第23話 想い通じてハッピーエンドの話
「……カッ……カハッ……ぐっ………じょ、冗談じゃないわ……」
おかしい。ありえない。あってはならない。
知性を持たないような出来損ないの魔族であれば人間に敗れることもあるだろう。
あるいは、宝剣の女騎士クラスが数十と束になってかかってくれば自分に匹敵する可能性もある。
たった一人。たった一人の人間が名を持って生まれた魔族である自分を圧倒することなどありえない。
自分はシャックス。魔族シャックス。
魔族が名を持って生まれることには意味がある。
やがて生まれる魔王に仕え、この世界を滅ぼす終焉の使者。それが名を持つ魔族。
魔王を生み出すべく瘴気を世界に広げ、人間の負の感情をより多く吸収し、最強の魔王を生み出す為の尖兵。
ただの一個体とて騎士団を一蹴する強さを持つ存在なのだ。
「にんっ……げんっ……ごときがぁ………あたしをぉおおたおせるはずがぁ……ぬぁい~っ」
もしも、もしもだ。それを可能にする存在がいるとしたら。それは勇者に他ならない。
天界に住む魔の敵対者たる神々の刺客。魔王を滅ぼすための兵器。
人間の中から生まれる魔族の天敵。
「そ、そうだ…………ゆうしゃ………あいつこそ、まちがいなぁい~」
だとしたら、ここで死ぬことはできない。
ヤツを放置すれは今後生まれるであろう魔族の同胞や魔王が危険だ。
知らせねばならない。この勇者の存在を。自分たちの宿敵の存在を。
「ゆ、ゆうしゃぁあああああああああああっ」
「違うって。だから元だって言ってるだろ。元」
ザクッ
もはや生物の形すら保てなくなった粘液の塊のような存在。
かつてシャックスであったものの最後の一部。
それは聖剣に貫かれ、消失した。
***
「あっぶね、危うく逃がすところだった……」
まさか、全身を消滅させた状態から核だけで逃走を図るとは思わなかった。
この世界の魔族の生態なのか、こいつが特別に生き汚い個体なのか。
どちらにせよ逃がさずに済んでよかった。
「ロイス……やったのですか?」
戦闘が終わったことを見届けたアルーシャが傷と疲労でヨロヨロになった体を引き摺りながら歩いてくる。
ミスリルの鎧のお陰か、瀕死だったさっきよりはかなり顔色が良いように見える。
「ああ、これでもうこの魔族は死んだよ。森の瘴気も消えるはずだ」
「…………一体、貴方は何者なのですか?」
ごもっともな疑問である。
今までは何となく誤魔化していた。説明しても理解が難しいし何より荒唐無稽すぎて納得させる自信がない。
だが今のアルーシャの眼は真剣だ。誤魔化すのは不誠実な気がする。
(そうじゃなくても好きな相手に嘘つくのも結構ストレスなんだよなあ……)
だから俺は真実を話すことにした。
勇者という前世、その転生を何度も繰り返した魂、そしてその力を引き出す俺の《スキル》。
あの遺跡から始まった俺のこれまでを包み隠さず、ここで話す。
『惚れた弱味じゃの。我が主よ』
(それはそうだよ)
ルクスにからかわれても仕方ない。
今はとにかく、彼女に嘘をつきたくなかった。
「…………
「まあ、それはそうだ……当事者から見ても滅茶苦茶な話だし」
少なくとも、田舎で俺の畑仕事を手伝ってた頃の俺だったら信じない。
それくらいにはおとぎ話じみた話だ。
「ですが…………信じないわけにもいかないでしょう。これだけの事をやってのけたのですから」
燃え盛る天虹騎士団陣地。
周囲には死屍累々、エルミリオ王国の精鋭騎士団が壊滅している。
王国の精鋭軍が手も足も出ずに全滅したということは、王国の全軍事力をぶつけても勝てるかわからない相手ということだ。
一国の戦力に等しい強敵。それを単騎で滅ぼす男。
