第10話 一宿一飯の恩返しを決意する話
「それじゃあ、この教会を潰すってことですか!?」
オンボロ教会の管理者であるシスター・アリスが感情的に叫ぶ。
彼女の目の前には、年老いた、なんとも苦労してそうな印象を受ける白髪初老の神父が立っている。
「ああ、いや、そう叫ばないでくれ。気持ちは分かる。だが私にはどうにもできんのだ……」
「しかし神父さま!この教会が無くなれば裏町で飢える人が多発してしまいます!」
「それもわかる。だが、それが裏町の治安悪化の原因になってると言われては……」
「治安の悪化なんて、どこからも人が流れてくる王都なら当たり前に起きるに決まってるでしょう!裏町のせいにしないで!」
「分かってるから落ち着いて……」
初老の神父が何かを言えばアリスががなり立てて神父が耳塞ぐ。このサイクルが完成してしまっている。
これでは話にならないだろう。気持ちはよくわかる。俺もメリッサ相手にこうなることが多かった。
「アリス!そんなに怒ってどうしたんだ?こっちまで聞こえてきたぞ」
「ロイス!……それが聞いてよ! 神父様がこの教会を取り壊すって言うのよ?許せないわ!」
「にぃ!? この教会なくなっちゃうの!? それ困るよぉ!」
反応したのは俺の手にくっついていたユウだ。
確かにこの子はアリスに懐いているし親しい様子だった。何よりワケあり浮浪児としては駆け込み寺が無くなるのは困るに決まってる。
文字通り死活問題だろう。
「そ、そうは言うが元よりこの治安の悪い裏町では、ほとんど信者などいないだろう?やってくるのは食い詰めの浮浪者だけだ」
「浮浪者だって生きてるんです!汝、隣人に手を差し述べよ!聖人のお言葉をお忘れですか!?」
「それはそうだが、管理にかかる予算とて無限ではないのだよ……裏町では採算が取れないのは君が一番わかってるはずだ」
「商売じゃないんですよ!?」
「金がかかっていることは事実だ。である以上、我々も宗教者としては有限の寄付金は信徒を優先して使うしかないのだ」
「むぐぐ……」
神父の言葉は世知辛いし冷たくはあるが、社会的には真理ではある。
表情を見ていると神父も心苦しいのは伝わってくるし、何よりこういったことを決定するのはもっと上の立場の人間だろう。
彼に突っかかっても仕方ない。もちろんアリスの立場もわかる。彼女は聖職者の義務を果たそうとしてるだけだ。
要するに二人とも真面目に仕事をしてるだけなのだ。違うのは立場だけ。
「あの……横から失礼します。神父さま」
「ん?君は冒険者かね?……確かロイスくん」
「はい。仰ることは分かるのですが、この教会に命を救われてる人間は少なくないと思うんです。どうにかなりませんか?」
「そうは言うがね……我々も聖職者とはいえ、組織である以上は金という現実的な問題はいかんともしがたいよ……」
ごもっともだ。
上の人間がどんな金の使い方をしてるかまではわからないが、こんなボロ教会でも人を派遣し、食料の提供や設備の管理には金を使う。
商売ではないとはいえ、採算がまったく取らないなら組織として尻尾を切るのは無茶苦茶な判断ではない。
それでも、俺もこの教会に助けられたのだ。
ユウの生活にも関わる。簡単に見捨てるのは後味が悪い。
「えっと、お金さえどうにかなればいいんですか?」
「そりゃまあ、そうだがね……最低でも一年程度は維持できるくらいの予算を見せないと上は納得しないよキミぃ?」
「それってどれくらいですかね……?」
「まあ……ざっと金貨300枚と言ったところか」
無理だ。
それは駆け出しでロクな仕事もこなしてない俺がパっと出せる金額ではない。
かといって向こうも無理難題を言ってるわけではない。
ボロとは言え立派な教会一つを維持しようと思えばそれくらいの予算はかかって当然。
むしろお安いまである。
俺が虹等級を駆使して高額依頼を受けて寄付しまくればいけるかもだが、そんな都合の良い依頼が常にあるとは限らない。
何より俺が常に教会の面倒を見るわけにもいかないだろう。
流石に俺の知恵ではどうしようもなく、頭を抱えているとアリスが何かを思いついたように、伏せていた視線を上げる。
「金貨500!これでこの教会を私が買い取りますわ。これで問題は無いではないですか神父様?」
「500……まあ、それだけあれば土地ごと管理権を君が買い取っても構わないだろうが……」
建物も人員も厄介払いできるしな……と、神父が呟いたのは聞かなかったことにする。
「君が金を出して教会を買い取り、独立するなら問題はないだろう。だが君の信用を考えれば現金を即金で見せねば上は納得しないよ?」
「もちろんですわ。ニコニコ現金払いでお支払いしますとも」
無茶苦茶を言っている。そもそも金が無いからこうなっているのに、提示された以上の金をどこから用意するというのか。
それとも何か金策のアテがあるのだろうか?
