第3話・・・少女_ミイラ_決着・・・

 アリソンは絶叫を上げたにも関わらず、今では落ち着き払っている。

 絶叫は演技だったのかと思ったが、少し強張った体がスイッチを無理矢理切り替えたのが湊には解った。

 アリソンを除く湊達7人は少し離れた所…と言っても同じ道路上からアリソンとミイラの戦いを眺めていた。本来ならもう少し離れるべきなのだが、マシューという目に傷の男がミイラ男に部分ミイラ化された身体部位が今にもパキっと折れそうで、そんなに激しく動かせないでいる。

 湊はそれぐらいなら運び方を工夫すれば大丈夫だと分かるが、アリソンの戦闘見たさと自分の正体を勘付かれる行動を避けるために何も言わない。


「ねえ、おっさん」

 湊はギャングの男に声を掛けた。

「な、なんだ?」

 男は自分の方が下位者だと弁えているのか、素直だった。

「アリソンって実際どれくらい強いの?」

「……さあ。俺達もそこまで詳しいわけじゃない…。でも、ボスが言ってたよ。お嬢は天才だって。おそらくだが、D級レベルのマシューはもう越えてるだろうな」


 フォーサーのレベルはF~Sの7段階。アメリカや日本で、20代後半の平均レベルがC,D級という点から考えると、アリソンは十分強いと言える。そしてこれから強くなると断言できる。


「へー」

 するとギャングは湊の顔を見詰めながら。

「お前……」

「ん?」

「お嬢……アリソンがギャングの娘だって知って…もっとこう……なんか無いのか?」

「ん? ああ」

 ギャング達の言わんとすることは解る。

 もう少し怖がる演技でもしておくべきかとも考えたが、湊はそうしなかった。

 本来の、何も知らない湊でもその事実を受け入れられると確信していたからだ

「別に。今のアリソンを見れば俺の知ってるアリソンと根本的なところは変わってないって分かるからね」

「……」

「そんな驚いた顔しないでよ。……まあ、日本人は心が広いってことだよ」

「……っ。なるほど。…お嬢はいい友達に恵まれたな」

「ていうか、アリソン戦ってる最中にこんなしみじみとしてる場合じゃなくね?」

「! そうだっ。お嬢……」


 男が視線を向けた先。

 そこでは、ミイラ男とアリソンの激戦が繰り広げられていた。


 ■ ■ ■



 ミイラ男が体を反らし、戻す勢いを利用して手から垂れる包帯を数本投げ飛ばす。

(とにかくこの包帯に捕まったらまずい)

 2本の警棒を構えるアリソンは足にエナジーを込め、加速法アクセル・アーツを発動した。

 包帯を高速移動で躱し、一瞬でミイラ男の懐に入る。そして右手に持つ警棒にエナジーを込め、斜め上から首の付け根へと振り下ろした。

「!?」

 だがミイラ男に当たることは無かった。

 ミイラ男は上体を大きく反らし、奇怪な動作で回避したのだ。

(何なの…ッ? この動き!?)

 ミイラ男は上体反らしのバネを利用してアリソンに蹴りを放つ。アリソンは防御用に使わなかった左手の警棒でその蹴りを上へと受け流す。ミイラ男はそのまま後ろに倒れそうになるが、地面に両手を付いて流れるようにバク転して宙に舞い、腕を振り回して包帯を飛ばしてくる。

(しまっ…!)

 至近距離で包帯を飛ばされては回避が困難。アリソンは加速法アクセル・アーツで後ろへ跳ぶことを考えるが、

「くっ…ッ」

 完全には避けられず、2本の包帯が2本の警棒に巻き付く。振り回すが解けない。

 そこへ。

「ガッッ!?」

 アリソンの首に包帯が巻き付いてしまった。

 瞬間、首から高熱を感じ取ったと思うとジュワーと蒸気が湧き出て、ミイラ化が始まる。沈静の熱で脱力感に襲われ、膝をついてしま………いそうになるが、グッと堪えた。

「舐め……ないでッッ!」


 刹那、アリソンの全身が水に包まれた。


 否、纏ったのだ。

 アリソンは水圧を利用して警棒の包帯を解き、その警棒で首に巻き付く包帯の首に近い部分を叩き割った。


 ※ ※ ※


強化きょうか系水属性)