「なるほど。勇者、としか言えないでしょうね」
「元ね、元」
どうやらアルーシャは納得してくれたらしい。
流石にこれだけ異常事態が続くと信じざるを得ないというのもあるのだろうが。
彼女が俺を信じてくれたことが嬉しかった。
「……ところでロイス。先ほどの言葉なのですが」
「ん?さっきの言葉って……?」
戦闘中は頭に血が上ってかなり感情的に叫びまくってた気がする。
はっきり言って何を言ってたとかまるで覚えてない。
なにやらアルーシャは始めて見せるような照れた表情で赤面しながら視線を逸らしている。
「あの………俺の好きな人を痛めつけてくれた、というのは……誰のことでしょうか?」
「ブフウッ! 聞こえてたの!?」
「それは……とても大きな声で叫んでいましたので……」
吹き出した。最悪だ。やらかした。 それほどに自分は怒っていたのか。
確かに彼女は初めて会った気がしないし、前世の妻に瓜二つだ。
だからと言ってアルーシャは俺の妻でも恋人でもない。
にも関わらず、まるで自分のものであるかのように叫んでしまうとは……
「死にます」
「ロイスっ!?!?!?」
頼むから名誉の自害を果たさせて欲しい。
今の俺の頭の中は羞恥心でいっぱいでとても冷静ではない。
とても辛い。アルーシャの顔が見れない。
「ぼくのことわすれてください」
「忘れません!忘れられません!お願いですから落ちついて!」
「むりです」
「お願いだから話を聞いてッッッッッ!!!!!」
「は、はい……」
スンッ
いつも冷静で優雅さすら漂うアルーシャの裏返った叫び声でようやく落ち着いた。
目の前に自分より冷静じゃない相手がいると急に落ち着くものである。
「私もッ!――――――好きですから!」
「え?」
「好きです!」
これは…………どういうことだ?
だってそうだろう。彼女はエルミリオ王国の王位継承権持ちのお姫様で。エリート騎士団の団長で。
なんであれ一介の冒険者にすぎない俺とは立場も身分も違いすぎる。
しかも俺が彼女に焦がれたのは前世の記憶によるものだ。
悪く言えば他人の記憶に影響された過ぎない。
彼女の方に俺のことを好きになる理由など……
『正気で言ってるのか主?』
(正気だよ!っていうかそれが当然だろ!?)
『出会い頭に命を危機を救われ、国の危機である竜を退治し、今も絶体絶命の危機に颯爽と現れ魔族を倒したのに?』
「ほんとだ」
「本当ですよ?私も、貴方が好きです」
信じられない。信じられないが、確かにそうだ。
自分としてはその時その時に最善を尽くしただけのつもりだった。
だが言われてしまうと好感度を稼いだと言える状況は確かにある。
「でも、でも俺……ただの冒険者で……姫様に見合うような男じゃ……」
「訂正なさい。ただの冒険者ではありません。英雄です」
英雄かあ、なんとも恥ずかしいというかこそばゆいというか……
身に余る。所詮は自分は一介の冒険者なのに……
という感覚と、かつての勇者の記憶。色んな記憶がごちゃ混ぜになる。
結局すごいのは前世の俺たちであって
まったく、
でも今回は…………好きな女の子が言ってくれた言葉を信じるとしよう。
「英雄か…………実感は薄いけど、好きな相手がそういうなら、信じようかな」
「はい。貴方は間違いなくこの国を救った英雄で、私が惚れた男の人です」
二人の顔は真っ赤で、だけど今は目を逸らさない。
お互いの気持ちが通じ合ったこの瞬間を噛み締めるように。
徐々に二人の顔は近づいていく。
もう言葉はいらない……
「じ~~~~~」
なんかいる。
「れ、レナっっっ!?!?!?」
いつの間にか抱き合うほどに距離が接近していた俺とアルーシャの真横にレナがいた。
「お前、いつのまにっ!?」
