天界での一幕、神々の会話

「駄目だ。あの者をこれ以上、勇者に任命することは認めん」


「そ、そんな………どうしてですか大神様?」



 女神ルチアスは困っていた。

 彼女はこの世界における生命と輪廻を司る役割を持つ女神である。

 

 世界と言っても人間が住む、例えば地球とか太陽系とか銀河とか、そう言った一つの次元の話ではない。

 様々に異なる次元に存在し、物理的な移動は不可能な次元同士の連なりのことだ。

 こういった一つの次元を神たちは『小世界』と呼び、全ての小世界が連なり神が管理する大きな世界観を『大世界』と称する。

 ロイスたちが住む剣と魔法の小世界の隣には、いわゆる現代地球が存在するし、また別の小世界には巨大ロボット兵器が戦争する小世界もある。

 この全ての世界の中でも神への信仰を持つ唯一の生物、つまり人間の魂を管理する役割を持つ神々の一柱がルチアスだ。



「あの世界は魔王来臨の兆しが既に現れています。魔物の数は増え、悪しき魂が人々を蝕み、徐々にですが人世の秩序にも影響が……」


「わかっておる。勇者の選定は必須。それは認めよう」



 眩く輝かんばかりの黄金の髪を振り乱し、必死に白髪の長い髭を蓄えた大神に訴えるルチアス。

 彼女の必死さを大神も認めないわけではないと応える。


 勇者とは世界に滅びの兆候が確認された時、神が世界の救済の使命を与えて送り出す、その世界最強の人間である。

 神は管理者ではあれど支配者ではない。少なくとも大神たちはそう考えている。それぞれの小世界は人間たちの手によって運営されるべきだ。

 それを彼らの世界の外から見守り、時に外から助けるのが神の役目だと信じている。


 故に世界の救済を直接に成すのはその世界の人類であるべきだ。

 その為に力を持つ人間を転生者として送り込む。それが勇者というシステムだ。



「問題はだ……」


「問題は?」











「毎回同じ魂に転生する度に勇者の使命を与えるんじゃないよバカタレ!?」




「だって強くてニューゲームの方が絶対に簡単じゃないですかっ!!!!」












 この世界の魂は総量は常に決まっている。神と言えど新たな魂を創造することは不可能だ。

 だからこそ生命は転生をする。地球小世界で平凡なサラリーマンが、前世で魔術を極めた末にサキュバスとなって千の子を産み大軍勢を率いて世界を乱したなどという話は神々からすれば「あるある」という感想になってしまう。


 問題は、だ。魂とは「記憶」は転生の際にリセットされるが「経験」はそうはいかない。前世を生きた証は魂の中に蓄積されるのだ。

 これらは特に能力や人格と言った形で現世で影響を与えやすい。場合によっては魂が肉体にまで影響することもある。つまり人間が「才能」と呼ぶ先天能力だ。

 そして勇者として任命された存在は、必然として世界の存亡を担う経験を積み、それを魂に蓄積する。



「強い魂の持ち主ほど強い勇者に成長するんです!だったら何度も勇者を経験した魂に任せるのが絶対に良いに決まってます!」


「お前、絶対にゲームで特定ユニットだけレベル上げすぎて後で後悔するタイプだぞ!」



 女神ルチアス、極端に走る女であった。



「そんなことを繰り返せば、人間世界の魂のバランスが崩れてしまう。人はいずれも平等に生を謳歌し、経験を積み、より良い来世を生きて世界を発展させる権利がある」



 悪しき環境に生まれ悪となった人は、来世で恵まれた環境に生まれ改心する権利がある。

 勇者という過酷な生を生きた者であるなら、来世は安らかに生きる資格がある。

 輪廻転生とは、やり直しの機会を得る場でもあるし、そうあるべきだ。



「それは……そうなんですが」


「で、彼の者は何度、勇者となった?」


「二千回ですかね?」


「バカか貴様ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!



 雷が落ちた。比喩ではなく背景にピシャーンと落ちた。



「兎に角だ。彼の者にまた勇者としての転生は認めぬ。経験値は可能な限りの封印を施し、市井の子として平凡な人生を与えよ」


「えぇ……経験封印はやりすぎでは……?」


「誰のせいだと思っている……やりすぎるくらいでないと、もはや逆に普通の生活できないぞこれ……」


「わかりました……ですが、勇者の転生は必須ですので、別の魂を勇者として送り込みます」


「よかろう。破滅の兆候は間違いないからな。次なる勇者の魂を選別し、彼の世界に生誕させよ」



 ようやく説教が終わり、今後の方針が決まって大神は去った。

 後に残された女神ルチアスは業務に戻り、次の勇者の魂を選別しつつ考える。



「……仕方ないじゃないですか、だってあの魂すごいんですもん」



 女神というより年頃の少女のような表情に頬を赤らめて呟く。

 それはもはや生命を司る光の女神というより、推しに目を焼かれたファンの顔にしか見えない。



「確かに、大神の言う通りやりすぎたと思うし、そろそろ使命から解放されるべきなのは事実よね……でも」



 彼ほどの魂の持ち主が、二千回も世界を救った勇者中の勇者が、平凡な人間として、非才な人間として生まれ変わる?



「彼は凄いんだから…………そんなのあり得ないわ」



 とは言え、やはり大神のいうことはもっともで逆らうつもりはない。

 だから、そう。女神は一つの考えに至る。



「抜け道、用意しちゃお♪」



 女神は、彼―――後にロイスと命名される、2000回転生した勇者の魂が生まれる小世界のシステム、即ち。



 《スキル》に目を付けた。

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