第44話 偽物に価値はあるのか?
「これって、金庫?」
フローリングの下には金庫が埋められていた。ダイヤルと鍵が天井を向いており完全に隠すためにここに埋められていたのだと見て取れる。シグマは躊躇いなく、金庫の取っ手に手をやると、何も取っ掛かりなくあっさり開いてしまう。そのまま中を調べるシグマ。
「なんで鍵がついてないんだ?」
「それは、今の状況が物語ってるよ。あの陣玲奈をどうやって女性が誘拐したのか、その答えと共に」
シグマは英語が書かれた見慣れない箱を渡してきた。箱は小さ目のクッキーの箱のような大きさでずっしりと重く、揺らしてみると金属製の何かが大量に入っているのがわかる。偶に金属音が聞こえる。箱には9×⒚㎜と書かれている。
「まさかこれ、銃弾!」
「その通りだ。本体は既に持ち出されているみたいだぞ。ほらこんなものまで出てきた」
追加で手渡されたのはスタンガン。こんなものどうやって用意したのかという疑問はさっき見たレシートを思い出して謎が解ける。
「船・・・もしかして、神前武矢もしくは、神前京子は船に関わることを仕事にしていないか?もしくは、釣りに関すること」
「治人どこでそれを?」
「レシートだよ。スーツケース以外にも釣具屋のレシートを見つけたんだ。あと、ホームセンターでスレッジハンマーを買っていたし。もしかしたら何かに使うかもって」
「釣りは知らないが、船というよりかは貿易だ。と言っても神前武矢は海外からの荷物をトラックに載せて走っているだけだが・・・まさか、これらは海外から・・・ないとは言い切れないな。神前京子もクオーターで、外国語も達者らしいから・・・あり得るな」
なんとなくスタンガンズボンのポケットにしまい、銃弾を床に置いた。
「どうする?銃なんて持っている以上警察に頼るかしないと難しいぞ」
「策はあるのか?」
「ないわけじゃない。でも、分が悪い賭けかな」
策を話そうとしたとき、シグマの左耳につけられたインカムが光った。
「どうした?ああ、まだ神前家だ。ああ、わかった。そこに向かう。ありがとう。治人、黒根山だ」
「黒根山?」
「テレビで陣彰人が、幼い頃の玲奈と行ったという山だ。どうだ?」
「わかったあそこだな」
「道順はわかるな?」
急いでゲンブの車に乗り込み、行き先を伝える。ゲンブは一度首をかしげたものの、道順を話すと「九景台のか」と理解したようだった。俺も含め地域の人にはあまり知られていないらしい。
スポーツカーのエンジンがうなりを上げて、速度を上げていく。車内ではシグマが舌をかまないように、できる限り口を開けずに策を話していた。
「いいか?俺たちにできるのは、この程度だ。常識の範囲ならばな」
シグマは脚を組み、顎に手をやり考え込む。
「常識の範囲内では?」
「ここがFDVRの中だってこと忘れてるのか?ああ、そうか、私が」
「FDVR・・・そうか、ここは“現実”じゃないのか」
忘れていた。俺はVRの中で今を生きているんだ。そう思うと、急に冷静になった。
偽物の世界で育んだ、この思いは偽物なのだろうか。玲奈への思いも。これだけ時間かけているのに。まるでゲームをやっていたら、急に現実に関わるフレーズを目にして我に返るような。そんな妙な感覚。
何をやっているんだろう。と。
「どうした?治人」
「・・・いやなんでもない」
「治人・・・やっぱり、選択ミスったな」
思い詰めるシグマ。今回の犯人ではないものの、俺をこのVRの世界に向かわせた張本人である以上、間接的には犯人と言えるためか、責任を感じているようだった。
これ以降車内での会話はなかった。
山の麓に到着すると、まだ上る道がある。舗装がされていて車も通れる。ただ、周りが木々に囲まれていることを覗けば、センターラインもない細い田舎道。某温泉街のような曲がりくねった道ではないが、そのようなイメージに近い。
百メートルも走らずに駐車場が見えてくる。一応清掃もされているようで、落ち葉が大量に落ちているわけではないが、多少落ちている程度。車は1台のみ停車している。おそらく犯人の神前京子のだろう。
「シグマ・・・」
「俺たちはやれるだけのことをするだけだ。ゲンブ、俺たちも出るぞ」
「あたしもかい?まあ、人命がかかってるしな、仕方ないか、わかったよ。」
「こんな広いところの、どこにいる。あーもう、わからない」
車から出てあたりを見回す。また同じ山に来ただけなのだが、案外悪いものではないと思ってしまった。ただ、ここに来る理由が理由なので悠長にしてられない。
それでも、この世界が嘘であるという思考のしこりは膨らみ続ける。
星を見た公園に向かって走る。見逃さないようにあたりに目を配る。それらしいものは見つからず、木々だけ。公園に着いてもそれらしい人影はない。
「しかし皮肉なものだ、父親との思い出の場所が誘拐に使われていたなんてな」
「知らないほうが嬢ちゃんのためになったのかもしれねーな。っと、ふぅ・・・」
