第46話 託した人がいた。それは呪縛であり、希望である。
小学校五年生のおじいちゃんのお葬式の翌日。父親と気晴らしにラーメンを食べに行っていた時のことだ。その日は雲一つない快晴で、逆に気分が悪かった。何か心に空いた隙間を隠すように、口を閉じていた。お通夜、お葬式では話すこともあったが、自分から話そうとは思えなかった。
おじいちゃんは事故死だった。田んぼを耕し終えたトラクターを倉庫にしまおうとした時、足元の土手が崩れ、倉庫横のあぜ道に転落。トラクターの下敷きになって亡くなった。おじいちゃんは元消防職員で、消防車を運転していたこともある言わば運転のプロだった。何をやるにしてもなんでもうまくやって、堕落しきった町内の防災意識を変えるために、何度も講習会を開き道具の説明や緊急時の対応を話し合うなど責任感のある人だった。
そんなおじいちゃんが亡くなったと聞いた時には冗談だと思った。学校から家に帰ると、父親から両手を掴まれて逃げられないようにされて告げられたのだ。
何かあると相談に乗ってくれて、父親とぶつかることも少なくなかった。木工細工が得意だったのでおもちゃなんかも自作してくれた。“現実”でも作ってくれたゴム鉄砲は大切にしまってある。
そんな人だから、亡くなるなんて思ってもいなかったのは父親も一緒だった。
「なあ、治人。信じられないよな。あの頑固でガタイの良い親父が、急にいなくなるなんてよ」
「・・・家に帰るとよっこり現れて、名前を呼んできそう」
「そうだよな。「治人―」。っていつも言ってたもんな。パソコンでわからないところがあるからって教えてやってたんだろ?」
「うん・・・今思えば、孫との会話の種だったのかな」
「そうかもしれないな。なあ、治人。俺がガキの頃、親父にこんなことを言われたことがある」
「不倫はやめろ?」
「いや、それも言われたけど!違う、ガキの頃に言われたことだ。「火ってのは怖いもんだ。たいていのもんは、燃やしちまう。人の思いも、思い出も。でもな、俺が民家の火災で、救助が終わった後、仏壇にシートを被せた。どうなったと思う?その家の人は泣いてたんだと。ありがとうございますってな。それで思ったよ、命が無事でも大切な物を失うと人は壊れちまう。だけど、大切な物の一つでも残れば希望になる」ってな」
「話が長い。でも、おじいちゃんらしいね」
大切なものでも一つ残れば希望になる。
今の俺が失ったのは、両親、純玲、玲奈。あと、シグマの思い。
なら、今あるものは、シグマ自身だ。シグマなら。この状況を打破できる解決方を知っているはず。シグマ頼りになってしまう。でも、それでも、シグマは言った、何かあれば言って欲しいと。きっと自立するために背中を押してくれと頼むぐらいしてくれる。
ふと、この世界がVRの世界ならば今この惨状をどうにかできるかもしれないと思いつく。
「なあ、シグマ。ここまでしてくれてありがとう。でも、俺は偽物でも、玲奈を助けたい。少し前の時間に戻ることはできないのか?」
シグマはぐっと涙を堪えて、いつものように。平静を装う。こういう切り替えの早さは本当にすごいと思う。
「無理・・・とは言えない。でも反動として脳にダメージが行く。だから逆行した後最悪、そのまま死ぬこともある。それに戻れても一時間だけだ」
死ぬ。その言葉に揺れてしまう自分がいた。それでも、俺は玲奈を助けたいと本気で思っている。だから、言葉にして伝える。また甘えてごめんと、心の中で謝りながら。
「それでも俺は行くよ」
「・・・わかった。治人がそう望むなら」
ずっと葉巻をふかしていたゲンブが口を開いた。
「遠くでパトカーのサイレンが聞こえるな、やるなら早くしな。あたしは、ちょっとでも時間稼いでくるからさ」
「お願い、お母さん」
「はいよ、マーちゃん」
ゲンブは葉巻を乱暴に捨てて、来た道を戻った。まるで世界を相手に戦うヒーローのような背中で憧れるが、シグマの呼び名に気を取られてしまった。
「お母さん⁉それはどういう」
「いいから、しゃがんで」
「はい」
今は言うとおりにしよう。これが終わって生きていたらR&Mに何か差し入れでも持って行こうと心の中で誓う。
「一時間前だと、多分学校を出るころだ」
「校門前か、わかった」
「いい?過去の私に伝えて。管理コード、テンオールをインストールしろと私が首を傾げても言え」
「テンオールだな、わかった」
「よし、じゃあ、ちょっとちくっとするよ」
シグマは俺のうなじに何かを刺した。特に痛みはないけど、全身の自由が効かなくなって横たわる。眉や目も口も指だって動かない、五感全てを縛られたみたいだ。唯一動くのは思考だけ。
俺はシグマに身を任せた。そうだ、前も折れそうになっている俺を励ますときに、こいつは俺のことを『相棒』と言った。普通親友か何かだろうに。
でも、シグマらしい。
そう考えていると思考も徐々に溶けていくように消えていく。徐々に。徐々に。
俺はまた、青春を繰り返す。
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