第4話 一人旅で考えたりする話
「それじゃ今の俺に何ができるのか考えてみるか」
王都を目指す旅の途中、一人で街道を歩きながら今の「自分」というものを考える。
そもそも「自分」とはなんぞや。哲学じみてきたな……
聖剣――
俺はこの剣を装備することで前世の能力を取り戻すことができる。
「さて、今の俺がどの程度再現できるものか―――――よっと!」
剣を振るう。一刀、二刀、連撃――乱舞。
当初は適当に振り下ろしただけの剣が自分でも驚くほど流麗に振ろ下され、その後も最初から覚えているように体が動いた。
途中からはどう動くべきか頭の中でイメージがしっかりし始め、やがてイメージする前には体が既に動いている。
その剣技は銅等級の冒険者だった俺が必死に特訓と実戦を繰り返してなんとか形にした素人剣術とは雲泥の差だ。
ロイスに実感はないが、その技量はこの世界においても剣聖と呼ばれる達人級の剣技を上回っている。
まさに勇者の剣術、即ち【聖剣流】剣術。
「よし、今の俺でも十分に使えるな。肉体の微妙な差異も使ってるうちに調整されてるみたいだ」
当初こそ前世の俺と今の俺の微妙な差異から不自然な感じはあったが、容易に調整はできた。
それだけ前世の勇者は百戦錬磨であり、その経験値が今の俺に反映されたのだろう。
極めた剣技は魂に蓄積され、聖剣に触れることでそれを引き出したのだ。
「さて、それじゃ次は魔力刃の構成を試してみるか!」
魔力刃、聖剣「
その出力は込める魔力の量によって青天井に増す性質があり、かつての記憶では城一つを吹き飛ばしたような気がする。
ドラゴンを倒したのもこの力を思い切りぶっぱしたものだ。
「あの時は勢いのままぶっぱしちゃったけども………さて、ちゃんとできるか?」
剣に魔力を込める。自分の中に渦巻く魔力の流れをイメージして剣を握る手からグリップに注ぎ込み、刀身へと流し込むイメージを作る。
覚醒するまでは魔力の流れなどイメージすることはできなかったが、今は容易く可能だ。魔力制御も【聖剣流】の技術だからな。
ドラゴンを倒した時は何も考えずに全力で魔力を注ぎ込んでしまったが、そんなことをしたらこの周囲が吹き飛んでしまう。
よくもまあ遺跡が崩れなかったものだ。ドラゴンがねぐらにしていた古代遺跡だけあって謎の技術でできたのだろうか。
思考は横道に逸れながら魔力制御のイメージはブレさせない。
気が付けば剣は光を帯び、光が真っすぐ伸びて魔力の刃を形成していた。
現在は槍くらいの長さだろうか。
「制御は問題なし、と。ドラゴン退治の時の感覚からして魔力量も戻ってるな」
つまり、今の俺はかつての転生で、この聖剣を持って勇者だった頃の全盛期の実力を発揮できるというわけだ。
「何度も転生したうちの一つでしかないけどな……十分か」
普通は十分すぎるほどだ。誰と戦ってもオーバーキル甚だしい。
そもそも現世の俺は勇者ではないのだ。勇者なら女神がちゃんと使命を説明するはすだし。
なお実際の転生回数は二千回である。
「ま、《スキル》で引き出せる能力の範囲はこんなものか……んじゃ、次は……っと!」
おもむろに剣を投げ捨てる。覚醒前の俺の腕力だと剣を投げたところで大して遠くまで飛びはしなかったろう。
だが今の俺の身体能力で思い切り投げつけられた剣は……
キラリン☆
あっという間に遥か遠くの空まで剣が飛んで行った。
「それじゃあ次は……………はぁっ!」
普段使っていた剣を振り回す。これもやはり銅等級だった頃とは勢いがまるで違う。
聖剣の勇者として覚醒した身体能力の賜物だろう。今ならこれで大型魔物でも狩れるに違いない。
しかし、これは……
「やっぱりだ………全然剣術が使えないぞ」
これはただ身体能力に任せて剣を振っただけだ。剣術などと言えるものではない。
明らかに銅等級の素人剣術に戻っている。百戦錬磨の勇者の剣術とは程遠いのだ。
「身体能力はそのまま。さすがに戻ったりはしない、が。技術的な経験は戻っちまうのか……」
魔力量と身体能力。いわば肉体に由来するスペックは剣に触れた時点で戻っており、違和感なく感覚も適応している。