 湊は以前、アリソンから聞いた彼女のジェネリックを反芻した。

(強化系の特色は『性能、性質の向上』。水分を増幅させてミイラ男の過熱に対抗したのか。高温度の包帯を急激に冷やして一時的に硬度を脆くし、逆に硬度を強化した警棒で叩き割る。…戦闘慣れ…というより相当な訓練を積んでるな)

 だが、湊の胸中は晴れない。


(つまり、これは初戦)


 しかも。

(相手のミイラ男は明らかに自我を失い脳のリミッターを無理矢理こじ開けられた異形のフォーサー。…大丈夫かな?)


 ※ ※ ※



(このままじゃジリ貧ね)

 飛んでくる包帯を躱しながらアリソンは冷や汗をかく。


 アリソンはギャングの娘という肩書きはあまり好きではないが、『グランズ』が嫌いというわけではない。

『グランズ』は悪徳事業に手を染めていないからだ。

 管理しているカジノ等の店だって正規に認められた非合法なものではないし、裏取り引き用のホテルも、警察と手を組んで悪徳業者などの情報を手にれる為に一役買っている。


『グランズ』は悪ではない。そう装っているだけなのだ。

 武器だって、殺傷力の低い警棒を選んだ時もみんなは「お嬢らしい」と笑顔で賛成してくれた。


(実戦で、こんな相手に当たるなんて不運としか言い様がないけど……、)

「やるしかない、か」

 アリソンは包帯をかわしながら、自然な動作で、戦闘に支障がない程度に、視線を湊に向ける。

(…友達無くすかも、とか思ったけど……ミナト、全然気にした様子ないなぁ。……なんとなく分かってたけど…)

「っと!」

 危うく包帯に捕まるところだった。

 いけない。集中集中。


 アリソンは改めて相手を観察する。

(自我を失ってるからか動き方が滅茶苦茶。あんなの関節にどれだけの負担が掛かるか…多分痛覚も失ってるわね。つまり、打撃が効きにくい。…本人が気付いてないだけで効き目はあるでしょうけど……それは限界までミイラ男を強打し続けなければならない。……キツイわね)

 アリソンが苦虫を噛み潰したような表情をすると、ミイラ男の動きが変わった。

 加速法アクセル・アーツで急接近してきたのだ。開ききった魚眼が近づいてきて何とも不気味だ。

 ミイラ男はそのまま右手に作った拳を突き出してくる。

 アリソンは左手の警棒の先端を、その右拳に突き刺すようにして迎い討つ。

 ぐりごりっ、とミイラ男の右拳に丸いとは言え強固で細い警棒の先端がめり込んだ。間違いなく骨は折れた。

 だがミイラ男に痛みを感じた様子はなく、右拳を引くと左拳を突き出してワンツーをしてくる。

 アリソンは右手の警棒を今度は下から振り上げるようにして、ミイラ男の拳を払った。ミイラ男の左腕が真上へ跳ね上がる。

 その隙を狙ってアリソンはその場に屈み、足で足を払った。

 ミイラ男の態勢が崩れ、一瞬宙を舞う。

 アリソンはその一瞬の内に、これ以上高く上げないように頭へと蹴りを入れ、落ちないように警棒を下から突き上げて腹や脚や胸、再び頭などを強打して、最後に2本の警棒に水を纏い、真上から振り下ろした。その際、水を逆噴射することで威力を高めているので、衝撃は今までの比ではない。

 ミイラ男は地面に亀裂が入るほど強く叩き付けられ、後方に転がり倒れていく。

 だが、それでも、ミイラ男に痛みを感じた様子はなく、ゾンビのように立ち上がろうとする……………が、


 なぜか立ち上がらなかった。


 足が震え、身体が言うことを聞かない様子だ。

 ミイラ男の魚眼はまるでなぜ?と聞くようにアリソンを見詰める。少しは自我が残っているのだろうか?

