第11話 修行パートでボコボコにされる話

「ま、参った…………くぁ~、負けたぁ~」



 すっかり荒れ果てた教会の中庭、その地べたに大の字になってなって転がされる俺。

 その視線の先には空を背に俺の顔面に振り下ろした拳を寸止めするシスターアリス。


 完敗という他ないほどに俺はアリスとの素手の戦いに敗北を喫した。



「だから言ったでしょ?ステータスの高さは武器だけど、剣士が武闘家に素手でやり合うのは無茶よ」



 厳密には俺の《スキル》は剣専門というわけではない。

 恐らく、俺の大量にある転生の記憶や経験の中には素手での戦闘経験はかなりあるはずだ。

 だがそれを引き出す装備がない。


 俺の《スキル》は何度も転生を繰り返した俺の前世において、その時に愛用した装備が必要となる。

 聖剣――――光翼剣ルクスは最初の異世界転生において俺が女神に授けられ、その世界その時代における魔王を打倒した武器だ。

 ルクスを身に付けている限り、俺は魔王レイヴンを倒した勇者の戦闘経験と技量を得ることが可能になる。


 なので、もし武術を極めた勇者だった俺が存在し、その時に使用した装備があれば直ぐにでも最強クラスの武闘家にはなれるだろう。

 だが今、手元にそんなものは無いのだから、今の俺に可能な手段で武闘大会を勝ち抜く必要がある。

 一応、聖剣流剣術も流派を標榜する武術ではあるので剣なしで戦える無手の技もあるのだが、剣を装備して大会に出場はできない以上は意味がない。

 幸いなことに勇者のステータスを取り戻した俺は生身でもかなり強いのだが。



「問題は、ステータスだけじゃ勝てない……か。それはそうなんだけど……」


「別にあんたが無理をする必要ないでしょ?私がちゃーんと優勝してお金とってくるから」



 確かにアリスの実力なら上位には食い込めるだろう。

 それでもそれは絶対とは言い切れない。アリスが一流の武闘家モンクであることは身に染みて理解をしたが、出場者のほとんどが一流が一流であろう大会だ。

 恐らくは超一流すらいるだろう。


 だったら俺だって微力であっても協力はしたい。

 一人より二人だ、八百長とは言わないが二人で大会に出れば優勝できる確率は上がるはず。



「まっ、腕試しだと思って参加するさ。もう一本、組手に付き合ってくれアリス」


「まあ、私も練習相手は欲しかったから助かるけどね……それじゃ、構えな?」



 俺の前でたわわな胸を持ち上げるように腕を組んでいたアリスが腕を下ろして構えを取る。

 一瞬、重力に従って落下した胸が反発を受けてバウンドした。



「こら、エッチな目で見るんじゃない」


「見てないがっ!?」



 酷い視覚誘導があったものだ。組手中も恐ろしいほど跳ね回るのに、どうやって動けるのか不思議で仕方がない。

 いかんいかん、真面目に組手しないと。


 俺も見様見真似で構えを取る。武術も術理もへったくれもない、せめて動きやすく、防ぎやすく、殴りやすいだろう形を経験則で取っているだけだ。



「戦士とはともかく、武闘家としては素人丸出しだねっ!」



 体を大きく沈め、獣が駆けるように地を這うが如き動きで俺との距離を詰めてくる。

 速い、だが今の俺なら追えない速度ではない。


 低い位地から襲い来る相手に叩きつけるように、拳を上から振り下ろす。

 俺の筋力に加えて落下速度が付加された拳の重みが、いかに熟練の武闘家とは言え直撃すればKOは間違いない。



「悪いけど、当たらないのよねえっ!」



 必殺のつもりで放たれた俺の振り下ろしの拳は、まるで宙に浮くように身を捻ったアリスの頬をギリギリで霞めたに留まる。



「出たな……【超反応超反射オーバーカウンター】―――――ッ!!!」



 俺の攻撃を、まるで来るとわかっていたように、いや恐らくは本当に来るのがわかって、絶妙なタイミングで回避する。

 しかも、ネコ科の動物のような身軽さと柔軟さで身を捻り、そのままの勢いで体を回転させ……



 ドゴッ



「ぐげっ!」



 拳を振り下ろした体勢のままの俺のこめかみにアリスの蹴りが突き刺さった。

 修道服のスリットから覗く長く逞しい脚が俺の頭を蹴りぬく。

 その勢いで頭部を変な方向に曲げそうになるのをこらえつつ、勢いをつけて教会の壁に激突した。



「ぐえ…………ズルいだろ、その《スキル》…………」



 【超反応超反射オーバーカウンター】――――アリスの持つ《スキル》

 読んで字のごとく、超人的な反射神経からくる反応速度を彼女に与える《スキル》だ。

 メリッサの【危険の予兆プレモニッション】のような理屈不明な危機感知とは異なり、自らの反射神経で危険を察知し、反応できる。

 メリッサと違い、自分の感覚の拡張能力であるため、自分の感覚で察知できない危険まで反応はできないが。

