第5話・・・領域_圧倒_帰国・・・

「俺はミイラなんかとは比べものになんねぇぞ!」

 湊の眼前に2メートルの黒人男性が迫る。

 相手はそのままナイフを振ってくる。身長差を生かした振り下ろしだ。

 湊はそれをバックステップで難なく躱す、が。


「どこ行くんだよ?」


 後ろに1メートルも跳ばない内に、黒人男性が湊のその更に後ろへ回り込んでいた。

 そして容赦なくナイフを下から突き上げた。

 今度はサイドステップで躱す、だが、1メートル程跳ぶとまたもその回避先に黒人男性が回り込み、ナイフを突いてきていた。

(なるほど…そういう戦闘スタイルか)

「ハハハ! 無駄無駄! お前が俺から距離を取ろうとしても俺はその瞬間を見逃さねえ! 俺の長い手足がお前の回避先に余裕で先回りさせる! お前に攻撃する暇なんて与えねえ! お前はもう俺の牢刃領域ヘル・テリトリーからは逃げらんねぇんだよ!」

 相手を絶望させる為か、自分の司力フォースを邪悪そうに面白おかしく喋る黒人男性。

 その間も身長差を活かしたナイフ技を繰り出し続ける。これなら相手の大技も未然に防げる可能性が上がる。

(でもこの速さ…加速法アクセル・アーツだけじゃないね)

 真上から一直線に落ちてくる刺突を躱しながら、湊は思う。そして。

ジェネリックは強化系風属性、かな?」

 真後ろからくる横薙ぎを半回転しながら屈んで躱し、見上げる形で黒人男性に聞く湊。

 男は恨めしそうに顔を歪ませ、ニヤリと笑った。

「正解だ。褒めてやるよ!」

「どうも」

加速法アクセル・アーツで移動する際、自身に追い風を起こすことでスピードを上昇。しかも。ナイフを振るう際も自身の腕に部分的に強風による追い風を起こし、尋常じゃないスピードを発揮してる。…テクニックも超一流、てか。……そして、風を強化することで、風速23m/sといったところを30m/sにまで引き上げてる)

 風属性、単体で風を起こす時、D級なら風速10m/s、C級で18m/s、B級で風速25m/s、A級で風速32m/sと、以上が各階級の平均だ。

 つまり。

「俺はA級の領域にさえ足を踏み入れられるんだ! ジェネリックなんか見破ったところでどうとでもなんねぇんだよ! 素早さに自信あるみてぇだがどこまで耐えられるかな!?」


(A級レベルで良い気になる悪人ほど滑稽なものってないよねー)

 

 湊は四方八方から迫り来る刃を躱しながら、冷めた気分になった。

(戦闘スタイルからこいつの情報が何か分かると思ったんだけど、『ありきたり』なイレギュラー。精々、ナイフの購入元がブラジル辺りを縄張りにしてる裏商人っぽいってところかな)

 湊は頭を切り替えると、


 真横から黒人男性が刺してくるナイフの正面に、手の平を向けた。


「?」

 男の顔に疑問が浮かぶが、それも一瞬。おそらく躱せないと判断して防硬法ハード・アーツで対処するともりだな、とでも思っているのだろう。

 そして、


 ナイフと手の平が接触し、


 ナイフの刃が消滅した。


 ※ ※ ※


「……………え?」

 ザックス=クラウドは驚きも越えて凍り付く。

 何が起きた?

 今、ザックスの目に見えたのは、ナイフを手の平に突き刺すと、貫く代わりにナイフの刃がまるで砂のように散り散りに消滅する光景だった。

 特別性の士器アイテムを、容易く消滅させる。

 ザックスは高速移動することも忘れ、一歩二歩と後退しながら、脳裏に浮かんだ最も恐ろしく、最も納得のいく仮説を口にする。


「これは……まさか…消滅法デリート・アーツ…?」

「正解」


 消滅法デリート・アーツ

 鎮静系特有の法技スキル

 鎮静のエナジー濃度を通常の何倍も高くすることで、対象の性能、性質を極限まで低下させ、砂を握り潰す感覚で消滅させる。


 でも。

 しかし。

「それは……A級レベルに到達しないと使えない超上級法技スキル! なんで使えるんだよ!」

「俺がA級レベルだって結論には至らないの?」

(A級レベルで収まらないと思うけどねー)

 ザックスは系統である強化を併用してようやくA級レベルへと足を踏み入れることができた。

 それを、あんなにあっさりと、疲労の様子を一切見せずにやり遂げる存在が目の前にいる。

 自分じゃ太刀打ちできない超上級法技スキルを、目の前の敵は何十発も発動できると考えただけで絶望が心を満たしていく。


「さて、もう君に用はないし、終わらせようか」


 さらっと発した一言に、2メートルを越える黒人男性が全身をビクつかせる。

 紫色の仮面の敵の手元を見ると、いつの間にか武器が握られていた。

 ナイフより長く、短刀ほどの長さの小振りな武器。刃の部分は柄から二股に分かれ曲線を描いて40センチ先の頂点まで真っすぐに伸びている。色は銀色で、見たこともない奇形な武器だ。

