第32話 変わらないこと

「みんなそろそろ慣れてきたころだし、席替えをしたいと思いまーす」

伊藤先生がSHR(ショートホームルーム)の時間に席替えを提案した。シグマと神前の問答から既に二週間が過ぎようとしていた。学生生活というのは記憶の中よりも、光陰矢の如し。朝登校して、放課後に部活、帰宅して家のことをやって二十二時前。自分の時間を三十分として、遅くても日付が変わるころには翌日に備えて寝なければならない。その上、シグマは欠席が多くなり、神前も会えない日々が続いている。学生の日常は甘酸っぱい日々の連続ではないことを思い出した。

それでも席替えというのは学生にとっては良い刺激になるイベント。中にはフェスガチャなどとソシャゲのように捉える人間もいた。

 そんなイベントにある一つのことを思い出していた。“過去”の出来事が再現されているならば、ここである人物に出会うからだ。

「はーい、うちのクラスは、三十二人で、男女比が1:1だから、私が一から一六までの数字を書いて箱に入れるから、引きたい人から並べー」

 伊藤先生の言葉を皮切りに、一斉に動き出しお団子を作るも、数十秒すれば男女で別れた二列が出来上がっていた。日本人ならではの深層心理だ。

 列の最後がわかるまで並ばず、“過去”と同じ行動をとった。出会いたいわけじゃない。と本心を隠しても、懐かしい顔に出会いたいと思う気持ちは隠しきれなかった。

「イレギュラー続きでも、一緒のところはやっぱりあるんだな」

「治人はどんなだった?俺は青春ポジションの窓際だ。漫画やアニメだと主人公たちが良く座ってる場所だ。どうだ、羨ましいだろ」

 冬彦に一六番と書かれた紙を見せられる。俺も冬彦も漫画やアニメなどのサブカルチャーが好きであり、“過去”では俺も狙っていた席だ。

「冬彦ってこういう時だけ、運がいいよな。」

「こういう時って言うなよ、俺は普通に運が良いんだ。というか、そういうお前こそ、席どこだよ」

「なんともまあ、運が良いのか悪いのか、初期位置と同じ十一番だ」

「人はそれを運が悪いというんだぜ、知ってたか?」

「わー、知らなかったー、冬彦君って凄いんだね、きっとテストの点数は全教科満点だね(棒)」

「あ、ああそうさ、この俺にかかれば現国だろうと数学だろうと満点取るのが当たり前だ」

「言ったな、言質取ったからな。・・・っと、そろそろ席替えないと終わらないな」

 下らない青春のやり取りを終わらせて、冬彦を黒板に十六と書かれた場所に行かせる。俺は特に動く必要ないのだが。

「あれ、治人君は移動してない、どうする?」

「いや気にしないでください。ここから見る先生が好きなのでー」

「ちょっと、は、治人君⁉先生をからかわないの‼」

 なんてことない冗談にクラス中が笑いだす。俺みたいな人間が言った下手な冗談でも笑いが起きるほど良い雰囲気がこのクラスの持ち味だ。

「生徒会長の次は先生か?治人」

「うるせぇ!冬彦、お前にだけは言われたくないわ!昨日彼女と別れた癖に」

「言うな馬鹿!」

「はいはい、そこらへんにして。そろそろみんな帰る時間よ、日直挨拶して」

 日直の帰りの挨拶が終わり、カバンに荷物を入れている隣から声をかけられた。

「治人君、って意外と面白いこと言うんだ。もっと無口なイメージだったけど、印象違うな~」

「それは褒めてるのか、けなしているのかわからないな」

「褒めてるの、私、千奈 明。メイちゃんって呼んで」

 千奈 明。髪を茶髪に染め、カールのかかったポニーテールで、スタイルも神前や琉亞を超えてくる抜群のボディ。学校だからか化粧は非常に薄いものの、素材が良いので文句なしの美人だ。

「千奈さん」

「うわ、なんか今全身の産毛が逆立った!せめて“さん”は取って、お願い」

「千奈」

「うん、マシだね。よろしく、ハル君」

 この千奈こそ席替えで出会った人だ。“過去”で幼馴染の琉亞を除けば、この高校で一番仲良くなった女子と言っても過言ではない。正直なことを言えば、初めは千奈のことを好きになる予定だった。それがシグマと江梨などの人間に介入されて、今は神前のことが気になっている。もちろん、今更変えるつもりもないし、シグマたちには感謝している。

「で、何か用?」

「んいや、ただの挨拶。あたしさ、馬鹿だから授業中にお世話になることがあるからさ」

「なるほどね、気が向いたら手伝うこともあるかも」

「あたしは常に手伝ってほしいってば~」

「なんか誤解を生む発言だな、さて、俺は部活行くよ。じゃあね、千奈」

「うん、バイバーイ。また明日ね~」

 千奈はコミュニケーション能力が高く、このクラスだけでなく他のクラス、学年とも壁なく話せる。が、学力がこの高校でもかなり下の方で、高校時代何度も助けたことがあった。それでも、コミュ力だけなくスタイルまで良い彼女のことを下に見る人間はそうはいない。彼女自身フランクに話せるので、俺も話しやすい人間だ。

部活の帰り道、シグマから電話があった。

「どうした」

『どうもない、ただ色々準備が整っただけ、その報告だ』

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