第2話・・・イケメン_美少女_刀・・・

「はあ、なるほど。まあそんなことだろうとは思ってたけどね」

 湊はどうでもよさそうに溜息をついた。


 獅童しどう学園に初めて足を踏み入れた湊は、自分が暮らすことになる部屋で早速とんでもない光景を目にしてしまった。

 取り敢えずその場を離れようとするも、あっさりと捕まり、自室であるはずの305号室に連れ込まれ、今に至る。


 湊は床に座らされ、縛られこそされていないが、逃がさんとばかり目の前の小さいテーブルを囲んで、3人の男女が力強く座っていた。

「つまり、部屋の真ん中で3人で勉強していたところ、イケメン君が次の参考書を手に取ろうと離れた位置(ドア前方)の机に取りに立ったが、「あれ? 俺の参考書どこにもないぞ?」と慌て、他の美少女2人が「何してるのよ」「本当に無くしたんですか?」と一緒に探すのを手伝い、やがてイケメン君が参考書を見付けた時の「あ!」という声に美少女2人がビビッて足元を滑らせ、結果あんな状態で転がり、それを目撃した善良な一般市民(俺)を実力行使で確保した、と」


「「「………はい」」」

 先ほどまでの殺気にも似た力強さはどこにいったのか、湊が状況説明を進めるに連れ3人の美男美女は肩を上げて顔を俯かせていた。


 湊は小さいテーブルの右側に座るイケメン君の肩に手を置いた。

「お前、色々凄いな」

 イケメン君は複雑な表情で、

「凄いってなんだよ」

「一つだけはっきりしたよ。この物語の主人公は君だ。イケメン君」

「何のことだよ! ていうかさっきからイケメン君とか言うのやめてくれないかな!」

「だって名前も知らない内からこんな事になっちゃったんだもん」

 イケメン君がグっと喉を詰まらせて押し黙る。

 代わりに湊の左側に座る桃色ロングに黄色いカチューシャのお淑やかそうな美少女が整った苦笑いをしながら呟いた。

「そう言えばまだ自己紹介もしていませんでしたね」

 口調も見た目に沿ってお淑やかで、先程の光景が第一印象になってしまって逆に湊が申し訳なく思ってしまう。

「そうね。順番がごちゃごちゃね…」

 湊の正面に座るクリーム色のサイドポニー美少女が肩を落とした。

「あ、じゃあ俺から」

 気を取り直したようにイケメン君が声を上げる。

 どこかはりきっている様子だ。

「俺は今日から君のルームメイトになる紅井あかい勇士ゆうし。よろしくっ」

 紅井勇士。

 改めて見てもイケメンだ。

 茶色い短髪からは爽やか系と微かなワイルド系が滲み出ている。体格はこの歳でがっしりしている。アメリカ人のロケットとは違った、バランスの取れた代物。笑顔一つ、挙動一つが女子の目を引きそうである。

 続いて湊の正面に座る女子が微笑して、

「私は風宮かざみや琉花るか。一応、勇士の幼馴染。よろしくね」

 風宮琉花。

 改めて見ても美少女だ。

 クリーム色のサイドポニーは湊の結い上げ、垂れた髪よりも3倍以上長く、腰まで届いている。体型はアメリカ人には劣るが、それも今だけで成長が見込める。吊り目や湊をひっ捕らえた行動力から、男勝りというより女子として強気な性格だとうかがえる。

 湊は幼馴染、という単語にしばし考え、ぽつりと心中で呟いた。

(なるほど。ツンデレ幼馴染というやつか)

「……今、失礼なこと考えなかった?」

「え、なんで分かったの?」

「口に手を当てながら薄目で見られたら誰だってそう思うでしょ!」

 湊は勇士に向き直り、

「紅井くん、君の幼馴染、楽しい人だね」

「え、うん。そうかもね…」

 叫んでいた琉花は気力を無くし、大きく息を吐いた。

「なんか分かってきたわ。貴方の性格…」

「そう?」

 はは、と湊は笑った。

 最後に湊の左側にいる女子が丁寧に挨拶をしてきた。

「私は琉花さんのルームメイトの四月朔日わたぬき紫音しおんと言います。よろしくお願いします」

 四月朔日紫音。

 改めて見ても美少女だ。

 桃色の髪は長く、花びらがひらひら舞うのような模様の黄色いカチューシャは子供っぽいのに、彼女自身の雰囲気がそう言わせない。天使のような微笑みや伸びた背筋、琉花に劣らず発展途上の体型などが本物おお嬢様ではないかと疑わせる。

