第20話 森の魔族とエネミーラッシュの話
そこに瘴気が発生したのは偶然と言えば偶然であり。
必然と言えば必然でもある。
瘴気とは世界の歪み、淀んだ世界を循環するエネルギーが汚れ、変質した時に発生する。
その原因は解明されてはいない。だが天界に住む神々は知っている。
瘴気とは人の持つ負の想念、邪なる意志、人間という魂を持つ存在から発生したマイナスの根源が世界の歪みに触れた時に発生する。
もちろん、だから人間が邪悪な存在と切って捨てるのは早計だ。
むしろ人が良く生きようとする意志を持つことで自信の魂から負の想念は排出され、世界を循環するエネルギーに溶けて消えるものなのだ。
だが、稀に人の負の想念があまりにも大きく排出された時、世界に溶けて消える前に一塊の大きな邪となり世界を歪める。
それが瘴気の発生プロセスである。
その点において、世界有数の大都市である王都アルデンに近い場所に発生することは必然のように思える。
だが世界の浄化機構は優秀だ。
本来は人がただ生きるだけでは魔族を生み出すほどの瘴気は発生し得ない。
つまりは、そこに大きな歪みがあって初めて魔族は発生するのだ。
「素晴らしいわ……実に素晴らしいわねえ。よもやこれほどの遺物……いや異物がこのような森に存在するとは……」
森の奥地にある薄暗い洞窟。
誰もいない暗闇の中で一人の男、いや魔族が恍惚とした表情でソレに触れる。
「美しい、そしてなにより素晴らしい……ただ、そこにあるだけで魔力を生み出す
魔族が触れるものは杖、いわゆる錫杖。もしくは魔法使いのロッドというべきもの。
洞穴の最奥、誰もいない空間にその杖は突き立てられている。
この杖に触れると魔族は恍惚とした表情を隠そうともせず、自身に力がみなぎる感覚を堪能している。
「うふふふ……これがあれば瘴気で魔族の生息圏を広めることも容易いわねえ?」
魔族は感覚的に理解している。この魔力を生み出し続ける杖が、ここにあることで世界に歪みを作り出している。
それ自体はなんら世界に影響を与えるような有事にはなりえない些細なことだ。
だが王都アルデンという人間の悲喜の感情が溢れる場所に近い立地が災いした。
世界を歪めるほどの魔力発生機構と、人の想念。
二つが交わった時、世界に瘴気が発生して魔族が誕生した。
「んふふ♥……まあ、魔族の使命とか放っておくとしても、これほどのお宝は早々ないわ。嗚呼、素敵……♥」
人の想念を根源に持つ魔族という生物は、なるべくしてなるものか、多くは欲望に忠実だ。
それはこの魔族も例外ではなく。
「まずは人間を襲ってお宝を奪いましょう!瘴気を広めるなんていつでもできるわよね?それよりお宝よん♪」
宝を集める。それがこの魔族の欲望。
そしてその欲望に忠実に、これからすべき行動を決めていく。
狂ったような笑みで杖を撫でまわし、しかし、しばらくすると表情が変わる。
「………なあにぃ?誰よアタシの縄張りに入り込むやつぅ……んもぉ、面倒くさいわね」
まるで遠くが見えるのか、自身が縄張りと定めたこの森において、この魔族はまるで見てきたかのように侵入者を察知する。
「どうせ雑魚冒険者でしょうし、お宝は期待できないわね……あら?これは軍隊かしら?……あら?あらあらあら♥」
魔族の口角が、獣のように歪む。
それは獲物を見つけた獣の笑み。攻撃的で貪欲で、これから獲物を暴食すると決めた笑い。
これこそ己の欲望に忠実な原初の邪悪。
「この男と女、良いお宝持ってるわぁ♪ 素敵!殺して奪いましょう!そうしましょう!」
踊る。これから起こる略奪を想像しながら踊る。
狩りの成功を祈願する踊りであり、喜びの表現。
既に絶頂しているのではないかというほど、その表情は恍惚を深める。
魔族の目に映るのは、聖剣を背負った男冒険者と、宝剣を腰に下げた女騎士。
