第35話 答え合わせ
神前家は老朽化した一軒家だった。あちこち応急処置であろうブルーシート張られ、塗装がはげたところは当然のように錆びついている。こんなあばら家は非常に珍しい、見かけることはまずない。“過去”と“現代”どちらでもあばら家に住む人が亡くなり次第、不動産会社が土地を買い取って安い建築費で建てた家を高額で売り付けられているからだ。
インターホンはなく、ボタンを押せば呼び鈴が鳴るチャイムだけ。
「大丈夫だよな、合ってるよな」
何度も表札を確認して恐る恐るチャイムを鳴らす。音をどれくらい鳴らせばいいのかわからないので三秒ほど押し込んだ。
「・・・」
押したこちらには聞こえない仕様なのかと、数十秒待っても誰も現れる気配がない。何度もボタンを押しても無音のまま誰も現れないため、ドアを叩く。すると、ドタドタと足音が玄関に入ってもいないのにダイレクトに聞こえてくる。ゆっくりドアが開けられ、神前が現れる。
「もしかして、何度もチャイムならした?」
「あーうん、三秒押し込んでも出ないし、何度もボタン押しちゃった。ダメだった?」
「連打はいいんだけど、このチャイム五秒ぐらい長く押さないとならないんだ」
「そうなのか」
神前は謝りながら、俺を招き入れた。玄関内も昭和感が漂っていた。ボロいから仕方ないなどとつぶやく神前は申し訳なさそうだった。特に貧富の差などは気にする主義ではないが、ギャップに驚かされた。一般的な住宅よりも高級感のある広く庭もあって、車は野ざらしではなくちゃんと車庫に止めてあるイメージだった。これらは普段の神前の雰囲気から勝手にイメージしたものだった。
客間に通されると思いきや、いきなり神前の部屋に連れていかれた。神前の部屋は勝手なイメージに近いものだった。六畳と若干狭いもののしっかりと整理整頓され、清潔感のある部屋だ。壁紙から床まで手を加えたことを想像するにはそう難くない。
「ちょっと散らかってるけど、なんて君に言う言葉じゃないね。まあくつろいで」
「はい、すみません・・・お邪魔します」
女性の部屋に入るのは初めてではない。幼い頃に琉亞の部屋に入って遊んでいた。その頃と今ではきっと別物のように変わっているのだろうと、手が震える自分を誤魔化す。別に嫌ではない。単に、改まって神前と向き合うこと、しかも神前の部屋というシチュエーションに緊張しているだけだ。中央のテーブルの前に座って少しでも落ち着けるようにしていく。
枕元にある、電波時計には約束の時間ピッタリが表示されていた。
「珍しく緊張してるんだ。お父さんに会うから」
「いきなり本題に行くんだね。もっと他のことを話すかと」
「そんな余裕無いの分かって聞いてますよね」
神前はベッドわきに座りニヤッと笑うが、いつもよりは控え目に見える。
「どうかな」
「生徒会長として全校生徒の前に立って話すのと何が違うんです?」
「その生徒会長として立つからだよ。生徒会長という肩書を持たなければ遠慮したい気持ちはあるよ」
「ならなんで・・・ってそういえば聞きましたね。生徒会長やっている理由」
「話したことあっただろうか」
「ほら体育館裏で」
「そうだったかな」
正確には“過去”の体育館裏で聞いた。転校する二週間前に体育館裏で呆けている神前に出会った。始めは生徒会長だなんて気づかなかった。そもそも、俺は面倒事に巻き込まれるなと直感でわかったので、会いたくはなかったのだが、神前はそんな思いに気づいていたにも拘らず、なぜか俺を話し相手にした。次の日もここへ来るように勝手な約束をして、行かないでいると、いつの間にか入っていた連絡先から電話が来るのだ。生徒会長と気づいてからもなんだかんだ続き、転校する前日には手に花束を持って現れてあげると言われたときは本当に困った。その花束をいつか返そうと思ってドライフラワーにして残してある自分はもっと理解できないだろう。自分でもどうかと思うが、してみたくなったのだから仕方なかった。そもそも神前からドライフラワーの話を聞いていたからだ。“現代ではもうボロボロだが。”
