第12話 武闘大会が開幕する話

「で、あれから三日たちましたが……まだロイスは見つかりませんか」


「はぁ……どうやら冒険者ギルドの方にも姿を見せていないらしく。相変わらず宿をとった形跡もないようで」



 王都騎士団駐屯所、今日もアルーシャは調査任務の準備のために方々に根回しを重ね、将軍・騎士団長・父である国王にも許可を取り付けるべく奔走していた。

 調査を行うための許可を取り付けること自体は難しくは無いが、王女である自分が危険度の高い任務に出撃することはあちこちで愚痴を言われたものだ。それは受け流す。

 近日、自らの指揮の元で街道沿いの森へ立ち入り、改めて大掛かりな調査を行うことになる。



「その前に真竜討伐者ドラゴンスレイヤーの協力を得られれば万全だったのですが……」


「いないものをアテにしても仕方ありません。今は兵と装備の準備を入念に」


「わかっていますが…………」



 控え目に言ってもアルーシャの実力は騎士団でも上位に入る。言い換えれば大半の兵士は自分より戦力としては劣るだろう。

 これは客観的な戦力判断だ。逆に自分より強い者もいるにはいるが、数は多くない。

 あの森は、少なくとも本来はいるべきではない上位種がエンカウントするくらいに何か異変が起きている。

 上位種の魔物は普段の兵士たちや冒険者が相手をする魔物より危険度が跳ね上がる。

 そう考えれば、やはり上位種を一蹴する実力者の応援は欲しいところだ。



「無論、エルミリオ王国の威信にかけて我ら騎士団のみでも調査を成功させるつもりではありますが……やはり強者の手を借りることは合理的でもありますし」


「はぁ……かしこまりました。引き続きロイス・レーベン様の捜索を行います」



 呆れるようにため息を吐くがメイドが主の命令に逆らうことは無い。

 なにより、このカタブツ姫に執着される虹等級冒険者とやらには興味が湧くところではあった。


 ふと、調査書類に目を落とす。

 ロイス・レーベンの捜索状況の他にも王都アルデンの治安状況なども報告されている。



(そういえば武闘大会が開催されるのでしたか。人も集まりますし、情報があるやもしれませんね)






