第21話 姫騎士と魔族と元勇者の話

 薄暗い森の中を騎士たちが走る。

 先頭を走るメイドが高速で駆けながらも、足場と方向、敵の有無を確認しんがら最短最速の経路で陣地に戻れるように先導しつつ駆け抜ける。

 その後ろを、ともすれば騎士である自分すら置いていかれかねない速度で走るメイドを追従する騎士たち。

 騎士たちの先頭を走るのは天虹騎士団長である姫騎士アルーシャ。

 その後ろを数名の騎士たちが追従している。



「各員!何人残りましたか!」


「ろ、六名です!………いえ、五名!」



 姫騎士の後方を走る騎士たちは彼女より実力は確かに劣るものの、決してついてこれないわけではない。

 やや後方を走っているのは追撃してくる魔物に対処するためだ。姫騎士を生かして脱出させることが今の彼らの使命。

 その為に、殿しんがりとして残って足止めをするロイスが一人では捌き切れない追撃を一人、また一人と残って足止めを続けた。

 結果として十名いた騎士たちは徐々に数を減らし、また一人が脱落した。



「くっ!ここは私が残ります!御免っ!」



(不甲斐ない…………これでは殿しんがりを買って出たロイスにも申し訳が立たない)



 もっとも危険な役目をロイスに押し付ける形になり、それでも犠牲者を出してしまっている。

 やはり彼と共に残って戦うべきだったろうか?そんな考えが頭を過るが、精神力で押さえつける。



(今はロイスを信じて、私は騎士団本隊と合流する。王都にも伝令を出して蒼銀騎士団と金剛騎士団に増援を要請すれば……)



 王都には都市警邏を主任務とする蒼銀騎士団、他国の侵略に備え王国全土の防衛を担っている金剛騎士団が存在する。

 個々の兵士の実力では天虹騎士に劣るがいずれも正規の騎士。銅等級の冒険者以上の実力はある。

 なにより数を動員するなら両騎士団の領分だ。

 王都から両騎士団の増援が得られれば森の制圧は難しくないはず。



「姫様っ……団長っ! もうすうぐ森を抜けます!」



 先導のアイーダの叫び声が響く。

 木々の数は徐々に減ってゆき、森の外の明かりがさし込み始める。


 残ったのはアルーシャとアイーダ、そして騎士三名。


 走り続けたことで肺に痛みを感じてきたころ、五人はようやく森の外に抜けた。


 森を出ると同時に、赤い・・光が視界を覆う。





 それは騎士団の陣地を焼き尽くす炎。

 命からがら上位種の魔物たちに襲われながら必死に森を脱出したアルーシャたちを迎えたのは。


 たった一体の魔族により壊滅させられた騎士団の屍の山。



「こ、これはっ!? 一体、何があったのです!?」


「あらン? 見つけたわぁン♥ お宝の姫ちゃん♪」



 炎の中から不快な男の声が聞こえる。

 男の声、のはずだ。声色だけなら美声ともとれるはずの低い声が、しかしどうにも不快で仕方ない。

 違う。声ではない。この声の主の存在自体が不快感を催させる。


 炎の中から現れたのは、戦場には不釣り合いなタキシードを身にまとった筋肉質な男。

 だが一目みればそれが人間ではないことを、姿形ではなく存在感で理解する。


「……姫様、下がって!」


「あらやだ、邪魔しないでよネ?」



 主人を守るためにメイドが疾風となって駆け出す。

 片手には短剣を構え、並みの騎士でも反応できない速度で魔族の喉元に突き付ける。

 タイミングは完璧、森の上位種でもこれを回避することは不可能だろう。


 メイドに油断があったわけではない。問題は誰一人”魔族”と戦った経験が無かっただけだ。

 その事実を、短剣を振り抜いた時にようやく認識した。



「やン♥ あぶなぁーい♥」


「――――ッ!?」



 メイドは一瞬たりとも魔族から目を話してはいない。

 だが短剣を振り抜いた時、魔族はそこにいなかった。

 どこにいった?などと思う暇もない。必要もない。



「…………カハッ」



 既に背後に立つ魔族の五指がメイドの背中に突き刺さっている。



「アイーダぁあああああああああああッ!?」


「おのれ化け物!」


「アイーダ殿の仇ぃ!」


「団長には指一本触れさせんぞ魔族めっ!」



 アルーシャが叫ぶと同時に生き残った三名の騎士が剣を抜いて切りかかる。

 森の戦いを生き残った手練れ、その実力は騎士団でも上澄みであることは間違いない。



「邪魔よン」



 つまり、そのような手練れの騎士でも魔族を相手にするには足りないというだけ。



「「「うわああああああああだめだあああああああああっ」」」



 騎士たちがまるで嵐に巻き込まれたように吹き飛ぶ。


 自然災害、という意味では確かに魔族は自然現象が生んだ災害ではある。

 問題はこの災害は悪意という意志を持って人間に襲い掛かることだ。

 そして災害は人の命などゴミ屑のように奪い去っていく。



「ロッソ!ジャルロ!ヴェルデ!」



 嵐のごとき災害に巻き込まれ、宙に吹っ飛んだ三人の騎士が地上に叩きつけられた時には、既に全身をズタズタにされ息を引き取っていた。



「うっ……姫様……逃げて……」



 唯一、生き残ったのがギリギリで致命傷を避けたメイドのアイーダのみ。

 それでも既に立ち上がることもできず、地べたを這いながら主人に逃げるように促すことしかできない。

 治療をせずに放っておけば遠からず死ぬだろう。



「ンもう……やぁーっと邪魔者がいなくなったわねン?……あらやだ、剣なんて向けちゃって。かーわいー♥」


「愚弄するか、化け物……!」



 騎士団は既に壊滅。もはや森の中に増援を送ることは不可能に近い。

 今アルーシャがやるべきことはこの場を逃げて、王都へたどり着き、大軍を連れて戻ってくるのが最良の選択。

 そんなことはわかっている。わかっていたとしても逃げるわけにはいかない。



(ロイスは今も森の中で魔物の大軍と戦っている…………私が逃げるわけにはいかない)



