第4話・・・黒幕_クロッカス_仮面・・・

 ミイラ男を倒してからの時間の経過は早かった。


 結界はすぐ解け、すぐに警察と救急番号へと連絡。

 アリソン以外での負傷者である目に傷の男、マシューを救急車が連れて行った後、警察への事情説明は全て『グランズ』の他のメンバーが取り合ってくれた。

 アリソンも病院へと運ばれることになり、湊とロケットも付き添う形で同行した。

 その際、『グランズ』が「悪」ではないと知り、湊とロケットが大きく安堵した様子を見て、アリソンは朗らかな気分になった。


「ねえ、じゃあアリソンって将来『グランズ』のボスになるの?」

「嫌…なんだけどね。。私、3人姉妹でお父さんは私達の内誰かの旦那に跡を継いで欲しいみたいだけど……姉も妹も乗り気じゃないのよね。だから正直よく分からない」

「アリソンと結婚したら大変そうだな!」←ちょっと勇気を出して言ってみたロケット。

「あ! でもでもっ、ミナトみたいな頭の良い人なら十分務まると思うよ!?」

「へー」

「………」←湊の反応の薄さに笑顔が固まるアリソン。

「………」←アリソンに思いっきり無視されて泣きそうになるのを堪えるロケット。


 そんな他愛もないやり取りをしている内に時間が経ち、帰宅した。



 ■ ■ ■



「あ、スカーレット? 例のミイラ死体事件だけどさ、今すぐに片付けられる場合、やっていいの?」


『…ええ、構わないと思いますよ。というより、元からそのつもりなのでしょう?」


「まあね」


『貴方がそう判断したなら問題はないでしょう。…人はいりますか?』


「うん。俺達の標的じゃないとはいえ放置するわけにもいかないし。適当に下水道に流すからあとはそっちで処理するようモクレン辺りに言っておいて」


『分かりました。くれぐれも「無傷で」終わらせてくださいね。その方が後処理も楽ですから、クロッカス』


「りょーかいっ」


 ■ ■ ■



 さざなみみなとは静かな足取りで空中を歩いていた。

 歩空法フロート・アーツ。足裏に張ったエナジーを空中に固定することで空中歩行を可能とする中級法技スキルだ。

 湊はアメリカの夜空を、体にかかる雲を気にせず歩き進む。

 今の湊は髪を結っていなければヘッドホンも持っていないし服装もいつもとは違う。

 全身黒ずくめ。黒のジャケットにスラックス。両手には黒い手袋。長い髪は畳んでその上に短髪のかつらを被っている。


 そして、顔には紫色の仮面。


 目が細い無表情な仮面。ホラー関連の道具だと瞬時に思い至らせる。

 湊はそのような姿で一歩一歩進む。


(まず、確定していることが一つある)


 歩きながら、頭の中を整理する。


(ミイラ男の事件は間違いなく第三者であり『黒幕』と言うべき、ミイラ男の出現を手引きした人物がいる。…ミイラ男は完全に自我を失った改造人間。それが不規則とはいえ過去に四度出現したということは、四度撤退したということ。戦闘マシーンとなるように改造されたミイラ男が撤退などと考えるとは思えない)

 ミイラ男はほぼ動く死体だった。

 詳細な検査報告は後日教えてもらえるが、間違いないだろう。

(…そして、結界法サークル・アーツ。B級の上位者でもなければ使えない上級法技スキルをC級並みの自我のないミイラ男が緻密なテクニックを必要とする結界法サークル・アーツを使えるとは思えない)

 アメリカ警察も気付いているはずだから、捜査はまだ続いてるだろう。

(ミイラ男がやられたと同時に結界を解き、あたかもミイラ男が張っていたように『その場』だけ偽装し、自分はとっとと逃げたってわけか)

 ミイラ男を倒した後、すぐに警察が到着した。もし警察が来なかったら、湊達はその『黒幕』に襲われてたかもしれない。

(うまく逃げ切れたみたいだけど、逃げた方角、地形、立地、過去にミイラ男が出現した範囲などから逆算して割り出せば活動拠点なんて一発だ)


 湊が空中で立ち止まる。

 仮面の細い穴から下を見下ろすと、そこに建つのは潰れ、廃れた工場があった。

 常時活動するミイラ男を周囲に気付かれることなく捕らえておくのにぴったりの条件の場所はここしかない。

 湊は地面に下り、工場の入り口前で結界法サークル・アーツを張った。レーダーのようにエナジーを飛ばすことで周囲のエナジーを探知する探知法サーチ・アーツで工場の中に人がいるのは確認済み。下級フォーサーだと探知したことが相手にばれることが多いが、湊ならその心配はない。

