第8話 教会で冤罪を受ける話

 王都アルデンは都会なので夜でも人通り自体はある。

 とは言えそれは大通りなど、比較的明るい往来に限る。

 都会ともなれば光もあれば闇もあり、魔法灯による明かりが表には多少はあるが、裏通りともなると漆黒の闇の覆われ三歩先も見えない。



「………ァアアアアッ!」



 つまるところ、スラムというやつだ。都会の裏路地にはいつでも危険が転がっている。

 どこもかしこも満室で宿を取るの失敗した俺は、最後に飛び込んだ宿屋の女将から、無償で宿泊できる教会の存在を教えてもらった。

 人情の温かさに打たれつつ、教わった場所は、さてこの裏路地の先にある。

 そして裏路地から絶賛、悲鳴のサービス中だ。



(いくしかないか……野宿は嫌だ、野宿は嫌だ……旅の野営はいいけど、街中で野宿は嫌だ)



 それはどこかの世界ではホームレスという。嫌だ。虹プレートなのにホームレスは嫌だ。

 覚悟を決めて闇に踏み込む。








「んだおらああああああっ!?っめえ、っすぞおらぁっ!」



「うーん、こういうのテンプレートって言うんだっけ?」



 どこぞの世界で言うモヒカン頭のチンピラが数人。1、2……4人か。

 道端にうずくまってる誰かしらを蹴っ飛ばしながら識別不能な言語を浴びせかけている。



「あァん!? っだっぉめえは!ぅっらっ!」


「何言ってるかわからないから落ち着いてくれない?」


「なんだテメェ………邪魔すんじゃねえよ。ぶっ殺すぞおらぁん!」



 ちゃんと言えるじゃないか。

 それができるなら最初からそうして欲しい。



「とりあえずさ。暴力はその辺にしてあげないか?何か事情はあるのかもしれないけど……」


「事情だあ?このガキを人買いに売り飛ばして一儲け………」



 ドスッ



 その台詞は最後まで吐かれることなく、俺の拳が腹に突き刺さった。

 さすがに腹を殴られて気を失いはしないが、吐しゃ物を吐き出しながら膝をついて倒れ込む。


「さすがに犯罪となると………悪いけど見過ごせないぞ」


「も、モーくぅううううううううううん!?」


「っめっ!っくもんのやろぉおおおおおおっ!」



 倒れ込んだモヒカン1号ことモーくんに舎弟らしき二人が駆け寄り、残った一人 (モヒカン2号) がこちらに殴りかかってくる。

 と言っても、ドラゴンのブレスに晒されたり、上位種ゴブリンに取り囲まれた時に比べれば危機感は感じない。

 比較対象がおかしいのは理解している。危機感が麻痺しているかもしれない。


 もっとも実際に相手の動きは今の俺なら目をつぶっても避けられる。

 念のために聖剣を背中にかけていたのがよかったか。

 このくらいなら別に《スキル》に頼らなくても問題なさそうだが。



「ぐええええええええっ」



 おっと、反射的に拳が相手の顔面に刺さっていたようだ。

 もろに顔面に拳を喰らったモヒカン2号は頭から吹っ飛び、そのまま壁に激突。

 見事に意識を失った。ビクンビクン痙攣しているので死んでは無い。良かった。



「で、まだやる?」



 モヒカン1号の肩を支え、背中をさするモヒカンV3とモヒカンχに向かって脅すように言い放つ。

 こちらとしては相手が引き下がってくれれば余計な暴力を振るわなくても済む。

 ちゃんと聖剣を身に付けてるから力加減を間違えて殺すようなことはないはずだが、人間を殴るのはあまり気が進まないんだ。

 とはいえ、山賊くらいは何度も斬ってるし、前世の勇者だって人間と戦った回数は少なくない。

 その気になればやれるぞ。その意味も込めて視線を鋭く睨む。



「ひぇ……」


「お、覚えてやがれっ!ばーかばーか!」



 清々しい捨てセリフを残してモヒカンV3とモヒカンχが1号と2号を担いで逃げていった。

 いやあ、人間は脅しが通用するから楽だね。



「おっと、いけない…………大丈夫かいキミ?」


「う、うぅぅぅ………」



 ズタボロの布をフード付きマントのように体に巻き付けて、地面に転がって呻いているのは……



「子供、か?」



 子供、性別はボロ布を体や頭に巻き付けているのでよくわからない。かわいい顔をしているとは思うが。

 恐らく立っても身長は決して高い方ではない俺の腰ほどしかないだろう。

 そう言えばジョージさんに聞いたことがある。子供は人買いに高く売れるから山賊やギャングと戦ったら誘拐された子供がいないか確認するようにって。


「にぅぅぅぅぅぅ……………お、おにいさん……ありがとう……ボク、怖かったよ」


「ボク……ああ、なるほど。……大丈夫か?立てる?」



 さきほどまで暴行を受けていた痛みでヨロヨロしているが、我慢して立ち上がる。

 泣く様子もないし、我慢強い子供だ。それとも慣れているのだろうか?この調子だと子供への暴行は珍しくはなさそうだ。

 ボロ布を体全体に巻き付けているので分かりにくいが、僅かに露出している肌は生傷だらけで痛ましい。



「にぅ、どうもありがとうお兄さっ…………」



 ぐぅうううううううううううううっ……



「にっ!?」




 盛大に腹の虫が鳴った音がした。

 こう言ってしまうとなんだが、身なりは汚れてボロボロでいかにも今日食べるものにも困ってる、と言った風体の子供である。無理もない。

 それでも羞恥はあるのか顔を真っ赤にしてぷるぷる震えている。成長期だろうし男の子なら腹も減るのは仕方ない。



「あー……あー、お兄ちゃんもこんな時間まで宿探しててお腹すいたんだよなぁー?お腹減ったなぁーっ!あーお腹鳴っちゃったなあ!ごめんねえ!」



