第37話 謳歌しよう。この幸せを噛みしめるように

後日談というか、神前武矢が自首した。

あの後、目を覚ました神前武矢を彰人が警察まで連れて行った。玲奈の話によると、警察署に入ってすぐ、その場にしゃがみ込み大の大人が大声で泣いていたという。それは情けない姿で、署内の人間の数名は笑っていたそうだ。彰人のおかげで泣きながらも、自分の罪を告白し、取調室に連れて行かされ事情聴取。証拠のスーツケースの隠し場所や動機を話して逮捕。ちなみに動機は私欲に塗れたもので。

「あ、彰人のぉ、足を引っ張ってぇ、あいつに、は、はじぉぉお、か、かせたかったぁ」

 証拠のスーツケースには玲奈の髪と指紋の他に重要な証拠があったそうなのだが、玲奈は顔を赤くして話してはくれなかった。なぜだろうかと、聞いたら頬を思いっきりつねられた。

今回の騒動がニュースになるかと思ったが、陣の選挙のこともあるので表には出ず、陣の当選だけが報道された。圧力をかけたのだろう。

彰人が玲奈について言及していて、数年か前に再開していたように話していた。あえて伏せないところは親馬鹿な一面と言えるだろうか。それでも前見たときよりも良い顔をして笑っていた。

玲奈は事情聴取と引っ越しのため数日学校に来なかったが、元気な顔を見たいからと夜中にビデオ電話を毎晩していたため、寂しくはなかった。一応、周りには今回の事件のことは伏せられたが、苗字が変わりニュースも相まって見る目を変える人が多かった。玲奈はなぜか告白されるようになったと笑っていた。こっちとしては笑い事ではないのだが。

 そんな玲奈はとあることを夏休み前、最後の月初めに全校生徒の前で宣言していた。

「少し遅くなりましたが、球技大会を行いたいと思います。急な開催ですが、今回は生徒会だけでなく先生方も一緒になって準備します。自由参加ですが気軽に参加してください」

 夏休み前の最後の休みに球技大会を行って、気持ちよく夏休みを迎えられるようにと玲奈が提案したらしい。もちろん急なものだったが、意外にも伊藤先生を中心とした若い先生が協力的であり、激務をこなしてきた生徒会としては比較的楽な仕事だった。そう、当然のように手伝わされた。競技内容を決定するためにあらかじめ全クラスにアンケートを配り、それを回収して集計するまでなんだかんだ雑用を任されていた。生徒会じゃないけど、良い経験だったと納得しておこうと思う。玲奈の傍で笑っていられたのだから。それで良いと思う。

もう既に俺の知っている“過去”ではない。最高の青春を過ごせていることを、シグマに感謝したいのだが、R&Mでの騒動以来一度も会えていない。学校にも来ていないようで、電話しても出ることはなかった。いつものことだと思って。

 そして、球技大会の日。先生方の協力もあり、生徒の参加率も高く、開催までに大きな問題は起こらず、ゼッケンの数が足りないなど小さな問題が起きても代用品を既に用意しているなど事前準備により早急に対処していた。

「選手宣誓、私たちは正々堂々戦うことを誓います。生徒会長、か、陣玲奈」

 競技は、野球、バスケ、卓球、サッカーで運動が苦手な人でも楽しめるようにと、応援席が設けられ、メガホンも配られた。基本的にランダムで決められた二つのクラスが一つのチームとなり、その中から各自出たい競技に出て勝敗によってポイントを得る、一番多くのポイントを得たチームが優勝で、記念品がもらえるとのことで各チームやる気に満ちていた。でも、図ったかのように。

「偶然だね、治人君」

「ほんとに偶然ですか?玲奈さん」

 同じチーム。当然嬉しい。だけど。だけど。外野がうるさい。特に冬彦。

「おうおう、治人サンよ、後ろにも目を付けておくんだな」

「無茶なことを言うなよ、お前こそ、彼女作ればいいじゃないか」

「その言葉をお前にだけは言われたくなかった。でも安心しろ。俺に彼女がいなくても、彼女候補は何人もいるんだぜ」

「遊ぶなよ・・・というか、お前こそ後ろにも目を付けた方がいいと思うぞ。男よりも女の方が恋愛に対して強いぞ」

「そうだよ、フユ。フユ宛にプレゼントを持ってくる私の身にもなってよね」

 試合開始前の体育館に琉亞が大きな袋を持って来ていた。冬彦は受け取り、その場で開けると大量のお菓子。見た目こそ普通のものだ。玲奈と琉亞が苦い顔をしても遅かった。躊躇いもなくいくつか口に放り込んだ後だった。

「うぅ!なんだこれ、なんか入ってる、うわ、これ誰からだよ、髪の毛入ってるぞ‼」

「二組のクルミちゃん」

「だからさっき忠告したのに」

「あんまり、乙女心を弄ぶものじゃないよ。寒葉クンを見習いな」

「はい、すびません」

「私たちじゃなくて、クルミちゃんたちに言おうね」

 冬彦は災難なアクシデントが起きたものの、バスケの活躍は、目覚ましいものだった。一試合目でその実力が垣間見られた。どこからともなく現れ、ボールを奪って得点を稼ぎ。個人プレイだけでなく、周りを見てパスカットされないコースを探しチームの司令塔の役割もこなしていた。

一方、俺は卓球で苦戦続きだった。卓球に初心者はあまり寄り付かない。それもそのはず、この高校はインターハイで好成績を残すことで地域では有名だったからだ。全国に行ってそこそこ良い成績を残した先輩もいたほどだ。そのためほぼ卓球部なため、一回戦のみグループ内で総当たり戦の全五回戦のトーナメント形式で行われた。

「⒑―⒑(テンオール)、デュース」

「すうぅ、ふう」

「サっ!」

 終始接戦であり、一試合やるだけでもかなりの体力が持っていかれ、セットを取られることがあっても何とか無敗で三回戦まで来ている。それも玲奈がいるから頑張れているのだと思う。

「⒒―⒑」

「さっ!」

「サービスエース、⒓―⒑」

誰かのために何かを頑張るってこんなに力が湧くなんて知らなかった。


 昼休みは珍しく屋上が解放された。玲奈曰く、伊藤先生の気遣いだそうだ。案の定、屋上は人でごった返していたので、自分たちのクラスの1―6で食べることになった。その玲奈は用事があるとかで、離席している。すぐに戻ると言っていたが、既に二十分が経過し、休憩時間の半分を切った。

「連絡もないのか?」

「ああ、なんか携帯が繋がらないんだ」

「何かあったのかな?心配だね。とりあえず、私が作ってきたお弁当少し食べる?」

「・・・ありがたいけど、遠慮させてもらうよ」

「治人。遠慮するな、もしこのまま帰ってこなかったら何も食べずに準決だろ?食えって」

「そうだよ、ハル、食べて」

「あ、ああ」

 三人で琉亞が作ってきた弁当を食べる。玲奈と二人で四人分のお弁当を作ると言っていたので、少し量は少ないが美味しかった。コンビニ弁当や自分で作るよりも、知っている人の手作りの方が美味しいななんて、のんきなことを考えているとき携帯が鳴った。

「生徒会長サンか?」

「いや、シグマだ」

「え?」

 シグマが連絡してきたというだけで、既に確信に変わりつつある、悪い予感を電話越しで告げられる。

『陣玲奈が誘拐された、今すぐ校門に来い』

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