 ……と、そこで湊の頭にピンと糸が張ったような感覚が走った。

「わたぬき…? って、4月の朔日さくじつって書いて……四月朔日わたぬき?」

 紫音が肩をビクってさせながら、頷く。

「俺の記憶が正しければ『御十家ごとおけ』にそんな苗字の家が名を連ねてた気がするんだけど…」


御十家ごとおけ』。

 今の日本を支える『フォーサー協会』。

フォーサー協会』には多くの組織が所属しており、その全ての組織の中でも圧倒的な功績を上げ、トップに立つ12の組織がある。

 その一角として、絶大な権力を持つ十名家で構成された組織こそ、大規模連合族『御十家』。


 四月朔日わたぬきという家がその一つだった気がする湊。

 そして、それは、

「はい……四月朔日家の娘です…」

 大当たりだったようだ。

 つまり、本物のお嬢様だったというわけで……、

「えっと……俺かなり失礼なこと言いましたよね……もしかしてその事で…」

「安心して下さい。そんなことでどうこうしたりしませんから」

 天使のような微笑みで両手を振る紫音。

 そんなことだろうとは思ったが、万が一のことがあっては堪らない。

 湊は軽く息を吐いた。

「良かった………っていうか、紅井くん」

 湊は首を回転して視線を紫音から勇士に移した。

「ん? なに?」

「…ちょっと聞きたいんだけどさ、四月朔日さんと知り合ったのっていつ?」

 勇士は笑顔を固まらせて、

「……み、3日前……」

「……やっぱり君が主人公だ」

「だからどういう意味だよ!」

「だって会って3日の超お嬢様と早速ラッキーハプニング? そこに幼馴染も? 君その内義理の妹が出来たり謎の転校生と仲良くなったり、挙句の果てには空から美少女が降ってくるんじゃない?」

「そんなこと起きるか!」

 湊はチラッと琉花と見て。

「君の幼馴染は「有りそうで怖い」って顔してるけど?」

「琉花ぁ!」

「し、してないわよ!? ほ、ホントに!」

 勇士は首をがっくりと落として、「あ」と再び上げた。

「そう言えば君の名前まだ聞いてないぞ」

 言われ、湊は「そう言えば」と姿勢を軽く整えて、告げた。

さざなみ湊って言います。よろしくー」

「へー、綺麗な名前だね」

「………俺こんな髪型だけど男だからね? 君のハーレムには加われないよ?」

「そんなつもりで言ったんじゃねえよ! 純粋にそう思っただけだ!」

「この様子だと男の娘とかも口説き落としそうだな。…ねえ? 風宮さん」

「……(ゴクリ)」

「琉花! なんだその否定したくてもできない顔は!」

「そ、そんな顔してないわよ!」

 勇士が疲れた顔したところに、湊は笑い掛けた。

「ごめんごめん、からかい過ぎたね。…名前を良く言ってくれてサンキューな」

(まあ、一部偽名なんだけど)

 勇士は軽く息を吐いて気を取り直し、表情を戻した。

「ねえ、湊って呼んでいいかな? 俺も勇士でいいから」

「オッケー」

 気軽なやり取りをして、勇士が「ところでさ」と、話題を切り替えた。

「湊って2人を見てもあまり変わらないね」

 琉花、紫音に目を向けてそんなことを言う。

「? どゆこと?」

「ほら、2人って可愛いじゃん?」

 湊が素直に聞くと、素直に返され、湊が反応に困ってる横で琉花と紫音が頬を赤らめていた。

(純粋鈍感天然自覚無しイケメンとは…恐るべし)

