第6話・・・動く勇士_苦戦するお嬢様_裏で狩る彼女・・・

 デパート、5階。

「リルー、なに早まってるんだ」

 人通りが多いデパートの屋内通りにあるベンチ。

 そこに座るフードを被ったビライと呼ばれる男性は深々と溜息をついた。フードを被ってはいるが服装自体は赤色のパーカーを着ているだけなので、周囲からそれほど浮いてはいない。

 ビライの手元には一つのスマホ。リルーが紫音に仕掛ける直前に送った簡潔な暗号メッセージ。

 それが意味するところは「戦闘」。

(リルーがたまたま出会ったフォーサーと無意味にバトルするとは思えない。その辺の分別はつく奴だ。…それでも我慢できない相手となると……それほどの強敵に出会ったか……たまたまこのデパートに来てた四月朔日紫音と出会ったか…。可能性的には前者が濃厚か…?)

 と、その時、ビライの端末に新たなメッセージが届いた。

 部下の1人からだ。何人かの部下に結界がどこに張られているか確かめ、分かった時だけ連絡を入れるよう指示していたので、場所が分かったのだろう。

 メッセージを確認して、フードの上から唯一見える顔のパーツである口が歪む。

(女子トイレ…? 前者の可能性も捨てきれないけど…、四月朔日紫音の方が高まったか? …まあ、どの道リルーの行動を止められやしないんだ。あいつ戦いに割って入ると怒るしなぁ。だからリルーを連れてくるのは嫌なんだよ。はあ)

 ビライは立ち上がると同時に大きなアタッシュケースを持ち上げる。

(取りあえず、リルーの周りに部下を何人か置いて…、僕は確か2階にあったカフェで時間でも潰してようかな)

 ケースを持たないもう片方の手で伝令を打ち込みながら、ビライはゆっくりと歩き出した。



 ■ ■ ■



(ちょっと、騒がしいな)

 湊は、自販機で勝ったペットボトルの炭酸を飲みながら、そんなことを思った。



 ■ ■ ■



 リルーは一瞬の内に両手をナイフで一杯にし、それら全てを紫音に投げつけた。そのナイフは雷を帯びている。

(属性は雷ですかっ)

 紫音はレイピアに雷を纏って振るい、壁と弾く役割を果たすように雷を展開した。芳香剤のおかげで良い匂いのするトイレ内にビリビリと雷が広がる。

 全てのナイフは雷に阻まれ、床に向かって落下する。だがナイフは床に落ちることはなかった。その前に粒子へと変わって形を崩していった。

 その粒子とは言うまでもなくエナジーだ。

ジェネリック具象ぐしょう系雷属性ですか」

「ええ。その通りよ」


 具象系。

 その特色は『エナジーを元に対象物の具現化』。

 対象物の構成要素、物質を完璧に理解することで具現化を可能とするため、知識が必要な系統でもある。

 具現化した対象物はエナジーが元となっているので、必ず消える。

 エナジーを他物質に変えることから、変化へんか系と呼ばれていた時期もあった。


(具象する場合、工程を多く要する物体・物質はそれだけ多くのエナジーを消費する。…彼女のように刃物を具象する場合、その刃の代わりにダイヤモンドを具象するフォーサーもいますが…、このレイピアと硬度はどちらが上でしょうか…)

 分析を試みるが今の段階ではまだ何とも言えない。

「来ないの? ならこっちから行くわよ」

 楽し気な声が耳に届く。

 次の瞬間、リルーが加速法アクセル・アーツにより猛スピードで突き進んでくる。

(速いッ!)

