第7話 現実は厳しい話

 正直に言うと王都という場所を見くびっていた。






 森で出会った女騎士のアルーシャ、さん……に案内されてなんとか日が沈む前に王都へたどり着くことができた。

 街道での野営ならジョージさんにきっちり仕込まれたのが問題ないが、森の中となると不安がある。

 増してや本来はいないはずの上位種とエンカウントする可能性を考えると森をさっさと出れたのは僥倖と言える。



「ここまでありがとう。お陰で助かったよアルーシャ」



 城壁に囲まれた都市の門を抜けると、ここでお別れの挨拶をする。

 何とか街に付くまでに言動が挙動不審になりがちなところは制御できるようになったが、まだ名前を呼ぶのは照れるものがある。

 ちなみに門を抜けるのは、俺は虹プレート見せたら一発だった。アルーシャは顔パスらしく門番からは敬礼をされていた。



「こちらこそ。貴方には借りができました。困ったことがあればいつでも頼ってください」



 ここまで案内してもらった時点で十分助かったのだが、彼女にしたらまだ借りは返せてないようだ。

 命の恩人という点ではお互い様なのだと思うが、貸し借りはあまり拒絶するのも野暮だとアルベルトさんが言ってた。



「わかった。この街は不慣れだから、何か困ったら頼らせてもらうよ」


「ええ。私は騎士団の駐屯所にいます。行き方は警邏兵に聞けばわかるでしょう」



 周囲を見ればそこかしこに王国の紋章が入った鎧を着た兵士が歩いている。

 これほど兵士が街の中を歩き回ってるとは、何か警戒中なのかと思ったがそうではないようだ。

 街の規模が広すぎるのだ。だから街中を巡回する兵士の数も相当数必要とされる。

 それに困ったら兵士に相談するというシステムが成立してるということ、ただ見回る以外にもかなりの仕事があるはずだ。

 最初は随分と多くの兵士がいるものだと思ったが、とんでもない。足りないくらいだ。

 どうりで森の調査に人手を割けないわけだ。



「ありがとう。また会おうアルーシャ」


「ロイスもお元気で」



 マントを翻して俺に背を向けアルーシャは去って行く。なんでもない動作まで美しく見えるのは惚れた弱味だけではないだろう。



「格好いいなあ……やっぱり育ちがいいんだろうな」



 田舎育ちの農民の家の出としては憧れがないでもない。

 とは言え俺も虹等級の冒険者だ。この街で成り上がればいつかまた会える日もくるだろう。

 その時には今よりちゃんと彼女に接することができるようになりたいものだ。



「よぉし、そろそろ宿を探すかっ……!」



 既に日も暮れ始め、街中も徐々に暗くなりつつある。

 この時間帯は冒険者ギルドは依頼を終えた冒険者が帰還して酒場に溢れる。

 要するに非常に込む。

 なら、今日のところは休んで明日の朝一番に登録を済ませてしまおう。



「あまり遅くなると宿の空きがなくなるかもしれないしな。それがいい」



 周囲を見渡せば大きな宿がいくつも並んでいるので杞憂とは思うけどな。

 旅費もイニテウム冒険者ギルドからたっぷりもらってるから宿代も心配いらない。

 さっそく近くの宿の門を叩いてみよう。






***






 女騎士アルーシャは騎士団駐屯所のデスクに座りながら思案する。


 ロイス・レーベン、ゴブリン上位種の群れを相手に苦戦する私を、颯爽と現れて一瞬で助けてくれた冒険者。

 見たこともないような魔法の剣(恐らく伝説級古代遺物アーティファクトだろう)を持ち、それを完全に使いこなす技量もある。

 しかも王都への門を通過する時に提示した登録証は虹プレート、国内でも他に三人しかいないはずの虹等級持ち。

 それでほどの功績を上げた存在でありながら彼の名を聞いたことがない。

 虹プレートを与えられるほどの冒険者であれば、その功績は国内に轟くはずなのにだ。

 聞くところによると、まだ冒険者になって間もなく、虹プレートになったのも最近らしい。



「アイーダ、最近に虹等級に認定されたロイスという冒険者について知っていますか?」


「ロイス・レーベン、冒険者の街イニテウムのギルド所属の青年ですね。登録は半年ほど前です」



