実質第1話 ロイスが運命と出会う話

 それは簡単な依頼のはずだった。







「はぁ……はぁ…………冗談じゃない。なんで、こんなイニテウム近くの遺跡にドラゴンがいるんだよ……!?」



 ドラゴン、そのほとんどが伝説や神話上の生物、魔物というより神として奉られるか、あるいは恐れられるような存在に他ならない。

 その他にいわゆる地竜やと呼ばれるドラゴン型の魔物もおり、これは真のドラゴンいわゆる真竜と呼ばれるそれよりは格が落ちる。

 しかし、地竜ですら中堅以上の冒険者パーティが複数で協力し、レイド戦の末にやっと撃破するような存在だ。場合によっては軍隊も動く。


 そして今、ロイスたち【草原の狼】の前に立つ巨大な赤竜は間違いなく真竜だ。



「余がどこにおろうが余の勝手であろう?勝手に余の寝所に足を踏み入れた貴様らに非がある」


「それはそうかもしれないけど…………っ」



 真なるドラゴンなど、限りなく伝説上の存在。実在はするというだけで冒険者が遭遇するなど奇跡のような確率というのも生ぬるい。

 それが、こんな冒険者がとっくに探索し尽くしたエリアの荒れ果てた遺跡にいるなんて、有りえないにもほどがある。

 そもそもこの遺跡だって何度も調査され、ダンジョンとしては初級の中では難関、という程度の扱いだ。


(それがまさか、第一層に未発見の隠し通路があって、扉をくぐったらドラゴンとか、嘘だろ……)



***




 それは見つけた時は心が躍ったものだ。

 今やとっくに探索されつくした近隣にある遺跡に、しかも第一層に隠し通路が発見された。

 街の学者の依頼で第二層にある魔力泉、通称「回復の泉」の水質調査のため水の回収依頼を受け、それは簡単に達成した。

 その帰りに、なんの偶然か隠し通路を発見したのだ。


 未知との遭遇は冒険者の醍醐味だ。まして既に調査し尽くされた場所で発見されたそれの価値は非常に高いだろう。

 【草原の狼】にミスがあったとしたら、この時にギルドに報告するために帰還を優先しなかったことだろう。

 それほどに発見された未知は魅力的だった。未発見の宝、遺物、レア素材を持つ魔物、新発見とは人を惑わす。

 ベテランであるアルベルトとゲオルグにとってもそれは例外ではなく、そしてここが初級ダンジョンであるという事実も油断を招いた。

 それでも、二人は慎重を心がけていたし、彼らに可能な限りの細心の注意を払った。

 つまるところ、隠し通路を進んだことそのものが失敗であるという結果論があるのみだった。



 赤竜は自分の支配領域に人間が入り込んだと察知するや否や、火炎を吐きかけた。



「……!……ゲオルグさん、マジックシールドを!」


「ジョージでいいよ……はぁっ!」 



神がかり的な直感でそれに気づいたメリッサは即座にゲオルグに障壁を張るように指示し、彼女の直感を信じたゲオルグの障壁で即死は免れた。



「ゲオルグさん!?」


「ジョージ!?」



 即死だけは免れたと言うべきか。

 障壁はあっさりと貫通され、魔法の壁を張るために前に出たゲオルグは吹き飛ばされて壁に激突し、意識を失う。

 状況判断の遅れたロイスとアルベルトが叫ぶ。

 だが、叫びつつも二人は武器を構え、隙を作らぬようにドラゴンの動きを警戒した。


 もっとも、ドラゴンは追撃など行ってこなかったが。

 巨体からのぞく金色の瞳が小さな人間たちを見下ろしながら、観察するように一瞥すると。



「グルルルル……………・なんだ、人間か……つまらん。やつらかと思った」



 赤いドラゴンは興味を失ったように首を落とす。



「――――とは言え、余の寝所に土足で踏み入ったのであれば駆除は必要であろうな」



「……!? 喋った!?」


「こいつ……真竜か!」



 真竜とドラゴン型の魔物である地竜の最大の違いは知性だ。こいつらは高い知性・知能を持ち人語を解する。

 むしろその知能は人間より高いとも言われる。

 アルベルトの知る限り、そんな存在がイニテウム付近にいるなど考えられることではない。



「なんてこった……伝説上の存在とこんなところで遭遇するとは……なんて悪運だ」



 真竜に遭遇したことは未知を愛する冒険者としては喜ばしいものであっても、敵としてまみえることなど御免こうむりたい。

 だが、今の相手の態度からこちらへの強い敵意は無いように思える。

 なにより、有無を言わさず襲い掛かってくる魔物ではないのならば……



「ああ、すまない……俺たちは遺跡の調査でたまたまここを見つけただけなんだ。伝説の真竜がここにいるなど知らなかった」



 ならば、対話による交渉は可能だ。こちらに敵意が無いことを話せば穏便にこの場を抜けられるのではないか?