 代わりにあらゆる敵の攻撃を見てから反応を返せる究極の後だし反応。

 そこに彼女自身のスピードが加われば大抵の敵の攻撃にはカウンターを返せるだろう。

 もちろん攻撃に使っても強い。



「虹プレート持ちが何言ってんのさ。あんたのステータスで剣を持ったらこんなもんじゃ対処できやしないよ」



 確かに、今の俺はステータスに頼り切ってるだけだ。

 このステータスを十全に使いこなすためには武器を必要とする。

 剣さえあればアリスの動きを捕らえるのは、恐らくは難しくはないのだろう。



「わかった?これがハイスペックとはいえ剣士と、武闘家の差。あんたの方が強いことは私も理解わかる。けど素手での戦いは話が違う」


「それはわかった。アリスは凄い。これが金等級の武闘家モンクか」


「そう、私は凄い。でも多分同レベルのやつもそこそこ出てくるし、冒険者等級を持たない無名の達人だっているでしょうよ。あんたじゃ勝ち目はない」



 全ての戦闘職が冒険者になるわけではないからな。

 有名な騎士なんかは当然、冒険者ではないし。等級を持たない実力者は多いだろう。



「だから怪我する前にやめておきなって?親切心は受け取るからさ」



 どうやらアリスは俺が大会に出るのは反対らしい。

 俺が怪我をすることを恐れて、いや心配しているようだ。

 まったく有難いような情けないような、助けるつもりで心配をかけてしまっているのは申し訳ない。

 それでも俺はこの教会を助けたいのだ。



「ああ、わかった。でも大会までは3日ある。アリスの組手相手も必要だろう?だからその手伝いくらいさせてくれ」


「まったく、仕方ない子だね………………ありがと」


「…………照れてる?」



 バキィッ




 俺の右頬に綺麗な左フックが刺さった。

 頼むから照れ隠しに拳を叩きつけるのはやめて欲しい。






***






「なんじゃ、それでボコボコにされたのか主よ」


「まあね……夢の中で会話するのに慣れてきた自分が怖いな」



 一日かけてアリスにボコボコにされた俺は、その日は泥のように眠りにつくことになった。

 思えばここまで対人の個人戦を意識した鍛錬を繰り返したのは初めてだ。

 それを朝から日が暮れるまで繰り返せば体中を痛めて眠ってしまうのも当然だろう。


 体を痛めてる理由は筋肉痛などではなく、純粋にボコボコにされまくったせいだが。



「なんと情けない。我を使えばあんな暴力シスターに負けることなどなかろうに」


「それじゃ意味ないんだよルクス……」



 確かに彼女、光翼剣ルクスを使えばアリスに勝つことは恐らく容易いが、それが目的ではないのだ。

 あくまで俺のやるべきことは、三日の間に少しでも素手格闘の技術を身に付けることだ。

 今の俺はステータスだけなら勇者級だ。最低限でも技術さえあれば良いところまではいけるのではないだろうか?



「いやあ、三日では無理じゃろう……主は基本的に魂の経験値を封印されておる。いわゆる才能やセンスだけで言うなら常人より低いくらいぞ」


「マジかよ」



 初めて知った《スキル》のデメリットだ。確か転生による経験の蓄積が現世において才能となる、だったか。

 それが封印されているなら確かに才能とやらは低いのだろう。その封印の中から一部を取り出すのが俺のスキルということか。



「まあ、今の主では無理じゃろうなあ……それでも勝ちたいというなら手が無いでもないが」


「え、あるのか……っ!?」



 ルクスが顎に手を当てながら、もったいぶったような言い回しでこちらをチラ見する。



「頼むルクス!何か手段があるなら教えてくれ!」


「んー、どうしようかのー?別に我にはメリットないしのぉー?教えたら褒めてくれるならまだしもー」


「褒める!超褒める!ルクス最高!光の聖剣!世界一かわいい剣!ビューティフルソード!」


「…………もう放り投げたりしない?」


「絶対しない!」



 あの時は剣に自我があるとか知らなかったのだ。

 知ってたら検証の為でもぶん投げたりはさすがにしない。



「んっんー!では仕方ないのぉー!かーっ!教えてやろうかのぉー!…………ごしょごしょ」



 小さいディフォルメボディの足を必死に伸ばして俺の耳に口を近づけようとするので、頭を下げる。

 俺の精神世界で耳打ちをする理由はよくわからない。

 ごしょごしょと俺の耳に説明の言葉を送り付けてしばらく。



「マジか…………ただでもアリスの組手も付き合わないといけないのに……特訓がいるな、これは」



 あと三日で、果たして俺は強くなれるのか?

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