第9話 朝だというのに色々ありすぎる話
「困りましたねアルーシャ様。やはり宿を取っておられる記録がありません」
「野宿でもしてるのでしょうか……いえ、それにしても王都冒険者ギルドにも現れていないのは不自然のような……?」
アルーシャがロイスと別れた翌日の夜。ロイスが少女と風呂に入った次の日のこと。
彼に真竜調査の協力を要請するために連絡を試みたが、別れた後の消息がようとして知れない。
ギルド移籍の申請の為に王都に来たのだから最悪そちらで捕まえればいいと思ったのだが、そちらにも現れていないらしい。
「何かあったのでしょうか?よもやあれ程の実力者に何かあったとは思えないのですが……」
「可能性は高いかと。経験則ですが、等級の高い冒険者ほど無自覚に厄介ごとを引き寄せる傾向にあるとか」
これは冒険者の間の与太話であるが、短期間に等級を上げるほどの実績を上げるのには相応の事件に関わる必要があ。
であるなら、早くに等級を上げるような冒険者は高頻度で難易度の高い事件に関わる傾向があるのは当然のことだ。
なので若くして高い等級を持つ冒険者は厄介ごとに巻き込まれやすい、という与太話である。
「とはいえ、彼なら死ぬようなことはないでしょう。アイーダは彼の捜索を続行してください。私は騎士団の準備を進めます」
「信頼しているのですね。アルーシャ様」
「…………命を助けられましたからね」
珍しいもの見た。いつも凛々しい表情を崩さない姫騎士様がなんとも………
(恋する乙女のよう、とは口に出したら不敬でしょうかね)
***
時間はその日の朝に遡る。
「―――――
なんだろう。そっとしておいてほしい。
昨夜は危うくロリコンの冤罪を着せられ自尊心に酷いダメージを受けたところなのだ。
違うんだ。俺はユウを少年だと思ってたんだ。一人称もボクだったし。ボロ布で基本的に体も顔も隠してたから仕方ないではないか。
俺はロリコンではない。誓って言うがロリコンではない。かわいい女の子が好きなだけだ。
「はよう起きんかい!クソたわけ!」
げしっ
「痛ってぇっ!?誰だよ!?」
眠っていたら頭を蹴られた衝撃で飛び起きる。
誰だ?声の様子は小さい女の子のような感じだが、ユウではない。
声も口調も全く違う。
頭を抑えながら周囲を見てみると、白かった。
とても周囲が白い。どう見ても昨夜泊まった教会の部屋ではない。
「ここは精神世界?ってことはルチアスか?」
「ハズレじゃ。
一瞬だけ声の主が見当たらず周囲をキョロキョロ見回すが、見当たらない。
しかしすぐに気配に気づくと正面の低い位置に視界を向ける。
そこの立っていたのは、幼女……としても頭身の低い……なんというかディフォルメサイズの女の子がちょこんと立っている。
俺の腰より低い。座ったら膝より低いのではないだろうか。
金髪はどことなく女神ルチアスや女騎士アルーシャのような高貴さを感じなくもないが、残念ながらディフォルメ体型が威厳を台無しにしている。
「君は一体誰だ?なんで俺の精神世界なんかに?」
「誰だとは結構な物言いじゃな。仮にも命の恩人……恩……まあ、そういうものに対して」
「そういうものって、なにさ……」
少なくとも俺はこんなスーパー・ディフォルメ少女に会ったことはない。
前世的な話かとも思うが少なくとも最初の聖剣の勇者ヒデオの記憶にもない。
(あ、そっか。システムウインドウなら?)
