第22話 聖剣の元勇者と怒りの鉄拳の話

「いるぜ?元勇者だけどな?」



 炎の赤ではない真っ白な閃光が空から差し込む。

 燃え盛る騎士団陣地の炎の赤を押し返すような輝きが天から降り注ぎ。



「だぁれっ!?」



 魔族が声に振り返り空中の光源を睨みつけた。

 だが空には何もいない。光は既に消え去り、だがそこには何もなかったのだ。


 同時に魔族に不思議な感覚が走る。

 敵を切り裂くために振り上げた右腕が妙に軽い。

 軽すぎる・・・・

 まるで、そんなものは無いというように。



「……………あ、へぇ?……あら、らぁ………あああああっ!?」



 そんなものは無かった。

 既に魔族の右腕は切り裂かれ、肘から下が無くなっている。

 気付けば、それは足元に転がっており、やがて魔の瘴気となって消えていった。



「イヤアアアアアアアッ!? アタシの右腕!? アタシの美しい体がァアアアアアアアアっ!?」



 魔族は瘴気の集合体。ゆえに生命維持が不能になった肉体は黒い霧となって霧散していく。

 聖剣の光は、魔族を死に至らしめる光なのだ。






***



「間に合って良かったよアルーシャ」


「ろ、ロイス……!? どうしてここに……?」



 腕を失って半狂乱になって叫び喚く魔族を背にアルーシャを抱きかかえる。

 見たところ怪我だらけでところどころ流血してはいるが深手は負っていないようだ。

 天虹騎士団を単独で壊滅させるほどの相手に流石としか言えない。



「どうって……そりゃ急いで戻って来たから?」


「馬鹿な……あれほどの上位種モンスターを相手に殿しんがりを務めながら……」


「ああ、それは…………」



 思わず口ごもってしまった。さすがに事情は説明しにくい。

 確かに《スキル》発動中なら上位種の群れくらいなら負けることはありえないが、殿として足止めと両立すると骨が折れる。

 雑に対応すればアルーシャたちに追撃が及ぶのだから可能な限りの敵を引きつけ殲滅する。単独では難しい。

 なので……



『余に感謝するのだぞロイス?……まったく真竜たる余が雑魚を相手に足止めしているのだからな!』



 そういうことだ。

 今、俺の肩には赤い子竜はいない。


 あの時、殿を務めながら一向に減らない敵の数に業を煮やした俺にレナが提案を持ちかけた。

 俺の許しさえあれば一時的に真の姿と力に戻って戦うことができると言う。

 危険な真竜を解き放つようなことは流石に躊躇われたが、この時とても嫌な予感がしたのだ。



(結果的には当たってたけど……お前、本当に勝手なことするなよ!?)


『余は悲しい。契約者を慮っての提案だというのに』


(わかってるよ……ありがとな、レナ!)


