第5話 道に迷ってエンカウントした話

 チートスキルに目覚めたので全てが万事上手くいく。


 ……ということはなく。

 残念ながらロイス・レーベンという男にとっての変化はチート武器と前世で極めたスキルと勇者特権の名残なごりであるシステムウインドウの恩恵。

 後はスキルの副産物と言える身体能力の変化くらいである。


 それだけ変われば人生を変えてしまうには十分だが、惜しむらくは俺が初心者レベルの冒険者だったという事実に変化はない。

 戦闘ともなれば無敵に近い装備と剣術を駆使してなんとかできるが…………





「道に、迷った……」





 虹色の冒険者プレートが泣いている。


 王都を目指す旅の中で地図を失くし、街道を外れ、時々ゴブリンに襲われては撃退して進んでいたら、いつの間にか森の中にいた。

 田舎から冒険者の街イニテウムを目指す旅は、一本道の街道を真っすぐ進むだけだったので迷ずに進めたのが油断の元だった。

 イニテウムから王都を目指す道のりは街道を進んでも思っていたより険しい。山もあれば谷もあり、森もあった。



「こういうのメリッサが得意だったんだよなあ…………ジョージさんにもっとちゃんと地図の読み方を教わっておくんだった。



 前世の知識など、今この世界のこの時代に一致してないければ意味がなく、もちろん使える知識もいくらかはあったが全てが活用できるわけではない。



「と言うか、どうも昔は相棒に細かいこと任せてたようだな、当時の俺……」



 意識して記憶を拾い上げてみると、魔王退治の冒険の旅において、細かい雑事を相棒に任せていた節がある。単に苦手だったのもあるようだが。

 脳裏に浮かぶ記憶の中の相棒は美しい金髪の長髪を腰まで垂らして後ろでまとめた綺麗な碧眼を持つ女性、白い優美なプレートアーマーを身にまとう女騎士。

 旅の間の野営の記憶は、相棒が野営の準備をしているのをじっと待っていたのが大半である。



「割と最低では?」



 当時は初めての異世界転生で、そういった状況への対処を知らなかったのもあるのだが。

 それにしても相棒が仲間になってからは特に頼り切りだったようだ。

 だが、仕方ない。だって思い出せば思い出すほど彼女の料理は美味かった。

 


 最終的にはそれが決め手となってプロポーズをすることになり、王国姫騎士の王女である彼女と結婚することに……



「って、やめやめ……自分の前世とは言え、他人の結婚生活とか見たくないぞ」



 どうにも前世記憶というやつが他人事に感じられる自分にとって前世の自分は別人だ。そんな話を思い出しても面白くもない。

 その世界で魔王を斬り捨て、世界を救った聖剣で草を切り取りながら森の中でを進んでいく。

 なんだか聖剣にも申し訳ない気持ちが芽生えてくる。ごめんな。





 キィン……




 金属同士がぶつかり合う音を察知した。今の俺の身体能力には五感の強化も含まれてるらしい。

 かなり離れた場所のようだが、間違いなく森の中では不釣り合いな金属同士の衝突音だ。



「間違いなく武器と武器がぶつかり合う音…………戦闘だ!」



 アイテムウインドウから光翼剣を取り出す。取り出した剣をぐっと握りしめると剣を通して自分の魂に蓄積された技術と経験を引き出す。



「一人は剣と盾、冒険者……にしては装備も腕もいいな、騎士か?」



 普通はこんな街道を外れた森の中に王都の精鋭である騎士階級の人間がいるとは思えないが、事情があるのかもしれない。

 少なくも一般的な銀等級冒険者が身に付けているような装備ではないし、腕も最低で金等級は堅い。

 何故なら……



「囲まれてるな。数は…………10、11………13ってとこか」



 これだけの数の、武装した敵に取り囲まれている状況で五分にやり合えているのだから腕は確かだ。

 銀等級の重戦士だったアルベルトさんでも山賊相手に一人では三人が限界と言ったところで、ゴブリンなら五匹と言ったところだ。相棒がいれば倍以上は余裕と言っていたが。

 多勢に無勢とはそれだけの不利を抱える。相手が格下だろうと互角に渡り合えている時点で実力者なのは確かなのだ。



「様子を見てみるか…………」



 気配を可能な限り消して音のする方向へ向かう。完全な隠密とはいかないが気配くらいは今の俺でも消せる。

 茂みや木に身を隠して様子を伺うと、そこにはフルプレートの白銀鎧で全身を武装した騎士が、ゴブリンの群れと戦っている。

 あれだけの装備と実力があればこの数でもゴブリン相手なら問題ないかもしれないと思ったが、事態は思ったより厄介のようだ。



(マジかよ…………あれはゴブリンナイトの集団じゃないか……!)



【ゴブリンナイト】

 モンスター・ゴブリン種上位。歴戦のゴブリンが武装し戦闘技術を身に付けたもの。

 単独でも高い戦闘力を持ち、さらに集団戦闘用の戦術をも身に付けた非常に強力なゴブリン。




 システムウインドウの説明文を読むまでもない。冒険者ギルドでもあれの討伐は単体なら銀、群れなら銀以上のパーティ複数を必要とする。

 場合によっては金等級指定の高難易度依頼となる案件だ。そもそも王都への街道にそんなモンスターが出るなんて聞いたことがない。

 遺跡のドラゴンといい、何が起きてるんだ?



