に行く前にトイレに寄っていた。

 洗面台で手を洗い、ハンカチで手を拭きながら鏡に映る自分を何となく眺める。

 それから花びら模様の黄色いカチューシャの位置を整えながら、顔を左右に向けておかしなところがないか確認している。

 今まではここまで真剣に確認してなかったが、最近はいつもこうだ。

 そしてその最中は、どうしてもとある男子の顔が思い浮かんでしまう。

「…はあ」

(こんな自分、恥ずかしくて仕方ないのにやめられない……)

 後ろ向きのようなことを考えているが、つい口元を緩んでしまう。

 鏡の中の自分に向かって、エールを込めた微笑みを送る。

 バタン。

 その時、水が流れる音と共にトイレのドアが開く音がした。

「っ!」

 恥ずかしいことを考えていただけに意思に関わらず赤面してしまう。その顔で反射的に振り向き、たった今トイレから出てきた女性と目を合わせる紫音。

「あら、驚かせちゃったかしら? ごめんなさい」

 軽い調子で微笑む女性。

 セミロング程の髪を湊と同じように束ねた、20代後半ぐらいのラフな私服姿の女性。その微笑みは湊や愛衣とはまた別の怪しさを纏っているように見えた。

 紫音は大きく取り乱したりはしなかったが、言葉を詰まらせるほどのには慌てている。

 その女性は紫音の隣まで来て手を洗いながら。

「なに? 身だしなみのチェックは女性なら普通よ。そんなに恥ずかしがることは無いわ」

 優しい言葉を掛けてもらい、紫音も落ち着きを取り戻した。

「あ、ありがとうございます…。そう言ってもらえると助かります」

「……ところで、」

 ハンカチを取り出しながら、女性の目が手洗い場の端に置かれたバッグの位置に目がいく。

「その入れ物、もしかして武器?」

 紫音は少しビクリとしたが、このような形で持ち歩いている以上、ばれるのは必然だ。

「はい。私今年から獅童学園に入学することになっているんです」

「……へえ、そうなんだ」

 ほんの一瞬、目の前の女性の目が怪しい光を放って細められたことに、紫音は気付けなかった。

「獅童学園ってことはまだフォーサーとしての教育を受けてないのよね? それなのに武器を所持してるってことは、相当高水準な教育を受けていたんじゃないの?」

 鋭い予想に、紫音は感心したように驚く。

「その通りです。…家柄が一応名家なもので…。お姉さんもフォーサーなのですか?」

『御十家』であることを隠す必要はないが、驚かせるのも悪いとも思い、返事をしつつ話題を自分から逸らす。

 女性は手を拭いたハンカチをポケットに仕舞いながら、目線を上げて少し考え込み、肩を竦めて肯定した。

「まあね。フォーサーかと聞かれればイエスよ」

「やっぱり」

 話を逸らすための発言だったとは言え、根拠無しに言ったわけではない。言い方からしてにわか知識では無さそうだったので、直感的にそう思ったのだ。

「ねえ、一つ聞いてもいいかしら?」

 女性がそんなことを言う。

「なんでしょう?」

 紫音は首を傾げる。

 わざわざ確認を取るところを見ると、踏み込んだことでも聞くのだろうか?

 そう思い至って、紫音が何かを察したように精神をビクつかせる。

「もしかして貴方、四月朔日わたぬき紫音さん?」

「っ」

 予想通りの質問に紫音は苦笑した。

 紫音の反応に、女性は微笑みを返した。……その裏に、別種の笑みを浮かべながら。

「気付かれてしまいましたか。…どうして分かったか、聞かせて下さいますか?」

「噂で聞いたのよ。四月朔日家のお嬢様が獅童学園に入学するっていう、ね。それで目の前に獅童学園の生徒でいかにもお嬢様って感じの女の子がいたから、もしかしたらって思ったの」

「そういうことですか。そんな噂が流れてたとは…」

「ふふ、世間って意外と狭いみたいね」

 一泊置いて、女性が尋ねた。


「ところで、今日は1人で来たの?」


 言葉の温度が若干下がったことを気付かないまま、紫音は素直に応えた。

「いえ、友達と一緒です。今は別行動を取っていますが」


「じゃあしばらくは1人ってこと?」


「はい」

 紫音はまたも素直に応えた。

 紫音は女性の質問の意図を、少し一緒に歩かない?という誘いの前触れだと思っていた。

『御十家』に取り入ろうと考えているのかもしれないが、そうとは思えなかった。確かにミステリアスな雰囲気はあるが、ベクトルが違うように思えたのだ。

 年上の女性の友達。

 内心微笑み、目の前の女性はなんと誘ってくれるか興味があり、集中した。

 

 それが功を奏した。

 

 次の瞬間、紫音の首筋まで接近した鋭利な刃物に寸前で気付けたのだ。

「ッ!?」

 紫音は目を見開き、咄嗟に武器の入れ物だけ持って加速法アクセル・アーツを発動。そして真横に跳び、回避する。

 長方形のトイレ内。

 短辺の位置にある手洗い場を背に立つ女性と、もう一方の短辺側にある窓を背に立つ紫音が対峙する。

「あら~、今のを躱すなんて、凄いじゃない」

「…貴方……は…」

 そこにはもう、紫音が好感を抱いていた女性はいなかった。

 鋭利な輝きを放つナイフを片手に持ち、その輝きに負けない悍ましい眼光を放つ女性。

 こちらが本性なのだと、確証もないのに断言できてしまう。

「私のことはリルーって呼んでちょうだい。『玄牙くろが』って組織、知ってる? 一応そこの幹部やってます」

「『玄……牙』……ッ」

(聞いたことがある…。裏組織の1つ。B級レベルの幹部を兼ね揃えた、金を払えば何でもやる組織。…まさか…本当に…)

「そんな組織が…なんでここに…!?」

「ちょっとした密売をね」

 その女性は、黒々とした笑みを浮かべ、続けて言った。

「それにしても運が良いわ。まさかこんなところで『御十家』の純血に出会えるなんて。ああ……貴方がどんな声でくのか、うめくのか、早く聞きたいわぁ。お嬢様の血はやっぱり綺麗な色なんでしょうねぇ。それが飛び散るとさぞかし美しいのでしょうねぇ。…ああ、想像しただけでたぎっちゃうぅ」

 タカが外れたように、恍惚した瞳でナイフをペロリと舐めるその女性、リルーは心の底から思ったことを口にしている。

 紫音は、もはや異形に対する軽蔑の感情しか湧かなかった。

(結界が張られてますね…。隙を突いて逃げる…なんて、許すとも思えませんね)

「…残念です。お姉さんがここまで堕ちた方だったなんて。…私も人を見る目がありませんね」

「それはごめんなさい。それよりも貴方も武器を出したら? 私自分で言うのもあれだけど戦闘狂なのよねぇ。人が必死に頑張った姿を存分に楽しんだ後、無残に殺すのが大好きなの。……この感覚、分かる?」

「分かりませんし、知りたくもないですね」

 言いながら、瞬時に己の武器を取り出す紫音。

 右手に持ち構えるそれは、レイピアだった。

 静かな輝きを放つレイピアを、英国の騎士のように縦に構える。

「良い眼になったわ」

 余裕を隠さないリルー。

 紫音は覚悟を決めながら、内心思った。


(……結界を張れるということは間違いなくB級レベルのフォーサー……精々C級レベルの私がどれだけ立ち回れるでしょうか…)

 間違いなく死の一歩手前にいる。

 紫音は恐怖を消すように、固唾を呑んだ。 

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