『うむ♪』



 遠く離れた場所で戦う竜角の赤い美女と念話しつつ、さてアルーシャにどう話そうか。



「…………全部やっつけた!」


「なんと……さすがはロイス……」



 あっさり信じてくれたのは俺に人徳があるのかアルーシャが天然なのか。

 ともあれ信じてくれたのは助かる。

 レナの強さなら心配もいらないだろう。興が乗って森を焼き尽くす可能性の方が心配だ。


 問題はこちらだ。俺がモタモタしてる間に騎士団は壊滅。

 アルーシャも傷はともかく衰弱が酷いことは俺の目にもわかる。

 そして、そこにいるのは魔族。脅威という点では真竜にだって引けを取らない。



「ここは俺に任せてくれ。アイツは俺が倒す」


「で、ですが……さすがに一人では……」


「大丈夫。真竜よりはマシな相手さ」



 魔族の脅威は真竜にも引けを取らない。

 だが、それは瘴気の集合体という生態からくる物理攻撃への耐性と強大な魔力。

 それらも厄介だが、悪意に満ちた知性こそが何よりの脅威だ。


 真竜は人を見下しこそすれ歯牙にもかけないが、そこに悪意も敵意もない。

 だが魔族にとって人への悪意は本能だ。負の思念から発生した瘴気である魔族にとっての存在意義。

 ドラゴンが災害だとするなら、魔族は人を害する殺戮者なのだ。


 だが、少なくともこの魔族に関してロイスは断言できる。



「ドラゴン退治の方がよほど命懸けだったよ。こんなやつよりもね」


「…………アァン?……テメ、なんつった?」



 肉体を欠損して半狂乱になっていた魔族が、その一言でスンと静まる。

 冷静になったのではない。怒りが頂点に達して叫ぶのやめたのだ。



「人間ごときが……まぐれが一発通じたくらいでナマ言ってんじゃねっゾおら」


「口調変わってるじゃないか。そっちが素か?いいと思うよ。三下臭くて」


「……っめぇ!」



 最後の挑発で怒りが限界点を超えた。

 同時に魔族の肉体がバキバキと音を立てて変質していく。

 筋肉は盛り上がり、骨格は変形し、背中から翼が生える。



「ふっはぁあああああああっ!ブッコロスぞキサマぁアアアアアアッ!!!」



 数秒の間に筋骨隆々な男の外見だった魔族は、人型の四肢に羽毛で身を包み、巨大な翼を背に生やし、嘴の生えた巨体へと変貌する。

 分かりやすく言うなら人型のまま数メートルの巨体に変貌した鳥だ。

 変貌のついでに斬りおとされた右腕は再生しているようだ。



「それが真の姿か。似合ってるよニワトリ野郎」


「誰がチキンだぁあああああああああああっ!!!」



 ちなみにこの世界でもチキンは臆病者を差す。

 多分元地球人の魂が比較的多いんだろう、この小世界は。



「ロイス…………」


「大丈夫、下がっててアルーシャ」


「…………わかりました」



 ようやく歩ける程度に回復した姫騎士が体を引きずりながら後ろに下がって距離を取る。

 安全と言えるほど距離を取れていないが、今の彼女状態では仕方ないだろう。



「…………だったら、俺が後ろまで被害を出さないように戦えばいいわけだ。やってやるさ」



 聖剣を握りしめる。意識を集中する。意識を………












「さて…………よくも俺の好きな人を痛めつけてくれたな!?キレてんのはこっちだ!ぶっ殺してやるクソ魔族!」



 無理、キレる。


 だってそうだろう。俺という存在はどうしたって既に前世の記憶の影響を受けている。

 それはオレであって俺ではないが、確かに俺なのだ。


 オレはアルーシャが大好きなのだ。


  実のところ、本当は首を斬りおとすつもりだったのに怒りのあまり狙いを誤って腕を斬りおとしてしまったくらいには怒っている。



「人間風情がコイてんじゃねえゾぉおおおおおおおおっ!!!」


「公害の分際で調子ノってんじゃねえぞぉおおおおおっ!!!」



 お互いに既にキャラが変わるほどの怒りを暴言として吐き出しつつ、魔族の巨腕と俺の聖剣がぶつかり合う。

 先ほどはあっさり斬りおとされた右腕が、今度は肉に食い込みながらも斬り裂くには至らない。



「ブサイクな本性見せただけであって、しっかりパワーアップしてんじゃねえか!」


「このままミンチにしてやらぁっ!」



 シャックスが聖剣とぶつかり合う右手とは逆に左手を振り上げる。

 聖剣を右手との押し合いに使ってる状況で巨大魔族の左腕の振り下ろしは回避できない。



「このやろ……っ」



 オマケに筋肉を締め付けて俺の聖剣を抜けないようにしている。

 腐っても魔族か。聖剣の刃を持ってしてもここまで斬りおとせないのは想定外だった。

 一応この剣は手放しても念じれば手元に瞬間移動してくるのだが、一瞬でも手放すとパワーダウンが懸念される。

 さすがに今の状況、至近距離で魔族と鍔迫り合いしている時に一瞬でも弱体化はよろしくない。



「………仕方ないなっ」


「死ねやぁああああああああああああああああっ!!!」



 ドォンッ!!!