しかし、その機能を使いこなす技術が無い。
今の自分は虹等級どころか精々は金等級だろう。それでも元の自分からすれば凄いのだが。
「なるほど。大体わかった。やっぱ剣がないと王都で無茶できるほどじゃないな」
今の自分はあくまで武器ありきのハリボテ勇者だ、という自覚を持つ。
慢心に値するほど今の自分は無敵ではないと自戒して認識をしっかりしなければ。
強くなったからと言って自惚れては身を亡ぼす。アルベルトさんの教えだ。
「戦力分析はこの辺で次は……………うーん、遠くまで飛んで行ったなあ」
遥か遠くの空に消えた聖剣。そう消えたのだ。
聖剣は既に我が手に無い。さっそくピンチだ。
だが、そんなことは分かっていてやったのだ。
右手を正面に伸ばし、何かを掴むように掌を軽く握りしめる。
「こい!…………
剣の名を叫び手を伸ばす。
そして次の瞬間には俺の手に聖剣が握られている、という寸法である。
「よし、召喚も問題なしっと……戻ってこなかったらどうしようかと」
契約装備には持ち主が呼べば召喚される性質がある。
なんとも便利な話だ。盗まれる心配もないし好きな時に呼び出せる武器というのはそれだけでありがたい。
武器を持ち歩けない時と場合などいくらでもあるのだから。
「問題は、だ……………」
そう、とても大いな問題がある。少なくともロイス・レーベンにとっては致命的な問題だ。
「名前が長い…………毎回これ言うの舌嚙むわい!?」
ルクス・アラ………長い!非常時に呼べるかそんな名前を!
そもそも覚えられるか!っていうかちょっと恥ずかしい!
「何を考えてこんな名前を付けた、前世の俺………いや俺が考えたんだけどさ。当時はかっこいいと思ったんだよ、俺……」
聖剣「
どんな材質より硬く、重く、それでいて契約者の手には適度な重さへと変化し、魔力を光に変える性質を持つ聖なる剣だ。
切れ味も魔力を注ぐほどに増していき、かつて神の住む天界の材質であるオリハルコンをも両断したことがある。
恐らく、様々な小世界を見渡しても剣というカテゴリにおいて最強の一角に当たる剣だろう。
かつてはこの武器を手に異世界転生チート人生を存分に生き抜いたものだ。
しかし実のところ俺と、当時の俺は全くの同一人物ではない。
肉体条件などはかなり違う、同じ年齢の頃は前世の方が背は高かった気がする。
なにより人格的には別人と言っていいだろう。
前世で使用した装備を身に付けることで、かつての記憶と能力を引き出すスキル【
聖剣を手にしたことで、《スキル》効果とそれに伴う事情はある程度理解したし、
とは言え、人一人の人生の記憶が全て脳に流れ込んできたらはっきり言っ「俺」という人格は消えてしまう。
かつての自分とは言え、その人生を生きて得た経験や記憶はまったく別物である以上は他人と言ってもいいだろう。
他人の記憶が一気に流れ込み、俺の記憶と混ざれば、俺という人格を構成する要素が大きく変わってしまう。
人とは経験によって人格を形作るのだ。その経験に他者の記憶が入り込めばそれは別人である。
だからか、この《スキル》はその辺が配慮されているらしい。
俺は確かに最初の人生を思い出せるようになったが、それは本や動画でも見るような、どこか他人事なのだ。
しかも、その人生の全体のあらすじのようなものは知識として入り込んではいるが、具体的なことは思い出そうとしない限りは思い出せない。
言ってしまえば前世の俺という他人の人生を物語として読み、知識としてそれを理解する感じだ。
基本はダイジェストとして知り、必要なら該当シーンをピックアップして見ることができる。
それが俺のスキル【
「《スキル》はまあ、別に名前を言う必要はないし……でも剣はなあ、召喚する時は名前呼ばないといけないんだよなあ」
呼べば来るのは便利極まりないので贅沢なのは百も承知だが、それでもそこは不便と言いたい。
なにより恥ずかしい。魔導士の詠唱と違ってなんか恥ずかしい。なぜだ、やはり前世の影響出ているのか?