 アルーシャが声をかけた女性、アルーシャの秘書兼侍従……いわゆるメイドを務めるアイーダが静かに情報を語る。

 特に書類を見ているわけでもなく、事前に調査を言い渡されたわけでもないのに、当然のように詳細まで語り始める。

 もちろん、その正確さは折り紙付きだ。アルーシャは彼女の言葉に絶対の信頼を置いている。



「虹等級に認定されるほど実績が?」


「この半年ほどの間は特に何も。ごくごく普通の一般冒険者でした。ですが……つい先日に……」



 このメイドが言葉を詰まらせるのは相当に珍しい。

 そういう時は決まって凸拍子もない、しかし間違いなく真実が出てくる。

 アルーシャも覚悟を決めて喉をゴクリと鳴らした。



「調査されつくしたとされるイニテウム遺跡で隠し部屋を発見、真竜と遭遇し、これを撃破したようです」


「し、真竜と!?」



 これは偶然なのだろうか。真竜の調査を行うために向かった森で真竜討伐者ドラゴンスレイヤーと遭遇するとは。

 あるいは何か意味があるのだろうか。



「この功績を持って所属パーティ「草原の狼」を脱退し、王都ギルドへの移籍してきたようですね」


「虹を持っていた時点で納得はしていましたが、強いわけですね…………」



 ゴブリンナイトと遭遇したことで異変の確証を得て騎士団を動かす準備は既にできた。

 しかし真竜に関する情報は全くと言っていいほど無い。

 これ自体は騎士団の調査で何か見つかればいいのだが、問題は本当に伝説の真竜がいた場合だ。



「騎士団の戦力でも心もとないですね……」


「あまり、そのような言葉は口に出されませんように。団の士気に関わります」



 本来はメイドが主に意見するなどとんでもない話だが、アルーシャはアイーダにこれを認めている。

 彼女の言葉には疑う余地のない絶対の信頼がある。



「わかっていますよ。しかし過去の記録を見てもネームドモンスターは騎士団の戦力を上回る可能性は高いでしょう」


「はい。現実問題としてネームドモンスター一匹に滅ぼされた国すら存在しています」


「だとしたら、戦力は揃えすぎて問題になることはないでしょう?」


「………彼に協力を申し出るのですか?」


 侍従の言葉に騎士が頷く。

 折角、偶然にも真竜討伐の実績を持つ専門家が近くにいるのなら力を借りない手は無い。

 少なくともゴブリンナイトの群れを一蹴した実力は本物だ。戦力として申し分ない。



「行動は早い方がいいでしょう。アイーダ、ロイスと連絡を取りたい。 街の宿に泊まっているはずなので探してください」


「はぁ……それは構いませんが……」



 こんなことならどこの宿に泊まるか聞けばよかった。

 街で適当に宿を取って泊まると言っていたが、王都は大きいので宿の数も多い。



「失礼ですがロイス様は宿の予約をお取りになられているのでしょうか……?」


「……? どういうことです?」



 アイーダがふう、と息を吐く。

 王都の宿に泊まると言う経験がないアルーシャには知る由もないが。

 実のところ、王都は常に人が出入りするため宿は常に満室である。

 予約なしではまず部屋は取れない。



「この調子だと、野宿の可能性も考えねばなりませんね……」



 さて、どこを探したものか……侍従は額に人差し指を当てた。




「お任せください。アルーシャ王女」




 エルミリオ王国の王国騎士団に所属する王女アルーシャ・アルデンシア・エルミリオンに仕える従者アイーダは仕事を完璧にこなすのみだ。





***






 正直に言うと王都という場所を見くびっていた。



「まさか、宿が、とれない、とは…………」



 この大きくて綺麗な街で過ごす初日が野宿になるのは、なんというか、とても嫌だ。

 とはいえ、どの宿も全滅。予約を取るなら虹等級の特権として優先予約できるらしいが、部屋がないのはどうしようもなく。

 行く先々で頭を下げられ全滅。チートスキルも虹プレートも役には立たない。



「恐るべし、王都アルデン……」



 かくして、俺の王都初日は最低な形で幕を閉じそうであった。

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