「酷いな~余は契約者の命でいっぱい魔物やっつけてお仕事したのにな~……ロイスは女と乳繰り合っているとは~」
「ちちっ!?…………というか、貴方……まさか武闘大会に現れたドラゴン!?」
不味い事になった。あの時のレナは空中で大暴れしてた影響でその姿が国中に知れ渡っている。
だから人型を基本的に封じていたのだが、今はまさに大会で見せた赤いチャイナドレスに赤髪、竜翼に竜角、尻尾の半人半竜スタイル。
事件について報告を受けていただろうアルーシャもさすがに気づいたようだ。
「うむ♪余は確かに赤き竜の姫レド・ノビリス・アレス・レギナ。そしてロイスの使い魔レナである」
「使い魔!?真竜が!?」
「ああ、うん……大会でシバいたらなんかそうなった……」
「真竜を使役するなど……どこまでも規格外な……」
さっきまでの良い空気は既に木っ端みじんだ。
さすがにレナが戻って来た状態でラブシーンの続きをする度胸はない。
『あのな主?我も見てるからな?』
この世界にもプライバシーという概念が普及して欲しいものだと切に願った。
「あれ?」
すっかり弛緩しきってしまった空気の中、レナの装いに違和感を感じた。
よく見ると腰の帯に何か見慣れないものが挟んである。
どうやら棒状の物体のようだ。
「レナ、それなんだ?…………お前杖なんて持ってたか?」
注視してみると、それは杖だ。
それも歩行補助の為の物ではなく、位の高い人間が権威の為に、あるいは魔導士が魔法補助の為にしようするような立派なものだ。
「おお、よく気づいたな。目が高いぞ。これは魔物の発生源らしき洞窟で拾った財宝よ」
「へえ………なんか目を引く杖だな……」
「あの……ロイス?ドラゴンが魔物の素で拾ってきた怪しげな物品ですので下手に触らない方が……呪いの呪具の可能性も……」
「失敬な女だな。余の目利きした財貨ぞ?そもそも生半可な呪術がロイスに効くものか」
そう言いながらレナが俺に杖を差し出してくる。拾ってきた棒を差し出す犬のようだ。
俺には呪いの耐性スキルは無いのだが……まあ大抵の呪いは魔力防御のステータスで防げるとは思うけど。
それに確かにこの杖には惹かれるものがある。
多分これは剣や腕輪に出会った時と同じ感覚で。
無意識の内に俺は杖に手を振れた。
***
「…………んっ……・」
王女アルーシャに仕える
差し込む日光が眩しく、眼に若干の痛みを感じつつゆっくりと瞳を開く。
ぼんやりする頭を徐々に覚醒させていく。
不慮の状況に対する訓練は積んでいる。無意識のうちに状況を確認して整理しようと脳が働く。
(確か……私は姫と森の調査に来て……)
一つ、一つと状況を思い出す。
姫と森へやってきたこと。森の奥で予想以上の数の魔物と交戦したこと。
体勢を整えるために撤退を決断したこと。
森を脱出した時に目にした壊滅した騎士団。
魔族に攻撃したものの即座に返り討ちにあった自分。
そこまで思い出して脳が完全に覚醒した。
アイーダは即座に体を跳ねるように起こす。
起き上がに若干の痛みを体が感じる。若干の痛みしか感じない。
(馬鹿な……あの傷が治ってる?回復術の使い手が生き残っていた?)
あの燃え盛る騎士団陣地に生き残りがいたのだろうか?
それとも王都アルデンから増援が間に合ったのだろうか?
魔族はどうなった?姫は無事か?
立ち上がって周囲を見回す
その目に映ったのは、まるで幻か。
「…………は?」
まるで何事もなかったかのように、勝利を祝い合う騎士の面々。
全滅したはずの天虹騎士団の騎士たちが笑顔でお互いの無事を称え合っていた。
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