第34話 私がアンダーリムをかけてる理由、知ってる?
住所がスマホに送られてきて、確認すると神前家はそこまで遠くはないが、高校よりは遠い程度だ。陣のメールには一六時以降と書かれていたが、一五時には着くようにしてほしいと言われため早めに家を出た。
「少しというか、速すぎるな」
案の定一四時半に着いてしまった。近所のコンビニに駆け込み、暑さを避ける。店内ラジオで『急に熱くなったり、春前の寒さが返ってきたりと不安定な天気ですが』と天気予報が始まった。
『本日は日中から雲一つない快晴ですが、夜から曇りはじめ、明日は雨となるでしょう』
「雨か」と高校以外に予定もないがつい口に出してしまう。その何でもない独り言に、背後から『何かあるの?』と疑問をぶつけられた。振り返るとアンダーリムの眼鏡をかけた琉亞が立っていた。
「偶然だね。そうか、家がここらへんだっけ。こんにちは、アンダーリム」
「せめて私に話しかけて欲しい!まあ、いつも通り眼鏡馬鹿だね、ハル」
「悪い、あまりにもアンダーリムがキレイで、ついね」
呆れたため息を零す琉亞の手には、メロンパンが一つ。いや、胸を含めれば三つ・・・なんてセクハラ発言は飲み込んだ。どうやら遅めの昼食を買いに来たらしい。
「今日は何かあったの?」
「ちょっと調べ物かな。あ、デリカシーがあるなら聞かないでよ。乙女の秘密だから」
「そうか、なら聞かないでおくよ」
「そういうハルはどうしたの?こんなところまで」
かくかくしかじか。と便利に伝えられれば良かったが、おとなしくここまでの出来事を話して、今の状況を説明した。琉亞は終始、意外なだと目を丸くして聞いていた。一応、問題になるため、父親が陣ということだけは避けた。
「神前さんってイメージと違うね。もっと真面目で聡明というか、完全無欠のイメージだった。そういえば、告白はしたの?」
「は?い、いやまだだけど?」
琉亞はちょっと間をおいて口を開いた。
「何と言いますか、話を聞く限りだと、ちょっと臆病な現代版かぐや姫だね」
「ちょっと臆病な現代版かぐや姫?」
クエッションマークを浮かべる俺に、琉亞は解説を始めた。
「かぐや姫って、竹取の翁が光る竹からかぐや姫を見つける。それで成長したかぐや姫は綺麗な人になったが、なぜか結婚しない。それどころか言い寄る男性に無理難題を言い渡すほどだった。それは月に帰るからだった。別れを惜しむ中、かぐや姫が月の使いによって月に帰るというものじゃない?」
「そうだな、帰るときにかぐや姫は不老不死の薬を翁に渡すなんて話もあるが、大体のあらすじはその通りだ。で、どこがちょっと臆病な現代版かぐや姫なんだ?」
「まず、竹取の翁が親戚の叔父さんで神前さんを経緯はどうあれ誘拐事件で見つけた。神前さんは生徒会長を務めるほど立派に育った。でも進学校には入らなかった。また、恋愛の“れ”の字もなかった。そんな中、ハルが現れた。ハルに新入生歓迎会の手伝いを強要。ハルに惹かれつつも、神前さんは外堀を埋めるだけで、お互い告白までいかない」
確かにそうだ。俺はシグマに勇気がないと指摘されたが、神前に明確な好意があるにも拘らず、告白してくる気配もない。神前のようなタイプは自分から告白することもあるだろう。
そう考えて、はっとした。だから“ちょっと臆病”なのかと納得した。
「それで、神前の実父が月の使い。でも、これだと、神前は転校することにならないか?」
「下手すればあり得る話じゃない?このまま親権が実父さんに戻るなら、高校を変える可能性も少なからずあると思うけど」
「あ・・・」
盲点だった。そう悔やむのと同時に、なにが“ちょっと”だと。心の中で笑った。文字通り頭を抱える俺に琉亞はちょっと早口でフォローを入れる。
「で、でも転校じゃなくても、姓が変わるのはほぼ確定じゃないかな?」
「だといいな・・・もしかして、今日が結構重要な日?」
「第三者視点から見ても重要かな」
今更ではあるが、他のお客さんがいないことをちらっと確認して、頭を抱えたまましゃがみ込む。
「もっと気楽なものだと」
「女の子の家に行くときは大体覚悟していくことだね」
「女子から言われると、なんか重いな」
「重いとか言わないでよ」
立ち上がって、伸びをしてリラックスしている風を装う。そうでもしないと、手の震えを見られてしまいそうだった。
「何か勇気づける言葉はないか?なんか、なんか頭の中がどうにかなってしまいそうだ」
「そうだね~、こんなのはどうかな?眼鏡馬鹿さん」
琉亞はアンダーリムのテンプルを摘み、ちょっとモデルのように微笑んだ。
「私がアンダーリムをかけてる理由、知ってる?」
「さあ?」
「それは、上を向く時ぐらいシームレスでいたいから」
「なんだそれ、誰の言葉だ」
琉亞は指を指した。他でもない、俺に向かって。
「ハルがアンダーリムが好きな理由を語ってた時に、いい言葉だなって思ったから格言にさせてもらったの」
人のことを眼鏡馬鹿という割には、琉亞こそ眼鏡が好きなようだ。テンプルを撫でたりするあたり、完全にその気がある。この際本人が理解しているのかは置いておこう。
「ありがと、なんか元気出たわ。ありがとうアンダーリム」
「だからせめて私に、まあいいか。・・・って時間大丈夫?」
スマホを開いて確認すると、残り十分で約束の時刻だった。メロンパンを三つ抱える琉亞を置いてコンビニを出て駆けだした。琉亞もなんだかんだ世話焼きだと思った。長い付き合いでもたった数週間話さないと、その後一切話さない人も居るのに。俺や冬彦の話に付き合ってくれる友人に感謝しながら地面を蹴った。
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