「そういえば、私服ですね。ゲンブさん。店以外でも葉巻を吸うんですね。それ美味しんですか?」
特に意味もなく、興味本位だ。思考停止をしたいのかもしれない。“現代”ではこんな時、どうしていただろうか。そうだ、酒を飲んで・・・。思えば、大人になってから逃げることばかりしていた気がする。俺は何が変わったのだろうか。
「子供にははえーよ。まだ、そんな年でも・・・ってわけじゃないか。吸うか?」
「吸わせねーよ、何考えてんだ。あんたは保護者だろう?というか、治人、お前今何考えてやがる。今は玲奈のことだけ考えてろ」
「何って、俺は玲奈のことを」
「嘘だな、ナイーブになって考えても仕方のないことを考えてるんだろう?目を見りゃわかるぜ」
「・・・俺はなぜこんな、青春をやり直そうとしているんだと。結局はこのVRは、偽物なんだ。“現実”に戻っても、夢で見た雲はつかめない」
「・・・」
シグマは黙り込む。動いたのはゲンブだった。
「なに言ってんだ?お前は偽物でも好きになったんだろ?なのに今までの自分を否定するのか?」
「それでも偽物は偽物だ!」
これまでの思いを一度に吐き出した。叫んだ。
「VRって言ってもゲームみたいなもんだろ?ゲームが、漫画が、現実に与える影響がないわけじゃないだろうが。それなのに一蹴するのか?全部否定するのか?」
夫との出会いもゲームだったゲンブとしては許容できない考えだ。中古ゲームショップで昔やっていたゲームを探していた時、一緒になって探してくれたのが出会いだ。
そんな夫は様々なジャンルのゲームに手を出していた。RPG、シューティング、FPS、パズルなどメジャーなものからコアなものまで手を出してきた。特に気にかけていたのは、ノベルゲームだった。日本ではもう廃れたと思われていたゲームジャンルだが、海外で人気が沸き今なお、まだコアなファンが長年愛していた。夫もその一人。自作までして、盛り上げようとしていたが簡単なRPGを作った時よりもプレイされず嘆いていた。ゲームに関心が薄いゲンブ自身もプレイし、そのシナリオ奥深さに一時期ハマった。テレビのドラマよりも濃い人間関係に、ただクリックして文字を読んだりボイスを聞くだけなのに企業側の工夫が見え特色が見えて面白い。
その奥深いシナリオには人を動かす力があるとゲンブは知っていた。偽物でも人を動かす力があると。
「偽物はどこまで行っても偽物だ。ならそこにいるシグマも偽物なのか?あたしは、シグマに内情を聞かされているからわかるさ。どうだ?偽物か?」
「本物だ。そんなのわかりきっている。なぜなら“現実”のシグマが入っているからだ」
「そうか、なら偽物はいらないよな。今すぐ、“現実”に戻ればいいじゃないか」
「でも、玲奈が」
「偽物なんだろ?見捨てちまえよ。目の前で嬲られようが、犯されようが、惨殺されようが、見捨てちまえよ。見せかけだらけの偽物に価値なんかないだろ?」
玲奈が嬲られる。犯される。惨殺される。それぞれの想像を膨らませ、吐き気と怒りが湧きあげてくる。体の節々に力が入る。それでも収まらず、奥歯をかみしめる。それでも収まらず、ついには自分のキャパシティーを超え思考が一色に染まる。
あの玲奈が・・・嫌だ嫌だ嫌だ嫌だそんなのはーーーーーー
「嫌だ!・・・あっ」
「ならその思いは本物だろ?」
「そう・・・かもしれない」
「ならその思いは大切にしろよ。シグマのように言うならば、雲はつかめなくても、掴んだ感覚はわかるのだろう?」
「まるで私たちを冒涜する悪意ある言い方に聞こえるな・・・まあいいけど。ただ時間をかけすぎたな。さっきまた携帯の電波を受信したが、さっきからずっと動かないそうだ。抵抗しているか、あるいは」
「どこだ!」
「ここから、一キロ北の人気のない林だ・・・って治人!」
ゲンブの言っていることはもっともだ。
例え代用品であろうと、思いさえあれば価値は本物を超える。それが人だ。
どんなに論理的な思考になろうとも、その行動原理や結末、行動の節々には必ず感情が混じり、綻びが生まれる。どんな人でも、それらをわかっていながら感情を持って生きている、それが人間だ。
どんなに効率的に動こうとも常に理論値を叩き出せず、机上の空論と言われても理論値に限りなく近づこうと努力する。これも人間。
感情さえあれば、人は何でもできるし、なんにもできない。だから俺のように考え込んで、動けなくなるし、今の俺のように駆けだす。人間は不思議だ。
「玲奈のためでもあるし、俺のためでもある」
それを今認識できた俺はきっと、何があっても大丈夫だ。
脚が軽い。空を駆けているようだ。
頭が熱い。今にも爆発してしまいそうだ。
それでも、今。俺はこの偽物の世界でも生きている。
・・・
そう、思っていた。
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