 数メートルサイズの巨体と化した魔族の剛腕が振り下ろされて轟音と共に大地に突き刺さる。

 人間であれば掠るだけでミンチになるほどの剛腕の振り下ろし。

 砂煙が舞い上がり、周囲の姿が見えなくなる。



「ギャハハハハハ!人間の分際でコイてるからこうなるんだよぉ!」



 自分の勝利を確信したのだろう。魔族がバカ笑いをしながら勝利を宣言するように叫ぶ。










「まあ、もちろん。当たってないわけだが」



 砂煙に紛れて勝ち誇る魔族の背後で呟く。

 あんな大振りが当たるわけがない。まだ闘技場の武闘家たちの方が苦労した。

 とは言っても俺自身は聖剣を手放すとパワーダウンしてしまうためギリギリの判断になってしまった。

 だがギリギリでの回避が功を奏して砂煙に紛れて背後に回ることに成功した。


 聖剣はどうしても抜けなかったのでシステムウインドウに格納した。

 この能力、自分の所有物であれば手放してても格納ができるからとても便利だ。

 そして同時に「別の装備をウインドウから取り出して身に付けた」。

 装備の交換をタイムラグ無しで可能なのがアイテムウインドウの最大の利点。

 この方法なら聖剣を手放しても弱体化を避けられるのだ。



「――――――天狼拳シリウス・ブロウ……!」



 武闘大会の賞品。教会を守るべく奮闘した証。

 ユウとの関係に甚大な影響を与えてしまう精神汚染の元凶なのでなるべく使いたくなかった伝説級古代遺物アーティファクト




【牙ノ証】

 伝説に語られる最強の武闘家が使用した腕輪。魔仙タンロウを倒し世界最強の称号を得た証。

 使用者の身体能力を増幅し、素早さに更なる補正をかける。

 伝説級古代遺物。この装備は契約者である勇者以外に装備はできない。

 『ロイス・レーベン:装備可能』




「悪いな、今の俺は聖剣の剣士じゃなくて…………最強の武闘家だっ!」




 拳がオーラの光を纏う。

 戦闘スタイルは変わっても、俺の前世は何度も転生を繰り返して世界を救い続けた勇者の魂。

 勇者とは魔王を倒すもの。魔族退治の専門家。

 この光は聖剣であれ、武の奥義であれ魔族の天敵であることに変わりはない。



「なっ!? てめえ生きて……!?」


「くたばれ魔族……………天狼拳”光華”……ッ!!!」



 強烈なアッパーカットが突き刺さり魔族シャックスを天へと吹き飛ばす。

 宙へと吹き飛んだ巨体に追い打ちがかかるように光の柱が地面から空へ上るように吹き出してシャックスを飲み込んだ。



「ガッ!?………ば、かな!?………この魔族シャックスがこんなことでえっ……勇者でもない人間にぃ……!?」



 光の奔流に飲み込まれた魔族の巨体は、やがて体を構成する瘴気を光に焼かれて消滅していった。

 最後まで自分が人間に敗れたことを理解できずに。



「そん……なぁ……宝を……財宝を……もっと人間から奪ってうばってうばあああああああああああっ」



 それが魔族シャックスの最後の言葉。

 人間の負の思念から生まれた魔族の、彼にとって最も重要な欲望を叫びながら消えていった。



「人の宝に手を出すなら、気をつけろよ。財宝はおっかないドラゴンが守ってるもんだ」



 同情はない。要するに魔族シャックスは龍の尾を踏んだ。

 彼はもう勇者ではなかったが、勇者としての力を持っている。

 ドラゴンより怖い英雄という守護者。



「好きな人を傷つけるなら、魔族だろうとドラゴンだろうと相手になってやる」



 シャックスは二千回転生した元勇者ロイスを怒らせた。

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