第43話 偶然は必然である。ただし、振り返った時限定である。

「それで犯人の居場所に心当たりはないのか?治人」

「あるわけないだろ⁉こっちが聞きたい、どこにいるんだよ!」

 停車した車の中で握りこぶしを作る。最後に携帯の電波を受信できていたのは神前家の前だった。前回の騒動以来訪れていなかった。一応家の中まで探したものの、手がかりはなかった。それでもやるせなさを誤魔化すには丁度良かった。

「ちょっとまた手がかり探してみます」

「今度は私も行こう」

「あたしはここで待ってるよ、いつでも動かせるようにな」

 車を出て、家に入る。鍵はシグマがピッキングして入っているので完全に不法侵入なのだが、今はそんなことを気にしている場合ではないと正当化する。

 玄関の下駄箱から話し合っていたリビング、和式トイレにまで隅々まで手がかりを探した。玲奈には悪いと思ったが既に去った後で、杞憂だった。

この家に入るのは二度目なので間取りを知ることができた。

玄関から入ると、長い廊下。手前からリビング、客間、夫婦の寝室、突き当りがトイレだ。リビングの奥にはキッチンがあり、家の裏に続く勝手口が一つ。客間の奥は寝室に見えるがベッドが一つだけ置かれ、他に物はなくここに玲奈の部屋があったと思われる。

「何もないか。携帯ぐらいあればとか思ったけど難しいか。シグマは?」

「ここまで探してないと八方ふさがりだね。一度二手に分かれてみる?」

「そうしよう。俺はリビングを。シグマは寝室から見てくれ」

「了解。何かあったら言って。電話で頼む。片耳はインカムを付けているから聞こえないかもだから」

 髪をかき分け左耳につけられたインカムを見せる。ハンズフリーのワイヤレスイヤホンと同じサイズのインカム。線もないので、ぱっと見はワイヤレスイヤホンと見分けがつかない。

「それがインカムか。用意が良いな。俺の分はないのか」

「急で準備してない。それにこれは緊急時に使うものだ」

 シグマの背中を見送り、実は気になっていたある一点を見つめる。

「見たくないけど、見るしかないよな」

 使用済みのティッシュやお菓子の包装紙、タバコのケースなどが無造作に入れられている小さなバケツのような形をした入れ物。そう、ゴミ箱だ。十五リットルサイズのもので蓋はない。嫌な臭いは今のところしないが、念のため息を止めながらゴミ箱を傾けた。

 床に散らばったゴミは使用済みティッシュが多く、粘着質のものが時折見えるので鼻かんだティッシュだろう。透明なのでアレルギーだと思う。

「確かにこの家少し埃っぽい。掃除しないのか?」

 後で手を洗うこと前提で、ティッシュをかき分けるとレシートが数枚見つかった。近所のスーパーやコンビニなどで食糧や日用品を買ったものが多い中、気になるものを見つけた。

「・・・釣具屋?」

レシートにはバープレスフック八号、フロロカーボン六号と書かれていた。シグマが見れば一発で何かわかるのだろうが、素人同然な知識では理解できなかった。

「それと筋トレ用の錘四十キロと、スレッジハンマー?何に使うんだ全く」

 レシートの他にはお菓子の包装紙と袋それも少しお高い奴ばかりぐらいで、めぼしいものはなかった。最後まで見ようと、ゴミ箱をひっくり返した。

 黄色く変色した爪やクッキーなどの食べかすまでが広がり、鼻の奥を突くような臭いがして、片付けるのが嫌になる。それでも、何かないかと手を動かす。

「流石にないよ・・・な?」

 またもレシート。今度のは嫌な予感がした。筋トレ用の錘とスレッジハンマーを購入していたホームセンターのものだ。

「スーツケース・・・まさか、いや、考えすぎだよな」

日付は神前武矢が自首した翌日。かなり大きいLLサイズのスーツケース。スマホを取り出し、型番を検索すると押し込めば人一人なら入れないこともないサイズ。

全身から冷や汗が噴き出る。スマホを握る手が滑って、落としてしまう。たったそれだけのことに動揺して心拍数が上がっていく。必死に嫌な考えだと振り払おうとしても、瞼を固定され映画を見させられているようにイメージが付きまとう。

昔のように、スーツケースに押し込められ、必死に出ようとしても出られず声を出そうとしても出られない、玲奈の姿。

背後から足跡が近づいてきても気づくことができなかった。

「・・・治人、気になるものを見つけたって、大丈夫?何か見つけたのか?」

「シ、シグマか、いや、変なイメージが頭の中から離れなくて」

 シグマは少し、困ったように頬に人差し指を当てた後、ぎこちなく笑う。

「確かにひっ迫した状況だ。だからこそ、落ち着こう」

 シグマは俺の耳元でささやく。

「深呼吸を知っているだろう。大きく息を吸って、ゆっくり吐く。あれだ。さあ、やってみよう?」

「・・・あ、ああ」

「吸ってー、もっと、もっと吸って、ゆっくり吐いてー、口を窄めてゆっくり吐くんだ」

 目を閉じてシグマの指示に従う。シグマの声は聴いているだけでも、なんだか心地良い。深呼吸のおかげか、シグマの声のおかげか不安が薄れていく。

 まるで洗脳されているみたいだ。なんて冗談が浮かぶぐらいには落ち着いた。まだ声が震えて興奮しているのがわかるけど。

「よし、落ち着いたね。で、何を見たんだ?」

「これだ、このレシート」

「LLサイズのスーツケース。なるほどね。酷なことを言うようだけど、案外治人が想像したことが行われていそうだ」

 シグマの言ったことに驚きはしたものの不思議とさっ君たいに取り乱すことはなかった。

「どうしてだ?」

「このスーツケースの内装・・・って言えばいいのかな。中身が見つかったんだ。押し入れの中に」

「少しでも広げるように、中の固定するゴムや小物入れとかを切った」

「そういうことになる」

 シグマがレシートを凝視している間に、車に戻ろうと思い立ち上がってリビングを出ようとした。

「待って、まだ場所が・・・」

 シグマに服を引っ張られ、バランスを崩して倒れた。シグマを下敷きにした体勢で、耳元からシグマの吐息を感じる。

「わ、悪い。今退くから」

「待って」

「え?いやだって、重いだろ?」

「そうじゃない。この床変だ」

「変って、何が」

「とりあえず退け。重い」

 何とも言えない気持ちになりつつも立ち上がる。振り返るとシグマはボロボロのフローリングに耳をあて、ドアをノックするように叩いていた。

「何が」

「しっ」

 コンコンと数か所にノックして違和感のある場所を突き止める。かなり大きく叩いているようで立っていてもかすかに聞こえてくる。シグマは徐々に場所を突き止めていき、リビングの中心でノックした。

「ここ、下が空洞になってる」

「でも鍵や取っ手のようなものなんてないぞ。ちょっと傷がついてるだけで」

 シグマは顎に手を当てて、考え、しばらくすると一番近くの傷に手をやりフローリングをはがした。

「お、おい。流石にやりすぎじゃ・・・」

「ビンゴ。正解を引けた」

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