第1章 新生活と友の闇編
第1話・・・任務_獅童学園_目撃・・・
「クローくん。長期任務、お疲れ様。アメリカは楽しめたかしら?」
「ええ。あ、お土産はありませんよ?
「ふふ、それは残念」
帰国した
有名会社の社長室のように広く片付いた部屋。
その部屋には現在4人の人間がいた。
1人は漣湊。
相変わらず、夜色の髪を結い上げ、首には白と青を基調としたヘッドホンを掛けてている。
そしてもう1人は30代後半を迎えるのにその肌の衰えを全く見せない美貌を持つ女性。
湊と横に長い豪奢な机を挟んで座り、「ふふ」と笑っている。
残る2人は湊の両脇に佇むスーツを着用した顔が瓜二つの女性だ。
湊と座る女性の会話を聞き、1人は呆れた表情を、1人は楽し気な表情を浮かべている。
「時差ボケは大丈夫?」
優しく聞く女性の名は
流麗な青みがかかった黒髪のロングへア。肌は20代後半並みに艶やかで、魅惑的な質感を想像させる。肢体も衰えを感じさせないほど豊満で、腰から下は机で見えないが、20代並みにくびれていることを湊は知っている。
湊は軽く微笑んで首肯した。
「飛行機の中でたっぷり寝ましたから。快適でしたよー」
「いいわねー。スカーちゃん、私が飛行機に乗る予定ってある-?」
「ございません。瑠璃様」
瑠璃の呟きにも似た尋ねに、湊から見て右に佇む女性が応える。
赤茶色の髪はショートカットに整えており、前髪の左半分を少しかき分けている。見た目は黒いスーツのような物を着用しているが、実際は特殊素材で戦闘服でもある。鋭い眼光、伸びた背筋、響くような真っすぐとした声を持つ女性は、クール、スパルタなどの言葉を連想させる。彼女の年齢は本当に20代後半といったところだろう。
そんな女性が、呆れたように湊へ告げた。
「クロッカス。お願いですから瑠璃様の興味を煽るようなことは言わないで下さい」
「別にいいじゃん、スカーレット。瑠璃さんだってそれぐらい分かってるよ」
「少しでも気を逸らすようなことは言って欲しくないんですよ。それにこの事をネタにふざけて
はあ、と溜息を吐く湊の同僚、スカーレット。
そんなスカーレットに陽気に話し掛ける人物がいた。
「スカー、頭
「それは貴方も一緒になって私を困らせるからでしょう、チェリー」
「お姉ちゃんに向かってそのダメ人間を見る目はやめてよー」
「ダメ人間を見る目ではありません。ゴミを見る目です」
「もっと悪いよっ?」
ふくれっ面でスカーレットに抗議するのは、スカーレットの双子の姉、チェリー。
髪色も容姿も着用している服もほぼ一緒。相違点は赤茶色の髪をスカーレットとは違って右半分をかき分けていることと、表情が明るいということぐらいだ。後者の違いは小さいようで大きく、見分けがつきやすい。
2人はよく言い争いをするが、仲が良いことに違いはない。
チェリーがふくれっ面で睨むのをスカーレットは無視して手元のファイルから一束の書類を取り出し、瑠璃に渡す。
「瑠璃様、そろそろ本題に」
「そうね」
瑠璃は受け取った書類を湊の前に差し出す。
「
「はい」
湊は半眼のまま、声だけはしっかりと張った。
「日本の
「はい。
「そう。つまり、その子供達は中学3年生から別の学校へ通うこととなる。…貴方にはとある学園へ入学してもらうわ」
「了解です」
湊の年齢や性格から、一番最適な任務は『表』に紛れての『潜入』。
日本の中学へ潜入することにそれほど大きなメリットは無いが、『
それに、将来的に湊が何かしら『
「で、俺が通う学園とか決まってるんですか?」
「ええ、国立
「………獅童学園って……そこそこ名門ですよね?」
「貴方なら簡単でしょ?」
「……はあ、はい。畏まりました」
湊は肩を落として、承う。不可能とはこれっぽっちも思っていない。
そこに、双子の美女からお声が掛かった。
「尚、将来の為に良い成績を残してもらう必要があるので、知能面に関しては9割程の実力を出してもらいます。その範囲内でなら多少無理しても構いませんよ」
「こっちの情報操作は完璧だから、正体がばれることはないよ。さすがに
(俺に『御十家』とのコネでも作ってほしいのかな)
「りょーかいっ。では失礼します」
書類を受け取った湊は頭を下げ、結い上げた夜色を揺らしながら後ろを向いて退出した。
■ ■ ■
数週間後。
漣湊は獅童学園の門を潜った。
無事試験をパスしたのだ。
獅童学園は名門で、
と言っても、まだ入学したわけじゃない。
今は2月の中旬後半。
全寮制の獅童学園に住むことになる生徒達がやってくる頃だ。
湊の他にも私服姿の生徒達が新しい学園に目を輝かせながら学園内を歩いている。記念の写真を撮ってる女子達や男子達もいて楽しそうだ。
獅童学園はとにかく広かった。
一学年と言え生徒全員分の寮、寮内の食堂、通常の広さのグラウンドが別の場所に三つ。学園内の整えられた木々や花壇に挟まれた道を歩いてる時は、ちょっとしたお金持ちの豪邸の中にいる気分だ。
さすが名門と言うべきだろうか。
ここに一年しかいられないのは少々残念な気持ちになる。
湊は簡単な手続きを済ませ、自分が一年間を過ごすことになる部屋へと向かう。
キャリーバックを引きながら湊は手元の紙を見る。
(305号室……ここって相部屋なんだよなー。ルームメイトはもういるかな?)