 そう判断したアルベルトは言葉を発する。戦っても勝ち目はない、ならばなんとか見逃してもらうしかないのだから。



「そうか、運が悪かったな。精々嘆きながら死ね」



 甘かった。

 この竜からしたら、こちらを潰すことなど赤子の手を捻る程度の労力しか感じない作業なのだろう。



「貴様らを生かして帰したところで余になんの得もない。むしろここを聞きつけた塵芥がやってくるだろう。目障りでたまらぬ」



 その目にあるのは敵意ではない。ただ、路傍に石ころがあって邪魔だから蹴っ飛ばす。

 ドラゴンにとって目の前の人間たちはその程度の存在なのだ。



「先ほどは、少し振り返った・・・・・・・程度で塵芥が1人倒れたな。その程度だ、貴様らは。処分した方が圧倒的に手間が無い」



 ゲオルグを戦闘不能にした吐息は迎撃ですらなく、ただ「何かいたから、そっちを見た」ついでに過ぎない。

 まだこのドラゴンは戦闘態勢すら取っていない。






「ああ、そうかい!」



 その刹那、アルベルトが動く。

 相手がまだ、戦闘という意識すらない今が最後のチャンスと見てアルベルトは動いた。

 相手に見逃す意思がなく、こちらに交渉材料が無い以上、苦渋の決断ではあるが、その判断は早い。


 重戦士である彼のスピードは決して速いとは言い難い。

 それでも歴戦の冒険者である彼は絶妙な初動のタイミングで、傍で見ていたメリッサも気づかぬ踏み込みでドラゴンの足元へ駆け寄り、大剣を振り下ろす。


 ゴブリンどころかトロウルやオーガでも一刀両断にしただろう、その斬撃は……




カキンッ




 大剣の刃がへし折れて地面に刺さった。

 ドラゴンは動きもしていない。愚かな生物を見下すように息を吐き出す。ため息のような、憐れむような。

 ただ、それだけが暴風となり、アルベルトを吹き飛ばした。



「あ、アルベルトさん………!」


「ダメっ!待ってロイス!」


 反射的にアルベルトに駆け寄ろうとするロイスをメリッサが静止する。

 ロイスが見上げると巨竜がその四肢で巨体を持ち上げ、立ち上がった。

 アルベルトの攻撃によって、目障りな小虫から、駆除対象の害虫程度には格上げされたようだ。

 例え害にならなくても攻撃を受ければそうもなるのは当然か。



「はぁ……はぁ…………冗談じゃない。なんで、こんなイニテウム近くの遺跡にドラゴンがいるんだよ……!?」


「余がどこにおろうが余の勝手であろう?勝手に余の寝所に足を踏み入れた貴様らに非がある」


「それはそうかもしれないけど…………っ」


「ロイス、逃げてっ!ここは私が時間を稼ぐから!」



 メリッサが短剣を構えて、ドラゴンが中央に陣取る部屋の外周を回るように走り出す。

 攻撃というより、動き回って相手の注意を自らに集めるための動きだ。

 ドラゴンも、ダメージは無くとも、二度も虫に刺されれば不愉快だ。ゆえに二度はない。

 次は明確な殺意を持った攻撃をしてくることが、その瞳から伝わってくる。



「おい、馬鹿!やめろメリッサ!?囮なら俺が!」


「馬鹿はロイスでしょ!私の方が速いし囮に向いてる!」


「ぐっ………」



 まただ、いつも俺はメリッサに言い返せない。

 事実、囮となったメリッサは何度か竜が吐きかけるブレスや爪、尻尾を紙一重で回避している。

 これは彼女の持つ《スキル》によるものだ。


 【スキル:危険の予兆プレモニッション


 彼女はもとより生まれ持って勘が良い。特に危険察知能力は予知能力に等しいと言える。

 だからこそ、迫る命の危機を”なんとなく”で察知し、即座に回避行動に移れる。

 先ほどゲオルグにマジックシールドを指示したのも、彼女が”なんとなく”危険を察知したからだ。


 だが、弱点のない能力ではない。むしろ穴だらけだ。

 まず、察知できるのも一瞬先、精々が数秒先程度。

 それから危険が迫っているを察知はできても、どんな危険かは理解できない。明確な対処法が理解わかるわけではないので対処方は勘任せだ。

 身軽さしか武器の無いメリッサにできることは回避に専念することしかできない。

 なにより、察知できたとてそれが対処可能かどうかなどわからないのだ。


 メリッサは必死に走り、飛び跳ねながらドラゴンの部屋の外周から、ドラゴンの周辺まで円の幅を狭めて、常に意識を自分に集中させる。

 とにかくロイスを意識から外させ、彼が逃げる隙を作る。



「面倒な子蠅め…………」



(あ、やば……)