「・・・それドライフラワーですか?そこカーテンレールにドライフラワーが飾ってある」
「ああ、よく知ってるね、ドライフラワーなんて」
「詳しい人が身近にいたので。もしかして手作りですか?」
「本当は生け花をする予定だったの。でも叔父さんがね。そんな直ぐゴミになるものなんか買ってきてって言うから、それに反抗して始めたかな」
おそらく神前がしたいであろう何でもない会話。緊張を少しでも和らげたいだけ。そんな会話を続けていると、神前が時折、叔父の愚痴を挟んでいることに気づく。きっと家でも学校でもこんな風に愚痴を言う相手なんていなかったのだろう。時間が経つにつれ、愚痴が増え次第に叔父の話題になった。
「それで、勉強以外も目についたものが気に食わないとすぐ捨てるから色々隠すのも大変で」
「ミニマリストなのかな、個人でやる分には問題ないんだろうけど、それを押し付けないで欲しいですね」
「そうだよね。私もそう思う・・・」
ふと神前が暗闇が苦手なことを思い出した。もしかしたら叔父さんが原因なのかもしれないと、ほんの会話の種になればと聞いてみる。
「もしかして、神前が暗闇が苦手なのって」
「・・・そうだね、叔父さんが原因」
神前は急に俯いた。さっきまでの饒舌はどこへやら、コミュ障のように返す言葉に詰まっている。地雷を踏んでしまったのかと思い別の話題を探していると神前は口を開いた。
「叔父さんに誘拐されたとき大きなスーツケースの中に隠されて」
「ごめん、別の話題にしよう」
「いい、大丈夫。あの日私は―――」
両親を家で待っているとインターホンが鳴り、出ると目出し帽の男の人が立っていた。幼かった神前は、あっという間に拘束されスーツケースに入れられ、どこか山に連れていかれた。ずっとスーツケースに入れられ、ファスナーから見えるわずかな光が消える度に不安になってトラウマになった。トイレを我慢できなくて、声を出そうにもタオルで口をふさがれているから、うめき声しか出せないときに叔父がスーツケースを開けて、拘束を解いてくれた。始めは助けてくれたと思ったけど、服装が目出し帽の男と同じだったことに気づいた。でも、拘束を解く手が震えていたり、青ざめた顔を見て不本意ながらやったのだと思った。また子供ができなくて義母さんが陣さんに愚痴っていることを知っているため叔父を庇った。これが、一三年前の神前・・・陣玲奈誘拐事件の真相。
「俺とシグマで推理した通りなんだな」
「うん、だからびっくりして、言われたときはつい逃げちゃった。その時にシグマって聞いて気になってたんだ。どんな非情な人間なんだろうって」
「出会ったら、嵐のような天才だったと」
二人ぎこちなく笑うと、部屋のドアが開いて怒号が響いた。
「何話してやがる⁉」
玲奈とは似ても似つかない顔に小柄で、顔の皺が濃い男性がヤニに汚れた歯をむき出しにして立っていた。部屋に何も断りなく入り込むと、俺の後頭部を殴り、後ろにのけぞったところを何度も蹴られる。当たり前だが、痛い。それでも耐えられない程じゃないし、反撃もできるでも、する必要がないと再度枕元の時計を見て確信する。これならすぐ来るはずだ。
約束の時間だ。
「この!こいつになんで話した⁉なあ!玲奈‼俺の金で生きてる乞食が‼お前は色恋沙汰にかまけてないで、将来、お前に使ったお金を返させて、俺らを楽にするためにいい大学に入らせるんだからな‼」
黙り込む神前でもなく、叔父の足を抑えようとしているものの男性の力を抑えることは難しく、俺の体に蹴りが何度も当たる。
まだか、まだ来ないのか⁉
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