「この世の全ては魔王様の為に。そしてこの世のお宝は全てこのシャックス様のものよぉ~ん♥」
魔族シャックスが高らかに宣言すると、その宣言に従うように森の魔物たちが行動を開始した。
***
「急にどうなってんだ、こりゃあ!?」
「恐らく、瘴気の根源の縄張りに入ったのでしょう。明確な敵意を持って攻撃を開始したようです」
「それは分かるけど!」
森の中に金属がぶつかり、肉が切り裂かれ、人と獣の叫びが響き渡る。
ロイスたち調査隊は森に入り、しばらくは原生種と思われる下級の魔物のみを相手にしていた。
だが、ある時突然にそれまで姿を見せなかった強力な魔物が絶え間なく襲い掛かってき始めた。
武装して集団で襲い掛かるゴブリンナイト。
人間の数倍の巨体と怪力を持つオーガ種のさらに巨大変異種であるジャイアントオーガ。
暗闇から喉笛を正確に狙い襲い来る漆黒の暗殺者。森の狼フォレストウルフの上位種ダークウルフ。
森の上空から飛来して強襲する空の王者ブラッドコンドル。
有毒の鱗粉をまき散らす巨大蛾の魔物ヴェノムモス。
いずれも小さな村なら簡単に滅ぼせるほどの脅威、本来は人里近くには現れないはずの強力な魔物だ。
銀等級以下の冒険者パーティなら全滅する可能性が高く、しかもこれらが集団で襲ってくるなど金等級パーティでも壊滅必至だろう。
不幸中の幸いと言うべきか、ロイスたちに同行していた
雑兵と侮るなかれ、アルミリオン王国軍の騎士の中から選び抜かれた精鋭部隊の騎士だ。
特に今回の同行メンバーは森の上位種に備えて優秀な人材を選りすぐったらしく、上位種の魔物を相手に善戦している。
「とは言え、こうも絶え間なく出てこられたらキツイな……!?」
「ええ……さすがに、これほどの数は想定外でした……!」
アルーシャが連れてきた調査メンバーの兵士は10名程度。
ここまでに倒してきた魔物の上位種は数十匹じゃ済まない。
三桁は狩ってるかもしれない。冒険者ならこれを報告すれば金プレート間違いなしだ。
「まずいですね……騎士たちもかなり疲労しています。姫様、ここは一度森を出て本体と合流するべきかと」
「魔物が街道に出るを防ぐための要員でしたが……仕方がないか。わかりましたアイーダ。」
本来であれば森の最奥まで行って原因の解明、あわよくば解決までが目標であった。
だが無理に進軍を続ければ危険なのは火を見るより明らか。
ここで致命的壊滅を喫するより、撤退を選ぶのが騎士団長として正しい。
「各員!一時撤退し、森の外の本隊と合流する!」
「了解!」
アルーシャの指示に一寸の乱れもなく返事を返し、騎士たちが陣形を整えて撤退態勢に移行する。
さすが精鋭騎士だけあって統制が取れている。
特にメイドだと思っていたアイーダさんは忍者のような身のこなしで森の中を斥候や連絡要員として動き回っている。
「アルーシャ!
「…………了解。絶対に死なないように」
返事が一瞬遅れたのは恐らくは民間人である俺を残すことを躊躇ったのだろう。
優しい人だ。良い騎士だと思う。
だが、今の状況で退路を確保するまで場を抑えることができるのは俺以外にいない。
アルーシャもそれを理解しているから大人しく俺の指示に従ってくれている。
「退路を確保したら即座に撤退して森の外に出ます。それまで耐えてください……!」
「任せろ!」
俺に背を向けてアルーシャたちがこの場を離れていく。
背中を向けたまま、気配で彼女が離れていくのを確認しながら、未だにこちらに襲い来る魔物の群れに向かって剣を構え直す。
「アルーシャたちは追わせないぞ。ここから先に行きたかったら…………」
剣を握りなおして呼吸を整える。
「俺を倒してから行けよ!」
聖剣の刃が、光を放つ。
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