「いくら痛覚と自我を無くして意識的に限界を越えても、体に限界はあるということよ」

 聞こえているかは分からない。

 でもアリソンは答えた。

 でもミイラ男には言語が伝わらないようで、「ぁぁぁ」と低い唸り声を上げながら身体を無理矢理動かした。両腕を振り回し、包帯を飛ばす。

「無駄よ」

 アリソンは加速法アクセル・アーツで突っ込んだ。包帯を優雅に躱し、再びミイラ男の懐に入……ろうとするが、そうはいかなかった。


 5本の包帯が火を纏ったからだ。


 紙一重で躱した包帯の火が肩に着火しそうになる時、


防硬法ハード・アーツッ)


 アリソンが法技スキルを発動した。

 体の周囲にエナジーを纏い、密度を高くすることで防御力を上げるものだ。

(くっ…エナジー量が互角じゃ完全には防ぎきれないわね…ッ)

 肩や腕に火傷を負いながら、注意して傷を最小限に抑え、ミイラ男に向かう。回避が難しい場合は警棒に水を纏い、振り払う。

(でも、これならいける!)

 先ほど首に巻付いた時のように、急激に冷やして叩き割ることもできるが、時間が掛かり過ぎる。

 時間を無駄にしなかったおかげでアリソンは、全身を所々焼きながらも再びミイラ男の懐に辿り着いた。

(これで終わらせる!)

 アリソンは警棒の水を渦巻くように纏い、遠心力と水圧を強化して、突き出す。


 だがそれよりも前に、ミイラ男が技を放った。


 今まで包帯で隠れていた口から、炎を吐き出したのだ。


「なッ!?」

 至近距離から放たれた炎の息吹。

 加速法アクセル・アーツによる推進力で警棒を突き出していたアリソンは咄嗟の回避など不可能。

 アリソンは防硬法ハード・アーツを全開にして、更にその上から水を纏い、炎の息吹をガードした。大量の火と水が反応して水蒸気が巻き上がり、その場を白く染める。



 ■ ■ ■



「「お嬢!」」

「これやべえんじゃねえのか!?」

 ギャング達が騒ぐ。

 何が起きているか分からなくなり、混乱してしまっている。

 ロケットもその1人だ。

「あ、アリソン!」

 思わず跳び出しそうになるロケットの肩に手を置いて抑止する湊。

「み、ミナト…」

 湊は冷静で知的なキャラとして通っている。今は何とか冷静さを保っているという感じに冷や汗をかきながら、ロケットに事実だけを述べた。

「俺達が行っても足手まといになるだけだよ。大人しく見てよう」

「でも!」

「……」

「っ……」

 それ以上は何も言わない湊に、ロケットが押し黙る。

 これほど自分の弱さを憎んだことは無かった。

 全身に無駄な力が入り、そのストレスを発散するように拳を強く握る。

 そこへ、

「ほら、見てみなよ」

 湊の飄々とした声が耳に入った。

 いつの間にか下げていた頭を上げる。

 すると、目に映る水蒸気が晴れた後のその光景に、ロケットは目を見開いた。



 ■ ■ ■



 水蒸気が一帯を覆う中。

 湊達にも様子が分からない水蒸気内。

 アリソンはミイラ男の真横にいた。

 右足をピンと伸ばし、地面に擦り付けてブレーキをかけている。水蒸気の中に土煙が混じっていた。

 炎の息吹と水のガードが激突した瞬間、真正面から受けては押し負けると判断したアリソンは、半ば反射的にミイラ男の真横へ転がるように跳んだのだ。

 一回転してから右足を地面に突き出して体の進みを止め、真横からミイラ男を鋭く睨み付ける。

 警棒に水を纏わせ、再度渦のように回転させて遠心力と水圧を強化した。


「今度こそ終わりよ」


 そして。


渦の二突ダブル・ロール!」


 逆手に持った水が渦巻く警棒を、斜め上からミイラ男の首へと突き落とした。


 ミイラ男は首を押さえて何度か痙攣し、動かなくなった。

 アリソンが深呼吸をすると、水蒸気がだんだんと晴れていった。


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