***






「で、あんた結局出場することにしたわけ?」


「ああ。腕試しを兼ねた援護射撃ってことでよろしく」



 場所は王都武闘大会の会場となるコロシアム。

 今日は大会当日。大会出場を決めてからアリスと組手をしてたはしばかれ続ける日々を送った。

既に予選は行われ、アリスは順当に勝ち残り、俺も幸い予選では高レベルの武闘家とぶつかることなく勝ち残っている。

 予選を勝ち抜いた選手たちは広い共同控室に集められ、各々ウォームアップや瞑想に努めている。



「まあ、あんたのステータスなら予選突破くらいはできるとは思ったけどね」


「ああ、幸いまだアリス級の敵には当たってないよ」


「あったり前でしょうよ。本当に強い武闘家はほとんど本戦シードなんだから。予選は私みたいなドロップアウト者か雑魚しかいないわよ」



 要するに名のある武闘家は予選には出場しないということか。

 アリスは冒険者を数年前に引退して武術も封印していたので大会に招待されなかったようだ。

 実力的には余裕でシード選手なのだろうが。



「そりゃ、あんたみたいな伏兵もいるでしょうけど。まあ、予選でぶつかり合うのは稀でしょうね」


「そりゃこれだけ選手がいればなあ」



 さすがエルミリオ王国最大の武術大会の一角だけあって国内はおろか外国からも武闘家が集まってくる。

 大半は鉄から銀等級の、金以上のプレート持ちからしたらまず苦戦する相手ではないが、その分かなり数が多い。



「それもあるけど、運営も強い人には優先的に本戦に上がってほしいから、ある程度戦いぶりを見て実力者が優先的に通過できるように仕込むのよね」



 なるほど。確かに予選にも金等級並みの実力者が全くいなかったわけじゃないが、俺と当たることは無かった。

 実力者同士で潰し合うような展開は、少なくとも予選では発生しないように考慮してくれてるわけか。

 俺が予選を苦も無く通過できたのは、このシステムで強者となるべく当たらないように配慮されたようだ。



「助かりはするが、言い換えればこっから当たる相手は強者揃いか。ステータス頼りの俺にはキツイ戦いになるな」


「そうね。まだあんたじゃ私には勝てないだろうからトーナメントで当たったらさっさと降参なさい」


「そのつもりだよ。アリスの援護射撃に来たんだから」



 もし本戦トーナメントで俺とアリスが当たるなら、俺が降参すれば、それだけアリスは体力を温存して勝ち進める。

 アリスの実力は本物だ。彼女ならこの優位を活かして優勝だって狙える。

 そして万が一アリスが脱落したなら、俺が頑張って優勝すれば賞金は手に入る。

 もちろん現時点では俺よりアリスの方が強いのだがトーナメントの組み合わせ次第では可能性はあるかもしれない。

 卑怯かもしれないが、二人で協力してトーナメントを勝ち進む。

 それがアリスとユウのために俺ができることだろうと考えて武闘大会に参加したのだ。



「アリステラ・サリックス選手!お時間です!」


「お、出番みたいだね。それじゃ、お先っ!」



 会話しながら柔軟運動していたアリスは跳ね上がるように跳躍して立ち上がる。

 勢いがついて跳ね回る巨乳にはなるべく目を向けないようにしつつ。



「頑張れアリス!」



 係員に連れられて控室を出る直前、アリスが俺に親指を立てた。

 俺も同じサムズアップを返し、控室に残る。



「さて、俺も最終確認と行くか…………」



 俺はアイテムインドウから聖剣ルクスを取り出し、背中に装着した。






***






 (さすがに王国最大の武闘大会だ………本戦ともなると強い人ばっかりだな!)



 武闘大会本戦トーナメント、第二回戦。

 アリスと俺は順調に初戦を勝利する。

 特にアリスの華麗な蹴り技は圧巻で、見事な回し蹴りで相手をKOした時は客席から大歓声が上がったものだ。

 元からアリスは美人でスタイルが良い。そんな彼女の華麗な戦いぶりは、かなりの観客を虜にしたようである。


 一方、俺はというと、初戦から苦労していた。

 相手は筋肉だけで俺の三倍は体積のありそうな巨漢。

 武術の腕はさほどでもないし、ステータスの総合力では俺の方が圧倒的に上だった。

 だが腕力とタフネスが桁外れで、俺の技とも言えない力任せな打撃では倒しきれない。

 最後には至近距離からノーガードの殴り合いになり、泥臭い勝負は根性の差で俺の勝利となった。


 そして、二回戦。これを勝ち抜けば準決勝に進める。

 そこで当たった相手が、さすが本戦で勝ち上がってきただけあってこれまでの相手とは格が違う。


 こちらの拙い防御を的確に貫き、見事な歩法はスピードで上回るはずの俺でも敵を捕らえきれない。

 苦し紛れの打撃は全て回避、あるいは受け流され、その度にカウンターを受けてしまっている。


 今の俺の体力がかなり高いからまだ耐えられているが、このまま戦いが進めばじり貧だろう。



「がんばれーっ!ロイスお兄さーんっ!負けるにゃーっ!」



 観客席からユウの応援の声が聞こえてくる。

 獣人ビーステッドの外見を隠しながら客席にくるのは苦労するだろうに、どうしても俺の応援をしたいとついてきたのだ。

 だがこの戦いもユウの為を思えばこそ負けられない。



(どうする?奥の手を使うか?………まだ二回戦だぞ?)