 今のように雷を飛び散らす余裕もなく、正面から刺突してくるナイフをカキンと音を鳴らして防ぐ。だが、リルーのもう片手に持つナイフの切っ先が真横から紫音の顔面を狙う。

 一刀対多刀では基本的に一刀の方が不利。

 だが、そのナイフは紫音の横顔に到達する前に、ビリッと一瞬弾けた雷にカキンと音を鳴らして再び防がれた。

「っ」

 リルーの目が細められる。

 雷とナイフ。

 その2つが衝突したところで本来鳴るはずのない金属音が鳴ったからだ。

 リルーは加速法アクセル・アーツで距離を取り、相変わらずの余裕の笑みを見せる。

「へえ、四月朔日わたぬき家は鎮静系が多いって聞いてたけど、貴方は協調系なのね」

「それは現党首である私のお母様を始め、歴代の党首に鎮静系が多いからそういう印象が強いだけです。協調系を主体とした剣術もにわか仕込みなどではなく、きちんと存在しますよ」

「ふーん。まあどうでもいいけど」

 興味無さそうに肩を竦め、雰囲気に真剣みを帯びるリルー。

(協調系雷属性、か)


 協調系。

 その特色は『異なる対象物の性能・性質の共有』。

 7系統の中でも最も扱いの難しいものだと言われている。一般的には自身の「属性」と他の「物」の性能・性質を協調している場合が多い。

 紫音の場合は自身の属性である「雷」とレイピアの「硬度・強度」とを協調したのだ。

 だがそれも100%協調できるフォーサーは少ない。紫音を例に上げれば、雷とレイピアの協調率は60%というところ。


(あくまでエネルギー体である雷は防御力にやや劣る…その欠点をレイピアと協調することでカバー。100%でなくても50%協調できれば十分。王道ねー。肝心の雷の操作は手慣れているようだけど、それでも私から言わせればまだ甘い。…フォーサーとしても階級分けをするとC級、てところかしら)

「私の相手じゃないわね」

「ッ」

 リルーの見下した発言に、言い返せない紫音。

(でもそれは…階級の上での話です!)


 ■ ■ ■



「え」

 ビライは思わず声を上げた。

 場所はエレベーター。

 下へ降りるエレベーターに多数の客が乗り込み、最後のビライがエレベーターに乗り込んだところで定員オーバーを示すブザーが鳴ったのだ。

 悪目立ちしないとは言え、フードを被った男というのは印象的にあまりよくないのは事実であり、その上アタッシュケースなどという格好と少々不釣り合いなものを持っていては嫌でも目立ってしまう。

 最後に乗ったということもあり、ビライは大人しくエレベーターを出た。

(アタッシュケースも重かったか…。運無いな)

 大人しくエスカレーターで降りよう、そう思った………その時。


「ッッ」


 視線を、感じた。

 刺すような、全身を裂くような、視線を。

 瞬時に振り向くと、ビライの眼前にナイフが飛んできた。超高速で投じられ、周囲の客には見えていない。ビライはナイフの刃を人差し指と中指で難なく受け止め、周囲の客に見えないように手で隠す。そしてそれに括り付けられた手紙を広げた。

 ビライは目を通し、眉を顰める。


『誰にも連絡せずに、1分以内に非常階段まで来い』


 たったそれだけ。

 命令文のみで脅迫的な言葉もない。

(…このタイミング…しかも今のスピードでナイフを投げることのできるフォーサー……無視もできないか。「連絡せず」か…部下も含めた僕たちの存在にも気付かれてるね。言外の脅迫。……仕方ない)

 ビライは5秒にも満たない瞬間に結論を出した。

(なんか雲行き怪しくなってきたな)



 デパート屋内の非常階段。5階。

 火災などが発生した時に火の手が来ないよう厚いドアで完全に仕切られた階段。

 エレベーターやエスカレーターがあるのに好き好んで階段を利用する客はほぼ皆無。

 ビライはギギィと音を立てながら薄暗い非常階段までやってきた。

 言われた通り一分以内に。

 ドアを閉めた瞬間、非常階段が結界に覆われた。

(…まあ、こうなるよな)