 湊は何度か首肯しながら、

「ああ、うん。そうだね。可愛いね。それが?」

「今まで俺が見た範囲の男子はビクついたり言い寄ったりとかだったからさ、湊は違うな、って思って」

 なるほど。

 紫音のお嬢様気質は人目を引くだろうし、琉花も近くに立たれたらドキッとしてしまう。

 この学園に来てからも、それは変わらなかっただろう。勇士は言い寄ったり、などと言っていたが、それも勇士が少し席を外していた間のことであり、イケメンたる勇士が来たらそそくさとその場を後にしたことだろう。

 琉花も紫音も、何を聞いてるの?と言いた気な表情だが、湊の応えは聞きたい様子。

 湊は首を傾げて何となく考え、これと言った理由なんて無いよなー、などと思っていると、「ああ」と何となく呟いた。

「それはあれじゃない? 俺がついこの間までアメリカにいたからじゃない?」

「アメリカ?」

「うん。正直アメリカ人って色々な意味で成長早いからさ、無意識的に日本人ってどうしても子供に見えちゃう、のかな?って」

 湊自身よく分からないが、そう呈してみるが、どうやら3人とも別のポイントが気になったらしい。

「え、湊って帰国子女なのっ?」

「あ、うん。今月の頭に帰ってきたばっかり。普通にアメリカ人だらけの学校に通ってたから英語には自信あるよ」

 意外だがそれでも納得できてしまう、という様な表情の3人。

「向こうの友達との写メ見る?」 

 湊は片手でスマホを操作し、写真画面を3人に見せる。勇志がスマホを受け取ってテーブルの中心に置いた。アメリカの友達と数々の観光名所で撮った写真だ。

「お! これがアメリカか!」

「これ自由の女神ですよね…映ってる人もアメリカ人ばかり…」

「本当に帰国子女なのね…」

 なぜか誇らし気な表情の湊。

 その時、紫音が「あら」と楽しそうな気付き声を発し、写真の一部分を指差した。

「漣さん。どの写真にも漣さんの隣に映ってるこの女性は彼女さんですか?」

 紫音の言葉に勇志と琉花が「確かに…」と呟く。

(意外と鋭いな)

 湊は目を一応紫音の指先に向けたが、それが誰なのかは見なくても分かった。

「ああ、アリソンのこと? 彼女ってわけじゃないけど…まあ、向こうでは一番親しい女友達だったかな」

 湊のありきたりな回答に、琉花はさっきの仕返しとばかりに、からかうように「でも」と悪い笑みを浮かべた。

「腕組んだり、後ろから首に手を回したり…この写真なんてほっぺにキスしてるじゃない。これどう見ても…アリソンさんだっけ? 漣のこと好きでしょ」

 琉花の言葉に、紫音は恥ずかしそうに微笑み、勇士はさっき散々からかわれた仕返しなのか、琉花と似たような表情を浮かべる。

 湊は溜息をはくと共に、さらっと言ってやった。

「好きだろうね。5回ぐらい告られたし」

 琉花と勇士の表情が固まる。一本取った気分だ。

「……マジか?」

「うん。〝I love you.〟って。何度も」

 湊のからかい顔での流暢な英語に、3人の顔が赤く染まる。湊は表情を戻して。

「なにそんなに動揺してるの? 3人なら告白なんてされ放題でしょ?」

「そ、それでも同じ人から何度も告白なんて…」

「「私も…」」

 付き合ったことはないだろうが、だからと言ってここまで初々しい反応……。

 同じく付き合ったことはない湊も、ここまでではないだろう。

「なんというか」

 湊は首を傾げて、言った。

「純粋だね」

(中学生だしこんなものか)

