第45話 True True True False

「追いかけなくていいのかい?」

「そっちこそ。意外に喋るじゃないか。誰かと重ね合わせたか?」

「うるさい。でも、少し後悔してるよ。だって、あの嬢ちゃんもう・・・」

 ゲンブは葉巻を咥えながら治人の背中を悲しく見つめる。結末を知りながら本人をやる気にさせるなんてまるで、RPGゲームの主人公をたぶらかす悪魔だと子事の中で自分を皮肉った。

「でも助かったよ。これで初めからやり直せる。今度のはちょっと介入し過ぎた。おかげでイレギュラーだらけ。これでもなんとかつぶした方なんだ」

「そりゃご苦労様。それで、この後はどうするんだ?」

 シグマは治人の向かった林にゆっくりと足を進める。それを見たゲンブも同じようにゆっくりと。


 数分走ってようやくスーツケースらしき物を引っ張る人が見えた。一旦息を整えるために歩いて、ポケットから神前の隠し金庫から盗んだスタンガンを手に取り、とにかく女性の背中を見て無我夢中に全力疾走。

「うおぉぉぉぉ!」

「なに⁉」

 体格の良い女性が銃を手に振り返る頃には、スタンガンを女性の首元に押し当てていた。この時代だからこそできた荒業だ。“現実”ならば間に合わない。

「これでどうだ!」

 スタンガンのスイッチを入れる。一瞬電流が流れスタンガンの先に電光が走る。女性は首を中心に痙攣した後、白目を剥いて倒れ込んだ。首元に赤い点を残して。

小説やドラマなどでは腹部に当てただけでも気絶しているが、通常スタンガンを当てた部位を自由に動かないようにするためのものである。しかし、当てられたショックで気絶することもあり、また例外として首や頭部など人の急所に当てた場合は人の命を奪う可能性がある。

「死んだのか・・・?」

 人を殺したという感覚はなかった。むしろ、あっけななく終わったという感覚が強い。首を狙ったのも、ただなんとなく首に当てれば効果的に効くだろうと思ったからだ。

 今後どんな罰でも受けるつもりだ。

「それよりも玲奈を!」

 黒の大きなスーツケースに目をやった。

「え・・・」

 スーツケースから赤い液体が垂れていることに気づいた。それは、十メートル程後ろから続いていた。そして、十メートル後ろには大きな血だまりと、スレッジハンマー。

「まに、あわなかったのか」

 スーツケースの前で立ち尽くす。中を確認する気にはなれない。

「俺はまた・・・また・・・ぐあっ」

 突如視界が歪み激しい頭痛がする。思わず頭を抱えるも効果はない。目を閉じてその場に倒れ込んで身もだえる。

「あがっ、なんだ、なんなんだ。頭が・・・」

 奥歯を噛んで、目を強く瞑って、頭に爪が食い込むほど手に力を入れて。耐えて耐えて、耐えて。耐える。

 すると、すっと頭痛が嘘のように綺麗サッパリなくなった。目を開けようとしたとき、ある光景が浮かんできた。いや、思い出した。

「なん、だ?あ、あ、あー、あー、これ、これは」

 喪服の参列者。大きな遺影の脇には花が波のように飾られ、その手前には盛籠が並ぶ。参列者は皆幼い子供ばかり。皆涙を流し、下を向いている。故人を偲ぶ言葉にも涙し、耐えられずに泣き叫ぶ子もいた。

 俺は涙も流さず一番前の席に座り、ただ遺影を見上げている。このお葬式は。そうだ。思い出した。

「純玲・・・」

 その言葉に反応するようにシグマの声がした。目を開けると空を背景にシグマの顔が見える。

「もしかして思い出したかい?これまで一度でも自力で思い出すことはなかったんだが、今回のは少しイレギュラーが多い。さあ、“現実”に帰ってまたやり直そうか、治人」

 シグマの手を取って立ち上がる。シグマの顔はまた次があると諦めた顔をしている。背後にはゲンブがバツが悪そうに葉巻を吸っていた。

純玲の葬式。なぜ忘れていたのだろう。その答えは目の前にいるシグマが知っている気がした。

「なあ、なんで俺は今まで純玲のことを忘れていたんだ?」

「それは僕が君の記憶を改ざんしていたからさ。これまで何度も都合のいいように、改ざんした。R&Mで君に微笑んだろ?あの時も僕は君の記憶を改ざんしたんだ。他にも電話越しでもやった。卓球用品を買いに行った時も。でも、やりすぎた。やりすぎて、陣玲奈は・・・カオス理論って知ってるだろ、それで」