「なんとかならないかな…………そうだ、システムウインドウに何かないか……?」
システムウインドウとは………今更説明の必要はないだろうか?
要するに転生勇者の特権である世界そのものによるサポートを視覚化したものだ。
これは勇者以外には見えないもので、様々な情報が俺の視覚に流れ込んでくる。
逆に言うとこれが見えるやつは勇者ということだ。俺は元だけど特権は残ってるらしい。
【
転生前の生前に取得した経験・技術を現世において引き出す《スキル》。
この《スキル》の発動条件として前世において
本来は消失する前世記憶を不完全ながら思い出すこともできる。
【
伝説に語られる勇者が使用した聖剣。かつて魔王レイヴンを倒し、邪神竜を滅ぼした伝説の武器。
使用者の魔力を光の刃に変換する。その威力は使用者の魔力量と質次第である。
伝説級古代遺物。この装備は契約者である勇者以外に装備はできない。
『ロイス・レーベン:装備可能』
こんな感じに。割と便利だ。
このシステム情報……と俺は呼んでいる……にはもうちょっと便利な使い道があったような気がする。
脳内で記憶という本を取り出すイメージで必要な情報を取り出す。
「なるほど……思い出してきた」
視覚化された聖剣の情報ウインドウに手を触れる。名前部分に人差し指を当てて「名前変更」と念じる。
【
「よし!」
成功だ。どうやら勇者用の契約によって結ばれた
まずはこの長ったらしい振り仮名を消すとしよう。長いしなんかイタい。
ええと、変更許可………振り仮名を消す、と。
【名称を『
「よし!よし!よおおおおおしっ!」
素晴らしい。これで噛みそうな上になんかイタい名称を口に出して叫ばずに済む。
「こい!―――――光翼剣!!!」
剣を地面に突き刺して手放し、再び手を伸ばして名前を呼びつつ剣の召喚を念じる。
やはり次の瞬間には俺の手に聖剣が握られていた。うむ、呼びやすさが段違いだ。
これだけでも緊急時の安全性がかなり変わるだろう。
後はせっかく呼び出せるのだから普段は身に付けておく必要もないな。
とは言え、前世からの愛剣で神から授かったチート装備を投げ捨てていく気にはならない。
さて、どうしたものか……と思案していると。
ピコン
音を立てて新しいウインドウが視覚に映る。
【光翼剣をアイテムウインドウに格納しますか? Y/N】
「………はい」
光翼剣が俺の手から消えた。
「…………」
もう一度アイテムウインドウを念じて今度は剣を取り出すように念じる。
ポンッ
剣が俺の手に握られた。
「……………すぅー」
「武器を呼べる機能、意味ないな???」
その後の検証で、どうやら自分が直接身に付けて持っていないものはウインドウに仕舞えないことはわかった。
なので、まあ……不意に手から離れてしまっても呼べるから無意味ではないようだ。
「とりあえず、そのうち剣の名前も変えるか…………今でも微妙に恥ずかしい」
一人街道を歩きながら誰かに言い訳するようにボソりと呟いた俺であった。
なんだか剣が不機嫌そうに見えた。
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