 いつもなら適当に振り払えば勝手に倒れる虫けらがいつまでも飛び回っている。

 その鬱陶しさに焦れたドラゴンは大きく息を吸い込む。

 スキルに頼るまでもない、死の予感が全身を貫く。考えるまでもない、それは竜が本当のブレスを吐く前動作だ。

 今まで前動作なく放っていたのはブレスではなく、ただ息を吹きかけていただけに過ぎなかったのだろう。それすら直撃すれば即死だろうが……



(死んだなあ、これは………まあ、ロイスが逃げててくれればそれで……)



 今度のブレスは間違いなく威力も範囲もけた違いだ。回避できる気はしない。

 それほどまでに【危険の予兆プレモニッション】が伝えてくる予感が死一色だった。


 メリッサは死を覚悟する。

 不幸中の幸いというべきか、これだけ時間を稼げばロイスが部屋を出ることくらいは可能だろう。

  アルベルトさんとジョージさんも連れて出て行ってくれれば安心だけど、まあ難しいか。二人を抱えて脱出は厳しい。

 一瞬先に死ぬかもしれない囮をしながら周囲を確認する暇もない。

 遺跡の外に出てしまえばギルドと連絡を取る手段はいくらでもある。後は王国や軍の仕事だ。

 最低限でもロイスが助かってくれれば、よしとしよう。

 そう考えて目を閉じた、なんだか走馬灯が過ってきた気がする。

 そういえば昔、村の男子にからかわれた時にロイスが……




「やめろおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」



 そうだ、こんな感じで助けに来てくれたのだ。



***




 いつもそうだ、俺は何かをしなければいけないのに、それができる力が無い。

 悔しいかった、悲しかった、何をしたらいいのかわからないことも、それをする力が自分にないことも。

 メリッサが囮をすると言った時も、止めたかったのに、止められる力が無い。何よりメリッサを守れる力が無い。

 メリッサは死んで俺を生かそうとした。それが何より嫌だった。



 逃げるべきだ。


 逃げちゃ駄目だ。


 何ができる?


 何もできない。



 なら、どうする?どうするべきだ?




 (考えてる――――場合かっ!!!)




 気が付けば走った。

 結局、何ができるかもわからずに、何ができるかもわからず。

 ただ、メリッサにも、アルベルト、ゲオルグも、死んでほしくなくて、気が付けば走った。



 次の瞬間、ロイスの眼に映ったのは、ブレスの前動作に移ったドラゴンと、死を覚悟したメリッサの顔。



「やめろおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」




 ロイス叫びに、ようやくそんな虫もいたなと存在を思い出したドラゴンが一瞥する。

 無為無策にこちらに走り寄ってくる小虫、馬鹿なのだろうか?さきほど切りかかってきた小虫の方がいくらかマシだ。

 

(まあ、いい……人間ごときに何ができる……人間にも、やつらにも……)



「余の財宝は渡さぬ。疾く塵となって消え失せろ!」




(財宝?そうか、こいつ財宝を守るドラゴンか……伝説の通りだ)


 ドラゴンは財宝をためて愛でる習性が伝説に語られる。このドラゴンもそんな存在なのだろう。

 そんな思考が頭に走った時、ようやくドラゴンが立ち上がったことで、その巨体の下に隠されていた『財宝』が目に映る。




 それは、とても美しい「剣」だった。


 気が付けばロイスは、剣に手を伸ばした。







「―――――《スキル》」




「――――――――――【転生極技レトログレード・アクセス】」






 ドラゴンが、赤い巨竜がこの時、初めて意識して見定めた相手を見失った。

 それはあり得ないことだ。

 興味もなく、意識すらせず見落とすことならいくらでもあるだろう。

 だが、敵意を持ってこちらに襲い掛かり、邪魔だと認識した相手を見逃すことなど、一度もない。

 疾風のごとき暗殺者の動きとて見逃したことはないのだ。

 それでもロイスが、一瞬ドラゴンの視界から消え……



「”聖剣流”――――――――――《竜殺しの剣ドラゴンブレイカー》ッ!!!!!!!!!」




「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!???????」




光と共に、巨竜が吹き飛んだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る