第42話 天才と忘れ物の邂逅

私は先生のIPを辿り、邂逅の家に居候でもしようとしたのだが、とある、カフェのネットから接続されていた。カフェに向かい、Closeのと書かれたプレートを無視して、店内へ。カウンターに立っていたのは若いヘビースモーカーの女性だった。

「なんだ、あんた。子供が真昼間に来るなんて珍しいね。お客さんなら歓迎・・・と言いたいが、もうお店は終わり。閉店さ。夫が・・・自殺しちまってよ」

図々しくもカウンターに座り、彼女を見上げた。長髪でジーパンにティーシャツという地味な服装だが、スタイルは良い。さらに言えば言葉遣いは荒く万人受けすることないと思った。

「・・・あの、なんで店を畳むんですか?ここ結構立地もいいし、まともな飲食物を安定提供できれば潰れることはないと思いますが」

「それを言われると、ぐうの音もでねえ。続けたいんだが、夫がいないとどうもやる気が出ないんだ」

「せ・・・夫の気持ちに気づけなかったのか?あなたは一番近くにいた人間だ、多少の変化ぐらいは見て取れたのでは?」

 淡々と事実を述べると女性は咥えていた葉巻の火を灰皿で消し、激怒した。焚きつけた自分が思うのはおかしいとは思うが、相手の気持ちを考えれば当然のことだと思った。

「ふざけんじゃない!あんたに何がわかるってんだ!あの人は・・・あの人は隠すのが上手くて、まだ出会って三年も経ってるのに私はなにも理解できてなかった」

「・・・」

 返す言葉もない。きっと初めて吐き出した想いなんだろう。言葉を出せば出すほど涙をこぼしていく。それでも態度は変えないあたり、彼女の芯の強さがわかる。

「何も何も・・どんなにこっちが歩み寄っても、一定の距離を保って・・・私をいつも気遣って・・・」

「優しい人間だった、いや、優し過ぎた・・・だからこそ」

 自らの命を絶った。真面目で自分以外の人間に優しくできる人は思い詰める。人にやさしく、自分に厳しくを地で行くことができてしまう。いや、それしかできないのだ。

 しばらく彼女は涙を流していた。それでも数分だった。

「悪いね、取り乱した。で、何をしろって言うんだ?」

「仮初でもカフェを続けてもらえますか?ここの経営は私がシステム組んでやるので」

「システム?」

「有体に言うならロボットですよ。接客する必要もないです。あなたはせ、夫さんのお店を守れ、ほとんど仕事しないでお金をもらえる」

「へー、で、あんたはそんなたいそうなものをご提供してくれるんだ。何が望みだ?」

「ここに居候させてもらえればそれでいい」

「居候って、親は」

「脈無し」

「なんだいそりゃ、まあいいか。あたしは夫の店を守れるならそれでいいか」

「じゃあ、頼みます」

 女性は再度葉巻に火を点す。シグマには一度終わったことに火を点すように見えた。タバコ、葉巻は健康被害が騒がれ気韻のイメージから大きく外れたことは記憶に懐かしい。客観的に見れば嗜む理由なんてカッコつけや、付き合いぐらいなものだろう。

「・・・一ついいか?」

「なんだ?」

「なぜ、葉巻?なにかこだわりが?」

「ふぅ・・・。こだわりはなかった。元々吸う気はなかった。吸ったのは・・・夫の趣味だったからさ。なんで吸ってるのかすら理解してなかった。でも、吸うとわかったさ。ふぅ・・・一息ついて頭の中をリセットするのさ。口に含んで、吐き出すまでの過程に集中して瞑想するように」

 ふざけたことだ。一時の安らぎのために、未来の健康を犠牲にするなど。理解できないとおもった矢先、ああ、そうかと理解した。

一時じゃない。過去からずっとなんだ。

「ある意味の精神安定剤か」

「そうも言えるね。そうだ、お前の名前は?」

「私の名前は、シグマ。本名じゃないけど、これで覚えてくれ」

「ならあたしもそれにならって・・・ゲンブだ」

 彼女は空っぽなカフェの外を見つめた。彼女の視線を追うと、向かいに見えるゲームセンターが見えた。年中無休で騒がしい過去の実験場と言うべき場所、イメージを守るだけで電気を消費している。今やアーケード筐体なんて片手で数えるぐらいだ。そのゲームセンターの名前はUnforgettable World。

「旦那がゲームで使ってた名前の一部さ」

「人間過去があるから生きていられる。いくら未来を見据えても、現在がないと未来もない。その現在を作るのは過去だ」

「その通りだな。シグマ、あんたは変わった奴だな。わかった。とりあえず、荷物をそこの個室に置きな」

 PC等の大きな荷物はゲンブの車を乗せて運んだ。父親が腐る前で助かった。父親は寝ていることにした。背中にコネクターを付けていたので目立たない。小さいけど大きな利点だと思った。