 無理があっただろうか。しかし子供に恥ずかしがらせるのは良くない気がしたので自分のせいにしておく。



「に、にぃ………お腹すいてるの?冒険者さんなのに?」


「や、宿が満室で泊るところがね……この先の教会で寝泊まりできるって聞いたんだけど」


「にぅ、できるけどボロっちいし貧乏だからご飯は出るかわからないよ?」



 やはり裏通りにある教会とわかった時点で覚悟はしていたが、あまり綺麗な教会は期待できないようだ。

 表通りにあるような綺麗で大きな教会は、厳格な宗教施設なので管理が厳しく浮浪者の出入りなどは取り締まられている。

 その分、駆け込み寺としては、そういったあまり厳格ではない教会がその役目を担いやすい。



「宿泊費はあるんだ。必要ならお金は出すから寝るところが欲しい」



 ちゃんとイニテウム冒険者ギルドからその辺りの予算は貰っているので心配はない。

 できれば宿の予約もしておいてくれたら有難かったのだが。



「にぅ…………なら、ついてきなよ。ボクが案内してあげる。そのかわりボクもご飯食べたい」


「そのくらいなら構わないぞ」



 商談成立、ということで握手の為に右手を差し出した。



「???…………あっ……そういうっ!」



 一瞬、意味を理解していなかった様子で俺の手を凝視していたが、すぐに意図を理解してギュッと手を握り返した。



「俺はロイス、ロイス・レーベンだ。よろしくな坊や」


「にっ! ボクはユウだよっ!よろしくね!ロイスおにーさん!」


 

 握手というより手を力一杯に掴むように握りしめてきた手をブンブンと上下させ、ユウは元気に挨拶した。

 可愛い男の子だな。弟がいた記憶はないが、何度も転生してる時にはいたのかもしれない。


 ユウに手を引っ張られ、魔法灯の明かりの無い裏路地へと二人で走って行くのだった。





***





「なに、お客さん? こんな夜中に来ても炊き出しはもう終わってるけど?」


「にぅ、でもこの人お金持ってるよアリス?」


「ようこそ旅の人。このような教会ですが一晩の宿代わりとしてどうぞお使いください」


「すげえ、一瞬で態度が変わった……」



 ユウに連れてこられた教会は予想を裏切らず、見事におんぼろ教会だった。

 よく見ると窓も一部が割れており、扉も建付けが悪いのが放っておくと勝手に開いてしまう。

 ただし、ボロではあるか思っていたほど汚くはない。

 清掃は行き届いており、しっかりと管理されてるのが見て取れる。


 そんな教会に案内され、聖堂 (入って最初の部屋だが)で出迎えてくれたのがシスター・アリスだ。

 いかにもなシスター服に身を包み、ベールを頭に身に付けて髪型のわからない、これでもかという正統派シスタースタイル。

 中身はあまり正統派ではないようだが。



「仕方ないじゃん。教会の管理予算なんて雀の涙だし、人手はあたし一人なんだよ?」


「にぅ、まともな神官様ならこんなボロ教会に島流しされないよ」


「説得力の塊か」


「やかましいわ」



 すげえ、シスターが「やかましいわ」とか言うの初めて見た。

 田舎やイニテウムの教会はちゃんとしてたんだなあ。



「まあ、寝床が欲しいんだろ?いいよ別に。ただこっちも慈善事業じゃないから飯代くらいは徴収するから」


「教会って慈善事業じゃないんだ……」



 別に予算はあるから構わないが、俺の中のシスターのイメージが大幅に更新されそうだ。



「にっ!大丈夫だよお兄さん!こう見えても意外とアリスは料理美味しいから!」


「こう見えてとか意外とか普通に傷つくからね?泣くぞ?」


「シスターアリスは傷つきやすい。覚えておくよ」



 言いながら今日の食費と金貨一枚心ばかりの礼を余分に添えて手渡すと、聖職者とは思えない勢いで懐に突っ込みキッチンの方へ向かっていった。



「まいどっ!じゃあ食事の用意はしてあげるから、客用の寝室で休んでおきな」


「わかった……あ、ついでに先に湯浴みはできるか?」


「浴場なら共用のがあるよ。狭いけど数人くらいは入れるし、あたしが入るつもりだったから準備はできてる。先入っていいよ」


「助かる。じゃあ一緒に入ろうかユウ?」



 モヒカンたちにリンチされ、地べたに転がされたせいでハッキリ言って今のユウはかなり汚れている。

 流石にボロボロに汚れた身なりのまま放っておくのは忍びないので綺麗にしてやりたいと思ったのだ。

 ユウにしたらいつものことらしく気にしてないが俺が気になる。



「に? ユウもお風呂入っていいの?」


「ああ、二人くらいなら問題ないみたいだし」


「わぁーい」



 ユウの手を引いて浴場に向かって歩いていく。

 俺も街道での野営が続いたからサッパリしたいと思っていたところだ。

 ようやく一息つけるな。




 浴場に向かった二人をアリスは食事の準備しながら眺める。

 ユウは元から人見知りはしないが、ここまで無警戒に人を信用はしない。

 そうでなければ王都で浮浪児などしていられないからだ。

 そのユウがここまで懐くとは、本当に善人かお人好しのどちらかなのだろう。

 できれば前者であってほしいと切に思う。


 そう思いつつ食事の準備を進めながら、小声で一言を漏らした。



「それにしても惜しいね……ロリコンだったか……」



 しばらくして、浴場の方からロイスの大絶叫が食堂まで聞こえてきたと言う。



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