 将としては非合理的な選択かもしれないが、今ロイスとアイーダを見捨てて逃げることはどうしてもできなかった。



「いやねえ、化け物だなんて。魔族ヨ、魔族♥」


「黙れぇっ!!!」



 構えた剣が光を纏う。奇しくもそれはロイスの”聖剣流”によく似た現象。

 そして同じようにアルーシャの速度が大幅に増加、目にもとまらぬ速度で魔族の胸に突き刺さる。



 【生命の光アニマ】――――それがアルーシャの《スキル》。

 その効果は言ってしまえばステータスに大幅な強化バフをかける”聖剣流”の魔力転換身体能力向上エナジー・ブーストと同様のもの。

 増幅量も遜色なし、ステータスに大幅な差あるために実力は聖剣を手にしたロイスには遠く及ばないが《スキル》の質は同レベルかそれ以上。

 ステータス全種に強化バフをかけられるので応用性で言えば身体能力と魔力に限定されたのロイスの強化バフを上回るだろう。


 《スキル》の発動によって人間の限界値に近い速度と筋力を発揮し、王家の宝剣の切れ味を持って胸に突き刺す。

 どんな魔物であっても即死は免れない致命の一撃。



「いったぁーい♥ うぅーン……意外とやるぅ♥」



 だが魔族の心臓を貫くには至らず。



「やはり化け物………っ」



 一瞬の判断で即座に剣を抜き、後方に距離を取る。

 事実、一瞬前までアルーシャが立っていた位置には魔族の掌があり、その場に留まっていれば心臓を貫かれていただろう。



「あらやだ?さすがに団長ともなると凄いわね?…………お名前教えてくれるかしらぁん?」


「……………」


「アタシは魔族シャックスよぉン?ヨロシクね姫騎士ちゃん♥」



 相変わらず不快な声と口調、存在自体が不快。

 だが騎士として王族として育った彼女としては名乗られたら名乗り返さないわけにはいかない。

 それをわかって名乗ったとしたら嫌らしい性格だ。



「アルーシャ……アルーシャ・アルデンシア・エルミリオン」


「そっ……それじゃアルーシャちゃん。提案なんだけど、その剣と鎧を譲ってくれないかしらぁ?」


「断る。これは王家の装備、それ以前に騎士がおのれの装備を簡単に手放すなど軽く見られたものだな」



 騎士にとって剣はただの装備ではない。民を守るという誇りを込めた誓いそのものだ。

 それを手放すことは民の命を見放せと命じられることに等しい。

 騎士としても王女としても、それだけは決して許されない。



「それくれたら命だけは見逃してあげるっていったらー?」


「くどいぞ、シャックス」


「そっ!ざんねぇんっ!!!」



 再びシャックスが消える。

 その殺意を感じ取ったアルーシャが《スキル》を再起動。

 全ステータスを人類の限界点にまで達するまでに引き上げて魔族の猛攻を必死に受け止める。



(くっ……ここまでステータスを引き上げても、受けるので精いっぱいかっ)



 《スキル》だけではない。装備にも助けられている。

 宝剣ロード・デュランダルは不壊の守護を受けた宝剣。そのため魔族の猛攻を受け止めても破壊されずに堪えてくれている。

 普通の剣であれば一合打ち合えば砕け散っていただろう。

 そしてミスリル製の鎧は体力回復の祝福を受けており、僅かながら体力を回復させる効果がある。

 傷が治るわけでもなく、疲労を抑える程度の役割だがアルーシャの《スキル》のデメリットを軽減してくれる。



(とは言え、糸口が見つからない…………このままでは時間が……!)



 そう、アルーシャの《スキル》にはデメリットがある。

 人類最高峰の強化バフを誇り、ほぼあらゆるステータスに対応した彼女の《スキル》だが、決して無制限ではない。


 アルーシャの息が切れる。それは決して肉体の疲労だけではない。

 筋肉が重さを感じる、肺が痛む、酸素が足りない。そういった種類の消耗ではない。



「……アハン? 面白い《スキル》持ってるみたいだけど、それ使いすぎると不味いんじゃなぁい?」


「……黙れっ!」


「それ、自分の生命力を使ってるでしょぉ?ダメよぉ?使い切ったらポックリ死んじゃうわよぉ?」


「黙れぇええええええええええええっ!!!」



 生命力とは文字通り命そのもの。

 心臓が動く、脳が思考する。肉体を動かし生命を育む力そのもの。

 使い切ったその先にあるのは当然、死だ。



「クスクス♪ 人間って不便ねえ?それだけの代償を払っても私を殺せなぁい!」


「黙れと言っているっ!」



 アルーシャが渾身の力を込めて剣を振るう。

 生命力の極限を振り絞った最後の一撃、これが通じなければ敗北確定となるであろう一撃。



「あーかわいそ♪」



 それすら魔族にはあっさり受け止められる。



(ここまでか………)



 最後の生命力を使い果たし、今まさに電池が切れたように体が崩れ落ちようとする。



(………………ロイス)



 何故であろうか、最後に思い浮かんだのは父でもアイーダでもなく。

 つい最近出会った冒険者の顔で。



「残念ねぇ?アタシを殺したかったら勇者でもつれてきなさぁい?」



 全霊を使い果たし、アルーシャの膝が折れかけた時、



「いるぜ? 元勇者だけどな?」



 アルーシャの視界が光に包まれた。

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