 勇士はどう返していいか分からない感じで目を逸らし、琉花はバカにされたと思ったらしく赤面して湊を睨み、紫音は押し黙っていた。



 ◆ ◆ ◆



「あ、もうこんな時間」

「? どうした、湊?」

 その後、適当な雑談をしている時に時計を見て呟いた湊の言葉に、勇士が反応する。

「教科書販売、行かなきゃ」

「確かにそんな時間ね。早く行かないとまた明日ってことになりそうだし」

 教材は自分で学園に来てから自分で買わなければいけない。発注して輸送すれば自宅に届けられるが、その分お金も掛かる。大体の生徒が直接買っていることだろう。

 湊もその1人だ。

「じゃ、俺行ってくるわ」

 勇士達3人はもう済ませていることだろうから、湊は1人で行くつもりで立ち上がると、勇士も立ち上がった。

「お、俺も行くよ。ほら、迷ったら困るでしょ?」

(……ルームメイトの男子とは仲良くしたいんだな)

 そんな必死さを感じた。

 女子2人も居心地悪そうに察しているようで、一緒にいたい、などとは思っても言わないだろう。

「…一緒に行って俺まで目の敵にはされないよね?」

「っ、いや、そんなことはないと思うよっ? ……多分」

 イケメンが軽く泣きそうになっている。

 湊も鬼じゃないので肩を竦めて了承した。

「分かったから早く行こう」

「うん」

 勇士は返事をすると、ドアとは逆方向に歩き出した。湊が頭上にハテナを浮かべるが、勇士は部屋の壁に立てかけてあった釣り竿ケースのような直方体の入れ物を肩に背負う。

「なにそれ? …まさか武器?」

 今の時代、フォーサーは愛用の武器を持ち歩く際、刀や鎌のような武器類は何かの入れ物にしまって子供などに悪影響を与えないようにする決まりがある。

 そう思い、聞いてみると、

「うん。刀なんだ」

 あっさり応える勇士。

「え、マジ?」

 湊は素直に驚いた。

 まだフォーサーとしての教育を受けていないこの段階でもう武器を持っているというのは非常に稀だ。

「勇士ってまさか既にエナジー操作できちゃったりするの?」

 勇士は困ったように苦笑して、

「うん。塾行ってたから少しだけね」

「へー…、じゃあ…」

 湊の視線が琉花に向く。

 幼馴染だというなら同じ可能性もある。

 予想通り、琉花は首を縦に振った。

「まあ、それなりにね」

「うわぁ、ここ何気に凄い人集まってるじゃん。わたぬきさんも『御十家』なんだし親とかその辺から習ってるんだよね?」

「え、ええ…お母様から…」

「………なんか急に劣等感が半端ないんだけど…」

 ズーンと湊が暗くなり、他の3人が手の平を広げて慰めるようなジェスチャーを取って「気にするな」的言葉をかける。

 湊はすぐにどうでもよさそうに溜息を吐いて、「間に合わなくなるからとっとと行こう」と言って勇士と共に部屋を出た。



 ■ ■ ■



「案の定、なーんかチラチラ視線感じるなぁ」

「……すみません」

 湊が呆れるように言うと、勇士が針のむしろの如き心で謝る。

 2人が外に出ると、他の生徒達から妙な視線を度々感じるのだ。勇志の女たらしな噂は結構広まってるらしい。

「まあ、そういうのあまり気にしないけどさ」

「あはは、そう言ってもらえると助かるよ」

「俺は勇士がこのままどれだけのハーレムを形成するのか楽しみにさせてもらうよ」

「ちょっと待って! 何の話だよ! 俺そんな気ないからな!」

「大丈夫。勇士がどれだけ誠実であろうと、女の子の方から寄って来るから。絶対。だから心配しないで」

「するよ! 俺って一体何者なの!?」

「純粋鈍感天然自覚無しイケメン」

「そういうこと聞いてるんじゃないよ! ていうか鈍感じゃないし!」

「鈍感はみんなそう言う」

「鈍感じゃない人も言うと思うけど!?」

 2人は他愛もないやり取りをしながら教科書販売をしている校舎まで歩き進んでいた。


 

 生徒の数が多くなった道で、2人はそれを目撃した。

「ねー、いいじゃん。ID交換しようよっ」

「俺達仲良くなれると思うんだよね」

「ごめん。マジそういうの無理だから。ていうか邪魔」

 2人の男子が1人の女子に言い寄っている。

 なんとありきたりな……。

 湊は先ほどのハプニングを目撃した時以上の白け顔でそう思った。

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