 お店の奥には寝止まりできるぐらいのスペースがあり、そこを使わせてもらうことになった。カフェとは場違いな和室が瞬く間に、モニターとコード犇めくサイバーパンク風な空間に変わっていた。

「まずは人員を増やしますね」

 ソースコードは特に考えることはない。シンギュラリティの汎用AIなんて使う必要もない。ただこのお店しか使わないのだから、そう苦労はしない。床にコードを付けて移動ルートを決めればいい。材料費は父親の財布からだ。

 数日あればプロトタイプは組みあがる。あとは、数日間のテストを重ねて実用化。一週間もあれば出来上がる。

 デザインこそコードが見え隠れし、メカニカルなものだが、機能性は問題なかった。

「これは天才の所業だな。だが、こうすればもっと良くなる」

「天才じゃない。しかし、なんでメイド服?趣味?自分で着ればいいだろうに」

「似合わないね、あたしには」

 結果として、私が作ってゲンブがある程度手直しをした。あまり良い気分ではないが、居候させてもらっている以上言うのは良くないと判断し、配色など細かなところだけ口出すことにした。

並行してゲンブは開店準備を始めていた。コードを書くよりも面倒な手続きを数日のうちに終わらせ、次週には開店できそうだった。

「急がないとこっちが遅れるな。有能な人間なんだな」

「あんたに言われたくないね、大人には意地があるのさ」

 張り合った結果、初めてカフェに来た日から三週間以内に何もかも終えた。内装を綺麗にして、コードを付けた。サーバーを構築し、個室に居てもその場で注文できるシステムも作った。

「名前はどうする?」

「現在を作るのは過去だ。なら名前もそのままだ」

「言ってくれる」

こうしてメニューはそのままにカフェR&Mは再開店した。向かいにゲームセンターがあるからか客足は悪くない。ゲンブの思いにより、夜はバーとして営業する。ゲンブは何を作らせても客の舌に合わせて味を調節する天才だった。わずかな仕草、口調、服装、声などから判断しているようだった。メニューに書かれているもの以外も作り、メニューに加える。行動を見る限りできないものはないと思われる。

食材だけはどうしているのかだけはわからない。なんでも出てくるようだ。A5ランクの肉から、アマダイやクエなどの高級魚が厨房から何でも出てくる。

「ただ、魚料理は俺の方が美味いな」

「船上仕込みには勝てないかー」

「死ぬほど捌かされたし、味付けも頭に叩き込まれたもんが案外役に立った」

「シグマも厨房に立つか?その腕なら料亭だってやってけるよ?」

「俺の手はいつも汚れてる。汚れた人間の手料理で稼ぐ期にはならん」

 ゲンブは口を閉じた。茶化すべきなのか、無視を決め込むべきなのか。そもそも触れていいものなのか。


 それは最終的に腐るべくして腐った。どれだけ防腐処置しても腐る。雨が空から地面に落ちるように。その体が動くことは二度となかった。特に興味もないが、色々とバレてしまったら咎められてしまうと考えた。ゲンブに頼み、山に死体を遺棄した。大量の果物と一緒に、果物の木の下に。

当たり前の話だが終始ゲンブは渋い顔をしていた。葉巻も吸わずに。

数日後当然というか、自然の摂理に任せた結果。父親は大量の噛み傷のついた骨となって見つかった。検視の結果父親とわかる程度でかなり都合がよかった。

形だけの家族葬が終わり中学三年になるころには対面で治人と話すことはなくなった。週に一度メッセージをやり取りする程度。治人は学校や部活が忙しいようだった。寂しさを紛らわすために同級生と一緒に遊んで、妹と笑って。

そして。治人にとって一番の出来事が起きた。

これがきっかけになって、治人は心を閉ざし、壊れていった。

目につく全てを否定して、この世全てを憎悪して、自分の体を、心をすり潰して。壊れていった。

誰の手も取らず、誰の救いも望まず、破滅を望み壊れていった。


「シグマの日記?案外メルヘンチックな字してるのね。驚いた。天才ってもっとミミズ張りみたいな文字してるイメージだけど。というか、なんで時系列がおかしいの?」

「それは、書いた日付を見ればわかるだろう?そもsも、江梨。勝手に人の日記を読むな、というか私は天才じゃない」

「そんな否定しなくても、ミノネクトを完成させたのはシグマでしょうに」

「いいかい?私一人では完成しなかったものだ。真の天才ならば誰の手を借りず作り上げているだろうさ。さ、君はいち早くミノネクトを使って仕事があるだろう?こんな覚書のような日記なんて読んでないでさっさと仕事をしろ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る