 広くも狭くもない階段幅。

 5階踊り場にいるビライは、探知法サーチ・アーツで隠す気のない相手のエナジーを探知し、そちらに顔を上げた。

 5階と6階の間にある踊り場。そこからビライを見下ろす敵が1人。

 腰に刀を差した中学生か高校生ぐらいの男子。顔立ちは間違いなくイケメンと呼ばれる類だろう。

「『玄牙くろが』……その人相はビライと見て間違いないな?」

 ビライは少なからず驚いた。

 組織名すらばれているとは思わなかったのだ。

(…確かな筋からの情報か…探りを入れてるか…)

「そのアタッシュケースの中身はなんだ?」

「……さあ、ただの手荷物だと言ったら?」

「それが今日裏商人と取引して手に入れた物だということは知っている。…素直に投降すれば怪我せずにすむぞ?」

「……子供が生意気なこと言うじゃないか」

(……と言っても、結界法サークル・アーツが使えるということはこの歳でB級上位レベル、か。しかもこの結界、この非常階段を外から覆っている…。結界を破る法技スキル乱流法クランブル・アーツは発動させるには直接触れなきゃ不可能だ。…屋内は障害物が多くて結界が張りにくいのに、器用なことだな)

 刀を差したイケメン男は溜息をついた。

「はあ、今日は友達と楽しい買い物のはずだったのにな、なんでこんなことに…」

 愚痴にしか聞こえないその発言。

 だが次の瞬間には目を光らせ、全神経を研ぎ澄ませた。

「友達が待ってるんだ。手早く済ますぞ」

 そして、紅井勇士の戦いが始まった。


 ■ ■ ■



 デパート4階。

 漣湊はヘッドホンでポップな音楽を聞きながら、呑気な足取りで歩いていた。

(勇士…スマホ見たかと思ったらトイレに行ったっきり戻ってこないな。まあ、当然だけど。…5,6階付近の非常階段で勇士。3階の女子トイレでは、おそらく四月朔日わたぬきさん。わたぬきさんはともかく勇士の戦闘は見ておきたいけど、密閉空間となると俺にもリスクあるし、それはやめておこう)

 湊は夜色の前髪をかき分けながら。

(怪しい連中がいることは間違いない。でも俺に何の連絡もないとすると『むくろ』絡みじゃないことは確かだな。…だったら俺が出張る必要もないか。…下手に動いて愛衣に『少しでも』疑われることは避けたい)

 湊は屋内ベンチに近付き、静かに座った。

(勇士もわたぬきさんも、ついでに風宮さんも、敵ではないようだし、俺は楽させてもらおうかな)

 そう思いつつ、最後の1人の顔を湊は思い浮かべた。

(愛衣については様子見ということで)


 ■ ■ ■



『玄牙』の構成員の一人である男は、今現在デパートにいた。

 リルーとビライ。

 2人の幹部と連絡が取れなくなったが、問題はほとんどない。

 こういう時の対処法も用意されている。

 リルーは戦闘中。ビライの居場所も、非常階段に入る直前に仕掛けた発信機ですぐに分かった。

 本部に連絡したところ、人員を一部寄越すことになり、自分達はそのままリルーとビライの周囲を警戒しておけとのことだ。

 男は現在リルーが戦闘している階と同じ階の薬品売り場にいる。

 トイレに女子が行く場合は捕らえてでも進行を妨げる必要がある。

 男は自分と同じくらいの高さの棚に挟まれた、少し落ち着く空間でつい愚痴をもらしてしまう。

「…リルーさん…お願いだからこういう面倒事は極力避けて下さいよ」


「もうその心配はないよっ」


 その独り言に、返事が返ってきた。

「だってもう貴方はリタイアだもん」

 真後ろからしたその声に、男はすぐ振り向くが、それを待たずして男はわけが分からないまま、意識を絶たれた。



 薬品売り場の棚と棚の間。

 監視カメラからも他の客の目からも逃れて行われた作業は、静かに終わった。

 先ほどまで男がいたところには女子が1人。男の姿はどこにもなかった。


「はーあ、なんで私がこんなこと…。湊、今何してるかな?」

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