今更になって思い至り彼女を凝視してシステムウインドウの表示を念じる。
精神世界でも効果があるかは半信半疑だが。
ピコンッ
お、出たな。
【光翼剣】
伝説に語られる勇者が使用した聖剣。かつて魔王レイヴンを倒し、邪神竜を滅ぼした伝説の武器。
使用者の魔力を光の刃に変換する。その威力は使用者の魔力量と質次第である。
伝説級古代遺物。この装備は契約者である勇者以外に装備はできない。
『ロイス・レーベン:装備可能』
「あれ?バグった?」
おかしい。表示されたウインドウのテキストは間違いなく俺の聖剣のものだ。
当然、俺の目の前にいるのは聖剣どころか幼女とも言えないディフォルメ少女。
もちろん、どう見ても剣には見えない。
「バグってはおらんよ主。儂は主の剣。魔王退治の聖剣として名高き光の翼!」
二頭身で胸を張ってもただ上を向いてるだけにしか見えないが、彼女はえっへんと胸を張る。
「光翼剣ルクス・アラ・グラディウスであるぞ!」
「え、その名前変更したけど……?」
「たわけええええええええええええええっ!?」
幼女キレる。
地団太を踏みながら怒りを表現する姿は申し訳ないがとても可愛らしい。
「あれは!儂の名前は!主様がくれた大事なっ!ねえ聞いてる!?大事な名前だったのぉっ!」
確かに愛着のある自分の名前が言いにくいという理由で勝手に変えられたら怒るのは無理はない。
それを踏まえても凄い怒りっぷりだ。そこまで大事な名前だったのか……
「ちょっと待ってくれ?じゃあ君は本当に俺の剣?」
「ひっぐ……うむ……儂は間違いなく勇者ヒデオによって振るわれし聖剣であり、お主の剣じゃよ」
彼女の説明によると、
地球で言うところの付喪神というやつだ。
何度も勇者となって転生を繰り返した勇者ヒデオの最初の武器であり、女神が直接授けたチート武器。
長い年月の末に精霊を宿すのは不思議なことではないのだろう。
「わ、わかった……じゃあ……新しいちゃんとした名前を付ける!これでいいか!?」
流石に元の名前は言いにくいという事情があるので元に戻すのは抵抗感がある。
しかし彼女にしたらアイデンティティに関わるだろう部分だ。歩み寄りはしなければ可哀そうだろう。
「新しい……?……ぐす、どんな?」
「そうだな…………じゃあ、ルクスでどうだろう? 俺の聖剣―――光翼剣ルクス。これなら呼びやすい」
それに女の子の名前っぽいしな、とは思っても口には出さない。
そちらの理由はなんとなく口に出すのが恥ずかしく感じた。
「ルクス……ルクスか………うむ、良いのう。よかろう、儂は今よりルクスじゃ!……にへへ」
あら可愛い。ようやく不機嫌な表情を引っ込め、嬉しそうに笑った。
元の名前を縮めただけだが、喜んでもらえたらならそれに越したことは無い。
「うむ、では主よ。今後はこのお主の聖剣たるこの儂、光翼剣ルクスがちょいちょい助言してやるとしよう。《スキル》の都合上、前と同じようにはいかんらしいからの」
「確かに、技量や経験はともかく、しっかりした記憶はある程度意識しないと引き出せないからなあ……」
不便というわけではない。むしろチートすぎてビックリするくらいだが、実感としては他人の記憶だ。
しかも記憶の引き出しは俺の人格にも強い影響を与える。アルーシャのこととか。
だからこそ、それに頼らずとも助言をくれる存在はありがたい。
かつての勇者と共に戦った聖剣の精霊だ。相手としては申し分ない。
「くふふ……まあ、あまり口出しすぎても邪魔じゃろうから、そちらから話かけてこない限りは儂は剣の中で寝取るよ。用があれば心で問いかけておくれ」
「ああ、ありがとうなルクス」
「………くふふ、ルクス……ルクスか……うむ、ルクス…………くふふ♥」
よくわからないが、気に入ってもらえたようだ。
いやあ、よかったよかった。
***
がばっ
朝日を肌に感じて目を覚ます。
時刻は朝、とうに陽は昇り朝日がところどころひび割れた窓から差し込んでくる。