「理屈なんてどうでもいい!なんで・・・なんで消したんだ。俺の大切な、大切な記憶を、なんで、なんで‼」

 食い気味にシグマの言葉を遮り、胸倉をつかんだ。ゲンブが止めようとしたが、シグマは首を横に振る。

「いいだ、僕が悪いから」

「答えろよ、なんで消した」

「順を追って話すよ」

シグマは言いにくそうに、俺から視線を逸らし。ゆっくり口を開く。初めから。消した記憶を語りだす。

「純玲ちゃんは、治人が中学三年の夏の交通事故により負った、両足の開放骨折を直すためにずっと車いす生活をしていた。完治の見込みがあることが唯一の救いだった」

「ああ、思い出した。俺は庇うことなんて、とっさにできなかった。それに純玲の足は助手席によって挟まれたんだ」

 シグマの言ったことから連想して思い出していく。純玲は両親の葬式に出たいと駄々をこね、車いすで葬式に出た。なぜ病院に居たくないのか問い詰めると「あのババアが来たら殴るから」と物騒なことを言っていた。

 シグマの胸倉を離して、俯き右手で頭を支える。

「そして両親が亡くなった後、純玲ちゃんの治療が終わって、冬になってようやくリハビリが始まった。リハビリを繰り返しても中々自立できなくて、治人が様子を見に行った時事故は起こった。歩行訓練中に看護師が、よりにもよって治人に声をかけようとして、目を離した時に転倒。運悪く手すりに頭を打ち付けた後、後頭部から床に落下」

「それも思い出した。純玲は俺を見つけて、カッコつけようとして事故に遭った。手すりに頭をぶつけた後、手すりにつかまろうとして逆に悪い体勢になった。これが致命的だった」

「そう、その日は吐き気や頭痛もなく元気だったが、翌日の朝に頭蓋内出血により緊急手術。だが、手遅れだった。出血が酷く、手術するのが遅かった。転倒したその日に検査しなかった病院側のミスだ」

 病院が大きなところだったので大事にならなかったが、たった転んだだけで亡くなるなんて、あっけなくて、意味が分からなくて、理不尽で、俺は・・・俺は・・・。

「・・・それで、なんで純玲の記憶を消したことにつながるんだ?」

シグマは徐々に声を荒げていった。

「わからないかい?君は、ここから壊れていったんだ。高校に上がっても上の空。色んな人に出会うも、誰とも交友を深めようともせず、妹の幻影と暮らしていた。治人、君は頭の中で妹と一緒に暮らしていたように感じていただけなんだ。何年もね。私たちにはそれが痛々しく見えただから、“現実”の四年前にタイムマシンを作ってくれって言われてハッとしたよ。VRで過去を再現すれば、それはもうタイムマシンと言っても変わりないものだって!そうさ、初めからタイムマシンなんか諦めていたんだよ」

 溜まっていたものを吐き出したようで、シグマの目から涙がこぼれている。シグマは全てわかって、善意で俺に尽くしてくれたのだ。俺はそれなのにこの世界のことを偽物なんて言ってしまった。

「それで俺にVRで青春をやり直させたのか。純玲の記憶を徐々に消すことで、良い思い出になるように。この世界に俺を呼んだ」

 なんてことだろう。なんて贅沢なことをやっていたのだろう。人の善意の上で胡坐をかいて駄々こねた。それでもシグマは俺に付き合ってくれていたのだ。

 シグマは俺への思い出し切った様で、俯いて顔を隠さずに泣いている。俺は純粋なシグマの思いを汚していたのだ。泣いてしまいたい。でも俺にはそんな権利はない。

自己否定した時。何でもない一日を思い出した。それは今となっては絶対に手の届かない、父親との記憶の一ページ。

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