第30話 三度目の正直 VSシグマ

商店街の端まで見終えてしまった。それでもお昼にはまだ早い時間。神前が気になる看板を見つけた。

「釣り堀・・・君は釣りができるほう?」

「昔シグマに連れられて何度か」

「シグマ?」

「ああ、えっと、俺の友達です。小学校からの。あいつ一人でも釣りに行くぐらい好きで、俺も良く誘われて行ってました」

「私も興味がないわけじゃないし、そんな人が小さい頃から居ればよかったのにな。よし、行ってみようか」

「いいですけど、せっかくの服が汚れちゃいますよ」

「大丈夫、大丈夫」

 釣り堀と書かれた場所は室内と室外に分かれそれぞれ釣れるものが異なるようだ。室内では、金魚と小さめの鯉。室外では大きめの鯉が釣れるようだった。日も出ているので、室内でと言ったが、神前は自信満々にバッグから折り畳みの日傘を取り出したので室外になった。

「いらっしゃい」

「ふた・・・」

「一人分でお願いします」

どうやら神前は俺が釣っているのを見ていたいらしく、こちらを見ていつものようにニヤニヤしていた。

料金は一人1時間500円。釣り堀で良く用いられる竹竿を使用し、浮き有り、エサは練り餌。縦三メートル、横五メートル程の小さな室外の池を囲うように椅子と呼べるか怪しい木箱が並べられていた。魚を入れる魚籠を引っ掛け、適当に腰を据えると、慣れない手つきで竿に巻かれた仕掛けをほどいていく。エサを付け終えるまで約五分。シグマが居たら二分もかからず終えて一匹目を掛けている頃だろう。

「・・・」

「・・・だめだ、ヒットはするけど合わせられない」

シグマに連れられて釣りをしたことがあるものの、ルアーが多くエサの経験は浅かったため、難易度も相まって開始から十分。釣果無し。

「自然相手なら何も釣れないのはわかるが案外難しいんだ。もっと釣れるものだと思ってた」

「多分、俺が下手なだけです。すみません」

「別に攻めているわけじゃないよ、ちょっと意外だっただけ。それにしても・・・こんな風に過ごすのも悪くないね」

 時々頬を撫でるようなそよ風が吹く。循環と水流を作るために水が角から湧き出ている音も今は心地良い。肌に汗が滲む程度には暑いものの、神前が気を遣い日傘の中に入れてくれていた。

 二人無言が続くも、嫌ではない沈黙の時間。その間一生懸命、合わせているも残り時間三十分になっても竿先がしなることはなかった。

「すいません、まだ何も」

「気にすることじゃない。それに私はこんな静かな時間は好きだ」

「神前・・・」

「何か気まずいなら、そうだ、そのシグマという人について話してくれない?」

「シグマのこと、ですか。どこから話せばいいのかな」

「そもそもシグマってのは本名じゃないんだろう?」

「はい。俺が小さい頃やっていたゲームから取った名前です。本名は」

「本名は言わなくていいよ、今の私はシグマだ」

 噂をすれば影が差す。シグマが対面のに釣竿を持って現れた。突然現れたことでつい竿を上げてしまい、針からエサが落ちた。

「なんで、ここに?まさかここに来ることまで読んで」

「まさか、デートの内容まで推測してられないよ。学校さぼってちょっとした仕事の息抜きだ」

 慣れた手つきで、仕掛けを整え仕掛けを投入して、数秒。竿を振り上げ、鯉をヒットさせ、早急に魚籠に入れた。ここまで約一分半。再度仕掛けを投入するまでも会話しながら行っている。

「おお、凄い」

「マジかよ、なんで釣れんの?」

「白い絵の具を黒にしようと、黒を足しても一滴、二滴たらしただけでは黒にはならないよ。それはそれとして、こんにちは、神前玲奈」

「こんにちは、シグマさん。私も神前か、玲奈で」

「なら神前。シグマでいい。どうせあだ名みたいなもんだ・・・っと」

「それなら、シグマ。治人君から聞く限り、男だと思ってたよ」

「その認識でも間違ってないけど、間違っている。僕は性別上では女だが、精神的には男女が混在してる」

「性同一性障害とも、違う・・・解離性?」

「解離性だね、記憶は共有している。稀に一人称が違うことがあるけど、気にしないでくれ。というか、特に特別配慮することはない。どこにでもいる、普遍的な友人として扱ってくれ」

「お前のような、奴を普遍的だとは思わん、というか、思えない。その証拠に今も釣りあげてる。これで五匹目だ」

「治人君とシグマは仲のいい友人というには違う関係だけど、恋人とはまた違うね。羨ましい、私にもそんな人が」

 シグマは神前の言葉を遮った。まるでそうなって欲しい、その方が都合がいいとも取れるが、反対に嫉妬交じりにも聞こえるように。

「その馬鹿と、付き合えばいい」

 爆弾を投下した。「はあ⁉」と驚く俺に、そっぽ向く神前。そんな甘酸っぱい青春の一ページを他所に、淡々と釣りあげていくシグマ。その顔は北国の狐の様な冷たい目に、眉間に皺を寄せていた。漫画ならば怒りマークか、シャープでも付くように。

「ここでは初対面だから、言っておくが、神前。君は既に治人のことが好きなのだろう?治人も。カフェで散々話して、神前を想って最後には月が綺麗、いや、星が綺麗だと言いたげな顔をしていただろう?それなのに、それなのに、まだキスどころか、恋人つなぎで手もつないでないだろう?その調子じゃ」

「あ、あ、あのな。俺はただ」

「ただ?神前のことを寝るまで考え込んで、告白もしていないこの状況に納得のいく理由を聞かせてくれるのだろうな?」

「あーもう、わかってる。わーってるよ!俺に告白する勇気がないだけだよ」

「は、治人君?」

思わず立ち上がった俺を見上げる神前の表情はシグマと対面したての時に見せていた、余裕のある生徒会長フェイスは見る影もない。恥じらう乙女の表情をして、どうにかしてほしいと上目遣い。

意識してみれば見るほど、全身から湯気が出そうなほど暑くて、熱い。シグマに反論しようにもうまく言葉が浮かばない。

「まったく、ここまでしてやっとか。まあいいか」

 シグマは十匹目を釣りあげていた。二分一匹ペース。これなら記録が破れそうだと、二人を横目に池に仕掛けを垂らす。

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