カーテンなどと上等なものはないが、お陰で寝坊はしないで済んだ。
今日は王都の冒険者ギルドに顔を出して移籍申請を申し込まなければならない。
別に締め切りがあるわけではないが、生活に関わる問題なので早めに済ませよう。
素早く着替えて荷物を纏める。
そうしていると扉がガチャりと開く。
鍵など立派なものはやはり無い。
「あれ?お兄さんもう起きたの?早いね」
「………あ、ああ……ユウか。今日はギルドに行くからさ」
「昨日そう言ってたから起こしてあげようと思ったの。でも早起きできてえらいね!」
「あ、ありがとう……」
いかん、昨日のことがどうにも脳裏にチラついて言葉がつっかえてしまう。
違うんだ、俺はロリコンではない。女の子だとは思わなかったんだ。
ボロ布を体中に巻き付けて体型は分からなかったし、一人称はボクだし、子供だから声が高くても違いはわからないし。
昨日、俺はどうにも汚れ切っていたユウを俺は風呂に連れて行った。
彼女も一切疑問は持たずについてきた。この羞恥心の無さも女の子とは思わなかった原因だろう。
布を服の上からグルグル巻きつけていたので脱衣に手間取るユウを尻目に浴場に入った俺は体を流した。
そして後から入ってユウの姿は……紛れもなく女の子で、体の大事な部分を全く隠さずに………
俺は絶叫した。
そして今日もユウは俺に懐いている。
どうやら昨日のことは何とも思ってないようで、それが逆に俺の罪悪感を妙に刺激する。
「…………あれ?そういえば、今日は布を巻きつけてないんだな?」
気付けばユウをジロジロ見てしまっていたことから意識を逸らすように別の話題を振る。
言った通り、今日のユウは外見を隠すような恰好はしておらず、薄手の布の服のシャツとショートパンツだけだ。
元から見えていた顔つきは可愛らしくもどこかボーイッシュで中世的な顔つきをしている。
だが、薄手の服になると分かる体つきは、栄養の問題もあるのだろうがとても細く、男の子らしさは少ない。
こうしてみるとボーイッシュではあるが、やはり女の子だと分かる。
そして何より目を引くのは、恐らく彼女が自分の外見を隠していただろう理由。
頭の上にチョコンと生えている二つの
――――
この世界には稀少人種として亜人が存在する。
要するに人外の特徴を併せ持つ人間のことだ。
人里で見ることは非常に少ない。俺もナマで見たのは初めてだ。
別に亜人に迫害があるわけではない。
少なくともエルミリオ王国ではちゃんと人権を認められている。
だが、スラムの浮浪児となると話は別だ。人種に限らず命の扱いは軽い。
そこに稀少な亜人という付加価値が加われば、なるほど。人買いに高く売れるわけだ。
道理で外見を隠すわけである。
「にう?そりゃあロイスやアリスに隠す必要はないし?」
「随分と信頼されたなあ」
どうやら自分はユウからすると信頼できる人間にカテゴライズされたようだ。
有難いが、なんともむずかゆい。
「それよりアリスが朝ごはん作ってくれたよ。早く食べようよ!」
「……そうだな。ギルドに行く前に腹ごしらえとするか」
「にぃっ!ほら、いこいこ!アリスのご飯美味しいから!」
ユウは天真爛漫に俺の手を握りしめ、早く早くと引っ張る。
昨日は弟ができたような気持ちだったが、どうやら可愛い妹だったようだ。
脳裏に、メリッサの実家で飼っていた猫が構え構えと纏わりついてきたことを思い出すが内緒だ。
獣人だからと言ってペット扱いは酷い。
そして二人で礼拝堂に向かうと、途中の廊下でユウの耳がピクりと揺れる。
少し遅れて俺の耳にも声が届く。
アリスの声だ。どうやら何か怒鳴ってるようだが……
「それじゃあ、この教会を潰すってことですか!?」
どうやら、のっぴきならない状態のようだった。
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