 工場を囲むように結界を張ったので中の『黒幕』も気付いているだろう。


 湊は何の躊躇もなく入り口から工場内へと足を踏み入れた。


 瞬間、湊に向かって何本ものナイフが飛んできた。


 エナジーを帯びたナイフには威力がある。

 湊の防硬法ハード・アーツなら難なく弾けるが、そうはせず軽やかな動きで躱してみせた。

 その直後にも連続してナイフが飛んでくるが、湊はサイド、バックステップで容易く躱す。そうしている内に工場の中へと入り込んでいた。

(俺を中へと引きずり込む為の攻撃だったのかな? わざわざそんなことしなくても入ってあげたのに)

 工場内は驚くほど殺風景だった。機械類は全て撤去され、屋内にはガラクタばかり。土埃が蔓延している。『黒幕』もここを根城にしていたわけでは無さそうだ。

 ミイラ男はここの地下室に設けた牢屋にでもぶちこんでいたのだろう。

 その時。


「よう」


 湊の真正面に姿を現した者がいた。

「お前、何者だ?」

 全長2メートルはある男性。肌が真っ黒な黒人で、髪はチャラさと厳つさを体現するようなドレッドヘア。

(……この人、強いな)

 湊はすぐにそう判断した。

 全身からみなぎエナジーがそう物語っている。

「もう一度聞く。お前、何者だ?」

「何者だと思う?」

 湊の声は普段と違っている。仮面に取り付けられた変成器の効果だ。

 その男は湊の返しに舌打ちした。

「はあ。まあ、ここに来たっつうことは粗方の情報は掴んでるんだろうな。交渉しにきたってわけでもないみてぇだし。……じゃあ」

 言って、男は後ろに跳び、笑った。

「くたばれ」


 突如、湊の向かって左側の壁が開き、そこからミイラ男が3人出てきた。


(やっぱりまだいたか)

 湊は冷静に思考した。

 ミイラ男がいなくなった工場にいつまでも長居する必要はない。

 ならなぜこの男はまだこの工場にいた? 荷物まとめてとんずらする時間はたっぷりあったのに。

 それは、まだミイラ男がいるからだ。

 過去の事件をおさらいすれば、湊にはすぐ分かった。


 そのミイラ男達が、1人5,6本、計17本の包帯を一斉に飛ばしてきた。


 ■ ■ ■



 2メートルを越える黒人男性、ザックス=クラウドは溜息をついた。

 土埃が舞い上がってミイラ男3人と侵入者の状況は分からないが、始末できたと見て間違いないだろう。

(紫色の仮面に黒装束…どっかで聞いたことのあるような気もするんだけど…まあいいや)

 ばれてしまった以上ミイラ男の策もご破算と見るべきかもしれない。

 奇怪な事件を起こせば警察やギャングの実力者……『宝具』を持つ連中が乗り出す可能性は高い。ザックスも腕には自信があるが、宝具保持者となれば分は悪くなる。ミイラ男はC級レベルとはいえ、戦いにくい相手であることは確かだ。それが4体となればそう簡単には防げない。

 ミイラ男(場合によっては4体)との交戦中に隙を見て宝具を横取りする策はもうお終いか?

 今日、ニューヨークで事件を起こした後、うっかりミイラ男の制御を切ってしまって、その間にやられてしまった時にツキは落ちてしまったようだ。

(せっかく高い金出してミイラなんて買ったのによー)

 引き際は肝心。ザックスはミイラ男はこのまま放置すると決断し、この場から離れようと後ろを向いた時。


 ザックスのすぐ横を『何か』が通過した。


「はあ!?」

『何か』が猛スピードで通過したことによって起きた風が、ザックスの頬を撫でる。

 ザックスの目の前には信じられない光景が広がっていた。


 それは、3体のミイラ男が吹き飛ばされ、数十メートル離れた工場の壁に叩き付けられているという、あり得ない光景。


 ミイラ男は痙攣するだけで全く動く気配がない。

(C級並みのミイラ男3体が……ッ!)

 ザックスは爆ぜるように振り返った。


「どうしたの、そんなに慌てて?」


 そこには、無傷で佇む紫色の仮面の(おそらく)男がいた。

(こんなチビが…!)

 ザックスは臨戦態勢に入り、両手にナイフを取り出す。

「驚いたぜ! まさかここまでやるとはな!」

「あっそ」

「でもな!」

 刹那、ザックスは加速法アクセル・アーツで跳び、一瞬で相手との差を詰めた。


「俺はミイラなんかとは比べものになんねぇぞ!」

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