「ふ、少年よ。素質は見事なものだが、我が”疾風迅雷電光石火流格闘術”のギデと武を争うには経験が足りぬようだな」


「流派の名前が長い!」



 なぜ人は命名する時に呼びやすさを考慮しないのか。

 しかし、対戦相手であるギデの強さは本物だ。《スキル》を使わない俺には、少なくとも今は勝ち目はないと認めるしかない。

 だったら使うしかない。奥の手を。



 ダッ



 脚力に任せてバックステップし、距離を大きく突き放す。

 ギデの追撃を避けたのもあるが、今の俺が勝つための手段は一つ。

 それに賭けるために距離をとって、そして構える。



「ふ、苦し紛れだな少年。お前がまともな武術を習得していないことは、もはやバレている。これで終わりだ!」



 ギデが真っすぐに俺に向かって駆ける。

 速さは大したものじゃない。だが武術の技法は単純なスペックの差を跳ね返す。

 真っすぐにしか見えない動きで、それでも俺の迎撃をさばき切る自信を持ってギデは距離を詰める。



「さあ、我が【スキル:発勁】を受けて倒れるが良い!」



 俺に必殺の一撃を当てるべくギデが腕を伸ばした。



 ドォンッ



 決着の音。

 俺とギデの激突する音が闘技場に響く。



「お、おにいさああああああああああんっ!」



 ユウの声が耳に入った。

 決着の瞬間に固唾を飲んで静まり返っていた客席が、ユウの声を合図にしたかのように大歓声を上げる。



「そこまで!勝者ロイス・レーベン!」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」



 闘技場の舞台で立っているのは俺であり、地に伏せていたのはギデ選手。

 ギデ選手は気を失い、目を回している。



(ふう…………危なかった……自信は無かったけど特訓通りにできたな)



 恐らく彼は何故自分が敗北したのは理解できていないだろう。


 最後の決着の瞬間。

 ギデの《スキル》を込めた打撃が俺に触れそうになる直前の時。

 俺は”聖剣流”の無手技でギデの腕を掴み、頭から地面に激突するように投げ飛ばした。


 もちろんモヒカン辺りの素人なら力任せに投げ飛ばすことは容易だが、一流の武闘家にそれをやるのは本来なら今の俺には不可能だ。


 実は、あの日。ルクスが提案した方法がこれだ。

 聖剣を装備しない俺は聖剣流の技術を失ってしまう。

 だが、肉体スペック的には流派の技は十分に使用可能ではあるはずなのだ。


 そこで俺は、聖剣を身に付けたまま聖剣流の無手技を、特訓によって体に覚え込ませた。


 聖剣流は勇者が実戦の中で磨き上げた立派な武術であり、俺の魂にはその経験値が刻まれている。

 そしてそれを引き出すステータスは既に与えられている。

 ならば、俺がするべきことは、特訓によってその技を肉体に覚え込ませることだ。


 もちろん簡単なことではない。本来は勇者という超人が生涯を懸けて極めた技だ。

 三日で取得することなど不可能以外の何物でもない。

 


『だが、技の一つに絞って集中的に体に覚え込ませれば、可能かもしれぬな?』



 この三日間、アリスと組手をする傍ら、ルクスを身に付けながら聖剣流の無手技を集中的に練習した。

 ルクスを外した状態でも同じように技が使えるようになるまで寝る間も惜しんで特訓した。

 そして、今ようやく、その成果を披露することができた。



「それ以外の動きが素人だから、いい感じに油断を誘えたのも利点だったな」



 ステータスが高いだけの素人だと嵩をくくった瞬間にれっきとした”技”が飛んでくるのだから反応も遅れるわけだ。


 とは言え、これはただの初見殺し。何度も使えるわけのない奥の手だ。

 次の相手に対策されなければいいが……


 二回戦で既に苦戦を喫した前途多難な状況に嘆息する。

 せめてアリスは余裕を残して勝ち残ってくれればいいのだが。




***






「おぉーっと!これまで破竹の快進撃で2回戦を勝ち残って来たアリステラ選手!ここでダウンだぁーっ!」


「わぁあああああああああああああああっ!!!」



魔法音声で拡声した実況の声と、観客の歓声が、その試合の決着を告げる。

地に倒れ伏しているのは、アリステラ・サリックス。二回戦までを華麗に勝ち残って来た実力派武闘家モンクのシスターだ。


その強さと容姿から既に大量のファンを獲得していた彼女だったが……



「くっ…………あたしが、負けた…………?」



 現実を認識できない。確かに負ける覚悟はしていた。

 この大会の規模なら自分以上の実力者がいることは予想はしていた。


 だが、試合の結果は完敗。圧倒的な実力差でアリスは地に叩き伏せられた。

 そして、これほどの強さを持つ者であるにも関わらずアリスは対戦相手の名を知らない。



「あんた……なにもの、だい…………?」


「弁えろ、下郎。敗者に口を開く権利はないと知れ」




 赤い髪、赤い瞳、そして赤いチャイナドレス。

 それはまるで炎のように苛烈で美しい女性が、アリスを下ろしていた。

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