 だが、どこかで見たことがある気がした。

 戦闘とは関係ない…もっと別な場所で。

「君も司力フォースを教えてくれたから、俺も教えて上げるよ」

 仮面の敵が飄々とそんなことを述べ、今ザックスの頭に浮かんだ疑問に早速答えてこれた。


「これ、音叉おんさなんだ。知ってるよね?」


 ザックスのつっかえが一つ取れた。

 音叉おんさ

 衝撃を与えると特定の高い音を発する道具。

 だが、ザックスが知ってる音叉とは形状が少々違う。先端部分は本来、角ばっていたり丸みを帯びていたりするが、仮面の敵が持っている音叉は鋭く尖り、殺傷能力の高さを強調している。

 仮面の敵は粛々と説明を続けた。

「俺のジェネリックは鎮静系風属性。…音は空気振動を作り出す」

 そこまで聞いて、ザックスが息を呑んだ。

「何となく分かったみたいだね、俺の司力フォース。……風属性は約8割の窒素と約2割の酸素などの気体、つまり空気を発生させて操る属性。俺の司力フォースは自分で発生させた空気に鎮静のエナジーを付加して、それを音波として発する」

 ザックスがようやく目の前の敵の恐ろしさを理解させられた。

 つまり、この男の攻撃は……

「音速…の武器…」

「よく分かってるね。でも場合に寄りけりなんだよ? 音の伝わる速さは空気の密度、温度が影響するからね。……まあ、それぐらいは俺で調節できるけどね」

(音波を操るレベルの空気密度の操作……ッ!?)

 同じ風属性のザックスには分かる。それがどれだけ困難なものか。

 そこへ、悪魔の囁きが聞こえた。

「ねえ、もしさ、音に消滅法デリート・アーツなんてできたら、凄いと思わない?」

 息が止まるかと思った。

 つまり、音を聞いたもの全てを消滅……。

 嫌だ。

 考えたくない。

 ザックスの脳が思考することを拒み始めた。

「さて、俺の司力フォースを(一部だけ)喋ってみたわけだけど」

 明るい声が響く。だがそれの中身はひどく空っぽに思えた。

 そのまま、続けて言った。


「絶望できた?」


 とっくの昔に。

(ダメだ……勝てない…)

 瞬時に悟る。いや、とっくに分かっていたことだ。

 幸いにしてザックスにダメージはない。

 逃げるなら、今……


 次の瞬間、ぱたりと、ザックスが倒れた。


「………へ?」

 視界が揺れたと思ったら頬に冷たい感触。目を横に動かすとそこには鉛色のコンクリート。

 なぜこうなっている?

 音は聞こえなかった。

 鎮静の風を流し込んでいた?

 いや、それなら気付ける。気付かない程度じゃ倒れるはずがない。

「なぜ……」

「俺の『音』は鼓膜に響いた瞬間に作用する。「聞こえた」なんて思う暇も与えない。……まあ、それはフォーサーのレベルにもよるんだけどね」

 ザックスの薄れゆく意識の中、その声を聞いてつい笑ってしまった。

 この俺が……こんなところで…。

 

 自分が一体誰と対立したのか、結局分からないまま意識を失った。



 ■ ■ ■



 約4ヵ月後。

 湊の帰国日。

 夜色の髪を結い上げ、首にヘッドホンを掛ける湊の身長は、この4ヵ月で伸びていた。

 空港にはアメリカでできた友人が何人も集まっている。そのほとんどと挨拶をかわし、最後に一番仲の良かった2人と挨拶をかわす。

「ミナトおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 泣きじゃくりながら湊に抱き着いてくるのは髪が少し伸びたアリソン=ブラウン。4ヵ月とはいえ成長期の子供に取っては十分な時期で、一回り大人っぽくなった肢体が湊の体に巻き付く。湊は柔らかい背に手を回し、優しく抱き返した。

「忘れないでね! 私のこと忘れないでね!」

「はいはい」

「毎日電話するからね!」

「国際電話は料金やばいから毎日は無理かなー」

「絶対彼女作らないでね!」

「………俺、アリソンのことちゃんと振ったよね?」

 そう。湊に好意を寄せていたアリソンはついに告白をしたのだ。

 そして振られたのだ。

 ちなみに…。

「5回振られたぐらいじゃ私はめげないんだから!」

 そう。ギャングのことがばれても態度を変えずにいてくれたアリソンはたがが外れたように何度も湊に告白しては玉砕している。

 アリソンとの抱擁を解き、湊はロケットに向く。4ヵ月で体は多少たくましくなったが、目立った変化はない。

「はあ」

「別れの挨拶の時に溜息をつくのはどうかと思うぞー」

 アリソンに好意を寄せているロケットは、よく複雑な表情をする。ちなみに、アリソンはロケットの気持ちに気付いていない。

「俺はお前なら……」

「ロケット、時間もあまりないから手っ取り早くお願い」

「ミナトはどこまでもミナトだな! あばよ! たまには連絡しろよ!」

「うん。オッケーオッケー」


 やがてアナウンスが入り、湊はキャリーバッグを引いてセキュリティチェックゲートへと向かう。無事通過した湊は中のエスカレーターを上がりながら、後ろを向く。

 アリソンが大きく手を振り、ロケットが片手でひらひらと手を振っていた。他の友人達も各々の感情を込めて手を振っている。

 ……その集団から少し離れた所にはミイラ事件の後、交流を持つようになったギャング『グランズ』のメンバーが何人かいて、湊は会釈しておいた。


 飛行機の座席に座った湊はヘッドホンを耳にあて、ゆったりとしたバラードを聞きながら眠りについた。

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