第36話 ひっ迫した状況は何度でも
「やめてよ!彼が何したっていうの⁉」
「お前が話すからだろ⁉俺が、お前を誘拐した犯人だって‼」
「ほお、それは本当か?武矢。私が聞いた話とはずいぶん違うようだが」
叔父の背後、背の高いスーツ姿の男が立っていた。神前に似た雰囲気、それもこのVRに入る前に抱いていた神前へのイメージに近い雰囲気。人目を惹き、巻き込み他を圧倒するような威圧感。銀色の眼鏡が差し込む夕日に照らされ威圧的に光る。
「あ、彰人、ほ、ほんとに、来るなら言えって」
「私は玲奈を通して伝えたはずだが?おそらくそれを無碍にしたのだろう?な?いつものことだ。お前には感謝して、玲奈を預けて、仕送りもしていたのにも拘らずこんな扱いとはな。失望したよ」
眼鏡をくいっと上げ、表情を隠すも、眉間に寄った皺と、殺気だった目は隠せない。叔父は後ずさるも、玲奈にぶつかって、冷や汗が頬を伝った。
「そ、そうだ。でも俺はこいつの面倒を見てきた。コイツの親は俺だ‼」
「お前、忘れたのか?なんで玲奈を預けたのかを」
「は、は?どどど、どうせ、政治だろ?」
「もちろん、私が忙しかったこともあるさ。離婚に選挙と子供一人見ることすら難しかったさ。でもな、俺はこう言ったはずだ。京子さんの希望もあって預ける。これを機にせめて性根を直せってな‼」
彰人は叔父の胸倉をつかみ、大声で怒鳴る。そのままいつ殴るのか、絞め殺すのかわからない程、殺気が立ち込め、怒られているわけでもないのに冷や汗が止まらない。全身の毛穴から汗が伝うのを感じる。息を吸い込むたびに下あごが痙攣して、目がちかちかする。
「お前は大人になっても子供のままだ‼いい加減にしろ‼」
「あ、あ、ひい」
「なんとか言えよ、クソ野郎‼いいか!今、ここで、お前を殴ってもいい‼玲奈のためなら不祥事を起こして選挙に出られなくなってもいい‼それでもお前を豚箱にぶち込めるならな‼‼なあ、なんでお前を殴らないかわかるか⁉」
「わ、わかり、ましぇん」
「殴る価値もねぇからだよ‼お前は殴っても気持ちよくないクソ野郎だぁ‼‼」
叔父は気絶し、白目を向いている。無理もない。
俺は体を起こそうとすると、彰人に手を指し伸ばされた。俺はそれを掴み、立ち上がった。
「君が治人君だね。いやあ、巻き込んですまないね。それに娘が世話になったみたいだ」
頭を深々と下げる彰人にあたふたしていると、玲奈が笑っているのが見えた。この笑顔を見たくて頑張っていたのだと思った。ああ、見られてよかった。
場所を移し、リビングに移動した。叔父もとい、神前武矢は縄に縛られ横たわっている。テーブルに麦茶が出され、席に着く。
「お、お父さんも麦茶でいい?」
「ああ」
「・・・」
何を話せばいいのかわからないまま、玲奈を見てちょっと会釈して、「いただきます」と麦茶を一口。R&Mでの“あーん“のように味なんて当然わからない。玲奈が席に着くと、彰人は申し訳なさそうに口を開く。
「玲奈。今まで悪かったな。こんな状況とはまさか思わなくてな。無理してでも、私が面倒を見るべきだった。そうじゃなくても、中学にあがった時点で迎えに来ればよかったんだが、玲奈も難しい年ごろだろうと思ってな、すまん」
「ううん。いいの。気にしてない」
「そうか、ありがとうな。玲奈」
玲奈の目から涙がこぼれる。伝う雫を拭わずに、笑った。それを見て、彰人も何度もうなずいて、少し笑った。自分が場違いな気もするが、今帰ることの方が問題だろうと思う。それに、いい場面だ。直接見ずに、テレビで見ればきっと後ろめたさ無しで見ていただろう。
「治人君。君は、玲奈の恋人かな。いやあ、複雑だよ。素直に喜ぶ気持ちと、娘をやりたくない気持ちがせめぎあっているんだ。それでも感謝しているんだよ?」
多分冗談で言っているのだろうけど、目が笑ってない。怖い。俺もそこで転がっている神前武矢みたいに怒られるのだと思うと、失神どころか失禁までするだろう。
「い、いやあー、その、恋人じゃないデス」
目を逸らして。答える。
「じゃあ、友達か。でも友達で部屋に招くなんて、ちょっとお父さん心配だな」
ターゲットが玲奈に行った。玲奈もどう答えようか迷っているようで、視点がグルグルしている。
「お、お父さん。あ、あのね、この人は友達・・・じゃなくて、その、はい、私の恋人です」
「え⁉え?ええ?あの」
「そうかそうか、じゃあ、ちょっと厳しく見ようかな~治人、君」
笑顔ではなく、玲奈が時折見せる悪いことを考えている顔にそっくりな、悪い顔。ルーツはここだった。
いや、待て待て、そんなことよりも、恋人⁉まだ告白もしてないだろう⁉
ちらりと玲奈を見ると、小さく手でごめんのポーズ。
売られた。完全に擦り付けられた。もう引くに引けない。
「えっと、はい。すみません。僕は玲奈さんの彼女ですっ‼」
こうして、一連の騒動は幕を閉じ、神前玲奈、もとい、陣玲奈は晴れて俺の恋人になった。何やら彰人の視線が痛いけど、内心はうれしかった。親の前、しかも人生が変わるようなイベントの後ということを除けば、今すぐにでも彼女を抱きしめたかった。
そんな感情を抑え、話題は今後のことに。
「玲奈。どうする?引っ越して私の家に住むか?ここは時機に住めなくなるだろう」
「うん、そうしたい。でも、高校が・・・」
「大丈夫だ。私が学費と交通費を出す。今まで面倒見れなかったからね」
転校という話はなくなった。それでも一つ問題が残っている。呼び名だ。今まで神前と名字で呼んできたわけだが、彰人が預かるので苗字も変えるそうだ。
「そうだ、下の名前で呼んでよ。玲奈って」
「下の名前・・・」
ちらっと麦茶をすする彰人を見ると、ガッツリこっちを見ていた。なに親の前でいちゃついてんだ。この野郎とでも言いたげだ。この状況でもいつものペースを取り戻した玲奈が異質というべきなのだろうか。
「今度じゃダメかな?」
「だーめ」
「・・・」
待って。無言怖い。何も言ってないのに、何を言いたいか分かるのが嫌だ。目は口程に物を言うとかいうけど、こんなのは嫌だ。
「れ、玲奈・・・」と言いかけて、彰人の眉がぴくっと動き、慌てて「さん」を付ける。
「別にさんいらないのに」
今日ほど胃に穴が開きそうだと思う日は金輪際来ないだろう。そう思わずにはいられないのだが。目の前で見たこともない顔で喜んでいる彼女を見ると、どうでもよくなった。なんて言ったって初めての彼女がこんな素敵な人なのだ。自分と付き合えて嬉しいと笑う人の前で渋い顔をしていられる人間がどこにいる。ちらり彰人に目をやると、複雑な表情をしているものの、怒っているわけでは無い様だった。
家から出るとき視線を感じて振り返った。玲奈と陣が見送っていただけだった。でも違和感が残っていた。
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