全員の生徒が今日この学園にやってくるわけではない。
合格発表から入学式直前まで学園が解放され、生徒はその間に入寮の準備を終わらさなければならない。湊も合格発表から5日経ってから来たので、先にルームメイトが来ていてもおかしくない。
フローリングの床を歩き、305号室の札の付いた部屋の前までくる。
豪華なホテルのドアを少し質素にした感じのドア。その横にある黒い液晶画面に学生証をかざしてロックを解き、ノブに手を掛け、
湊が表情に出さず思考した。
(中に人がいる。それも…3人? ルームメイトが友達でも呼んだのかな? まあ問題ないだろ)
躊躇することはないと、湊はそのドアを開けた。
「うわっと!」
「やっ!」
「きゃっ!」
ドタゴタバタ!
ガゴン!
開けると同時にそんな声がした。
一人の男子と、二人の女子の反射的に発してしまったと思われる慌てた声。
何かが床に大きな衝撃を与えた音。
その答えは湊の目の前にあった。
「「「え」」」
「え」
ばっちりと目と声が合い、湊は瞬時に冷静に(半眼で)状況を分析した。
広いとはいかないが、それでも快適さを感じさせる部屋。部屋の端には高そうな二段ベッド。
机は2つ有り、その内の1つの机で『こと』は起きていた。
単刀直入に言うと、1人の男《イケメン》が2人の
まずクリーム色の髪をサイドポニーにした吊り目がちの美少女が仰向けに倒れ、その上から茶髪で短髪のイケメン君が美少女の胸に顎から顔を埋めるようにして倒れ、そのイケメン君の首には桃色のロングヘアに黄色いカチューシャをした大人しそうな美少女が印象に反してしがみ付くように巻き付いていた。
3人は顔をドア方面に向けるようにして倒れ、僅か5メートル先にいる湊は今の状況を完全に目撃している。
「「「……………」」」
「……………」
もつれた状態で固まっている3人(目を丸くしている)とドアに佇む1人(薄目)の視線が交差する。
ドアに佇む1人(湊)はその場で深々と頭を下げた。
「お取込み中のところ、失礼しました」
バタン。
湊はドアを閉めるとキャリーバックを引きながらその場を去り始めた。
(なんだあれなんだあれ。アメリカに比べれば日本はやっぱ子供だよなとか思ってたけど俺の勘違いか! いやまあ近くに椅子とか転がってたし大体の状況は察しがつくけどさ! でも男1人の部屋に女子2人連れ込むあのイケメンもイケメンだろ! もしかして最初からそのつもりで? 日本の中学生舐めるべからず!)
「「ちょぉぉぉぉっと待ったあああああああああああああああああ!!」」
すると、後ろからバタンッ!と勢いよくドアが開いたと思ったらイケメンくんとおそらくサイドポニー吊り目美少女の大声が廊下に響いた。
湊が後ろを向いた瞬間、全速力で走り近づいていた。
「ちょ、
だがそんな言葉が続かずイケメン君に服の後ろ首と左腕を、美少女に右腕をガシッと掴まれた。
「な、なんだ!? 俺をどうするつもりだ! 口封じか! 犯罪に手を染めてはいけません!」
「誤解! 誤解だから! まずは話し合おうよ!」
「そう! 貴方大きな誤解してるわ!」
「してない! してないから! 何なら1時間ほど外出するから!」
「誤解してるだろ! 落ち着け!」
「大丈夫! 言いふらしたりしないから! イケメンを相手に回して学園生活を台無しにするつもりはないから!」
「君俺のことどういう人間だと思ってる!?」
「入学前から女2人を自分の部屋に連れ込む女たらしだと思ってますけど!?」
「ち、違う! 連れ込んだんじゃない!
「何よそれ!? 学校の課題とか一緒にやって上げてるのに! そ、そもそも行きたいって言いだしたのは
「別に来なくていいって言ってるだろ! その所為で俺男子連中から煙たがられてるんだからな!? 男友達も作れないし!」
「何よ! 私達の所為にしないでくれる!?」
「イチャイチャするんだったら俺を放せえええええええええええええ!」
…………こうして、湊の学園生活初日は幕を開けた。
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