「一週間!それまでに耳を揃えて現金を用意しておきますわよ!」
「一週間?……ああ、なるほどな。確かに君なら可能性はあるか。わかった。それまでは私が上を説得しておこう」
「ありがとうございますわ神父様!」
「まったく………無茶するんじゃないよシスターアリス?………うう、胃が痛い……上の説得かぁ、嫌だなあ」
背中に哀愁を漂わせながらお腹を押さえて教会から出ていった神父が少し可哀そうになってきた。
彼としては面倒な連絡役を押し付けられた上に上層部との交渉役まで押し付けられたのだから堪ったものではないだろう。
正直、同情してしまう。
「しかし金貨500枚なんて大金どうするんだ?何かアテがあるのか?」
「ふっふーん♪ まあ、これを見なさい!」
いうや否や、修道服の胸元にゴソゴソと手を突っ込むアリス。俺は目を逸らす。
「じゃーん!これこれ!これで優勝すればいいのよ!」
「コレって…………王都武術大会?」
アリスが取り出したのは一枚の紙だ。
書かれているのは内容はいわゆる広告ポスター。
広告内容は近日、王都で開催される武術大会の案内だ。
「へえ、かなり大きい大会だな……だから人が多かったのか。道理で宿が取れないわけだ」
「そう!それでね、ここ見て!ほら!優勝賞金が金貨500枚!加えて副賞に遺跡で発見されたアーディファクトの腕輪ですって!」
「はぁ、なるほど……金貨500あれば教会を買い取れるし、この古代遺物を売り払えばしばらくは維持費には困らないか……」
遺跡で発見されるような古代の遺物は売値を付ければ当然高値が付く。
なお俺の聖剣は以前イニテウムのギルドで売値を鑑定しようとしたら、ギルド付きの鑑定士が値を付けられなくて土下座をしてきた。
それでも愛好家にでも売り払えば買い叩かれても十分な大金が手に入るだろう。
「にぃ!そうだよ!お兄さんが出れば優勝できるよ、きっと!」
「俺が出れば優勝できるか?……あ、いや、無理だ。これ素手の武闘家限定か」
ユウが元気いっぱいに俺の優勝の確信して両手を上げるが、そう上手くはいかないようだ。
広告の概要を読み漁ると素手限定の文字が目に入る。
こうなると聖剣抜きではただのステータス馬鹿に成り下がる俺では荷が重い。
一応言っておくが。仮にも勇者としてのステータスを引き継いでいる俺の身体能力はかなり強い。
生身でもそこいらのやつらには負けないしという自信はある。
だが、この大会は素手の専門家が国内中、下手すれば外国からもやってくるだろう。
流石にそれほどの手練れが集まってくれば、ただステータスが高いだけの素人では優勝は難しい。
金等級クラスは間違いなく出てくるし、虹が出てくる可能性すらあるのだ。
「にぃ……おにいさんでもダメかあ……」
「あー、ほら……俺、剣が専門だから……」
正確には剣が無いとステータス頼りの素人と化す。
「うん?ああ、あんたにお願いするつもりで言ったわけじゃないよ。あんたステゴロは素人でしょ?」
「うっ……わかる?」
「まあね。そこは安心して?出るのは私だから」
次の瞬間、アリスが俺の視界から消える。
今の俺の反応速度なら動きを追うこと自体は可能ではある。
だが、今の俺は聖剣をアイテムウインドウに仕舞っており、動きを追えても対処するために
気が付けば背後から俺の背中に拳を押し当てられている。
もちろん、押し当てているのはアリスだ。
「そういえば名乗ってなかったね。私の洗礼名はシスターアリス――――」
押し当てた拳を背中から離すと、シスターのベールを投げ捨てる。
活発そうなショートヘアの茶髪に野生動物のような鋭い目、何より修羅場を幾つもくぐった貫禄を感じさせる。
「俗世では三年前までは金プレートで冒険者の
「金プレートの
「いやー、それほどでも?………まあ、仲間とトラブルがあって引退してシスターやってたんだけどね?」
なるほど、だから神父も彼女なら可能性はあると踏んだのか。
確かに今の動きは凄かった。少なくとも聖剣を身に付けずに素手で戦えば俺より強い。
「なるほど、そういうことか………いやでも。この大会、凄い規模が大きいんだろ?金レベルは大量に出てくるんじゃないか?」
「ん-、まあねえ……実は大口叩いたけど偉そうなことは言えないなあ……三年もブランクあるし」
彼女が一流の武闘家であることは疑いようはない。
それでもこれだけの大会ともなると、一流どころが集まってくるのは必然だ。
同格レベルがうようよ出てくるとなると、彼女でも厳しい戦いになるのは確かだろう。
「あはは……まあ、なんとかなるよ。ううん、なんとかするさ。あんたは気にしないで」
確かに俺はこの教会に直接関係があるわけじゃない。
借りは精々、一宿一飯程度。さして大きな恩とは言えないかもしれない。
だが、やはり放っておけない。
かつて、何かがしたくて冒険者となるために村を飛び出した。
あの時と同じ衝動、今なら理解できる。
勇者としてずっと戦い続けた俺の魂が、人を助けろと叫んでたんだ。
だから、本当に困ってる彼女らを見捨てることは俺にはできなくて……
「にぅ……お兄さん?」
相変わらず俺の手を掴んだまま心配そうにしているユウが俺の目を見上げる。
やはり、この子が少しでも安心して生活できるようにしてやりたい気持ちもある。
「ああ、なんでもないよユウ……そうだな、提案があるんだアリス」
「提案?」
「一人より二人、だとは思わないか?」
そうだ。俺も大会に出ればアリス達を助けられるかも知れない。
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