「こりゃほっとけないな………………いくぞ、光翼剣!」




聖剣を手に戦場へ飛び込む。剣に僅かな魔力を込めると刀身がボウっと光を帯びた。



「ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃっ!!!!」



いつの間にか騎士の背面に回っていたゴブリンナイトがその背中を狙って槍を突きこもうとする。



「やらせるかぁっ!」



 それ以上の速度で踏み込み、聖剣を横薙ぎに払うとトウフのように軽くゴブリンナイトが両断される。

 ノーマルゴブリンにはオーバーキル装備だったが、上位種相手でも変わりはないようだ。



「…………君は?」



 俺が背後から襲ってきたゴブリンを切り裂いた頃には騎士も既にこちらに振り返り、防御姿勢を取っていた。

 どうやら余計なお世話だったよう。かなり強いなこの人。



「通りすがりの冒険者だ。加勢するが構わないか?」



「問題ありません。加勢に感謝する。さすがにこの数の上位種は骨が折れていたところです」



 驚いた。フルフェイスヘルムで判らなかったが、この声……この騎士は女性か。

 冒険者界隈にも強い女性は少なくないが、王都の騎士団にもこれほど強い女騎士がいるとは。



「礼はこいつら倒した後で聞きますよ……!」


「そうですね。では、さっさと片付けましょうか!」



 言うや否や、二人で同時に剣を振るい、ゴブリンナイト二匹を同時に一刀両断にする。背中気にしないでいいなら騎士の方も問題ないようだ。

 俺という新たな脅威を認識したゴブリンたちは、今までの手数で押し切る作戦を変更してし、集団で円を作り、俺たち二人を囲みじりじりと距離を取り始める。



「さすが下等なゴブリンとは言えナイトを名乗るだけはある……この程度の戦術を使う知能はあるか」


「面倒だな……………まとめて薙ぎ払った方が早いか」



 別に一匹一匹切り倒してもいいが、時間がかかりそうだ。



「何か手が?」


「まあね………加減が難しいから森が禿げるかもしれないけど」


「構いません。今は魔物の殲滅を」



 さすが騎士様ともなると判断が早い。 それならこちらも遠慮なくやってしまうとするか。

 剣の柄を握る手に力を籠め、聖剣に宿る魔力の量を増大させる。

 魔力は光の刃へと変換され、その光は一気に巨大な魔力刃を構築する。



「騎士さん!上に飛んで!」


「…………ッ!」



 何故とも聞かずに即座に跳躍。いい判断だ。それにフルプレートの鎧であれだけ高く飛べるとは。

 これなら遠慮なくぶっぱできると言うものだ!



「ぶった斬れ!”聖剣流”《円光斬サークル・スラッシャー》っ!!!!!」



 光の魔力刃が刀身を伸長させていく。

 横薙ぎに振るわれた聖剣は、その軌跡が光の円を描く。



 ジュッ……



 次の瞬間には俺たちを取り囲んでいたゴブリンナイトの群れは一匹残らず、灰も残さず蒸発した。





「……………凄いですね。その剣……いえ、それを使いこなしている貴方の技量も」


「いやあ、凄いのは剣だよ……ははは……」



 ゴブリンが一掃されると、同時に跳躍していた女騎士が華麗に着地して今の斬撃を評価した。

 しかし、技量を褒めてくれるのは嬉しいが、この技量は前世の俺からの借り物なので褒められても複雑なのである。



「謙遜することはない。優れた武器を扱うには優れた技量が必須。優れた武器を使いこなしているなら、貴方の技量も優れているということです」


「あはは……」



 そこまで言われてしまうともう苦笑いしか返せない。

 事実として勇者の剣技は凄まじいのでそれ以上の謙遜は相手にも嫌味に取られかねないしな。



「おっと、まだ名乗ってなかった。俺はロイス、ロイス・レーベン。一応冒険者だ」


「失礼、助けられたこちらから名乗るが礼儀でしたね。お許しを」



 そこまで礼儀を気にすることもないだろうに、やはり騎士というのは礼儀作法に厳しいのだろうか。

 先に名乗られて礼を失してしまった彼女が頭を下げた。

 そしてフルフェイスのヘルムを外す。



「私の名はアルーシャ…………アルーシャ・アルデンシア・エルミリオン。改めて加勢に感謝します」



 ヘルムを外したその容姿は、美しい金髪の長髪を腰まで垂らして後ろでまとめた綺麗な碧眼を持つ女性。



「……………!?」


「どうしましたロイス?」



急に息を詰まらせた俺を心配そうにのぞき込むその容姿は…………



「え、エウレア………!?」


「は…………?」



 知らない名前で呼ばれた彼女、アルーシャが目をキョトンとさせる。

 それはそうだろう。誰だって知らない名前で呼ばれたら驚く。

 だが、それでも俺は驚かずにはいられない。


 何故なら、その容姿は、《スキル》によって引き出した前世の記憶にある……

 かつての相棒であり、妻だった女性にそっくりなのだから。

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