第29話 事務所

実父の事務所はコンビニを改装したもののようで、営業所にも見える。だが全面カーテンが閉められ、人気がないと一目でわかる様子だった。中を見るまでもないと思ったが、神前は一応インターホンを鳴らした。

 数秒後にインターホンに取り付けられたスピーカーから事務員と思われる女性の声がした。

『はーい、陣彰人の事務所です。ご用件をどうぞ』

「あの、陣彰人の娘なのですが。父は今どこにいますか?」

『え?娘⁉・・・でも、長い間会ってないって。ちょっと待っててください、今そちらに行きますので』

「わかりました」

 私服を着た三十台程度に見える女性事務所の玄関に現れた。妙におどおどしているが、無理もない。神前は生徒会長をやっているせいか。元々肝が据わっているせいか物怖じせず、堂々とした態度のままだ。

「急にお伺いして、すみません。神前玲奈と申します。長年会えなかった父に会えればとお伺いしたのですが」

「神前・・・あ、陣さんの親戚の!あーでも、今陣さん人に会う用事があるとかでいないんですよ」

「そうですか、わかりました。あの、もしできればでいいのですが、私が来たことをお伝えしてもらっても?」

「はい、わかりました。きっと陣さん驚きますよ。そうだ、電話番号教えてください、そこに連絡が行くようにしますので」

 事務員に電話番号教え、事務員の携帯に登録したのと同時に事務員の携帯が鳴った。

「すみません」と頭を下げて電話を見た事務員は目を丸くして笑った。

「ちょうど、陣さんからです。もしもしー、事務の片原です。はい、お疲れ様です」

 電話なので帰ろうとしたが、相手が相手なのでその場に留まることにした。事務員は終始驚いた顔でメモを取りながら、時折こちらを見てそこにいることを確認しているようだった。ただ、事務員は終えるまで神前がいると伝えることはなかった。まるで電話の向こうが、神前がいることが前提のように話を進めている。

「はい、います。え?あー、はい?わかりました。はい、はい。それでは失礼します」

「えっと、父はなんて言ってましたか?」

「それが陣さん、玲奈さんがいらしていることの確認のための電話でした。今日来るなんて一言も聞いてませんけど、どういうつもりなんでしょうか。あと、後日連絡をするとのことです」

「そうですか、わかりました。ありがとうございました」

 二人で頭を下げ、事務所から離れた。神前は嬉しそうにも、困っているようにも見える顔で空を見ていた。

「会えませんでしたけど、連絡が行くみたいでよかったですね」

「そうだね、でもどういうことだろう。私が来ることを知っているなら、事務所にいるか伝言を残していくと思うのだけれど、私に、会いたくないのかな?」

 不安そうに声色を震わせ、唇を噛み、すがるように俺を見る。それでも精一杯強がっているのだが、誰の目でも分かるほど不安がっていた。

「大丈夫です、なんてありきたりな言葉しか言えませんけど、考えすぎだと思いますよ。単純に、どうしても会わなければならない重要な人との会談とか、神前が来ることを知ったのがつい最近で予定を組み込めなかったとか、言伝を残せなかったのはその、朝早かったとか」

「・・・慰めるのが下手だね。でも、そうだね、考えすぎかな」

「どうします?もう帰ります?」

「そうだね・・・そうしようか。あーでも、せっかく来たからこの町でまた遊ばない?もしかしたら、お父さんに会えるかもしれないし」

「ここらは景色こそいいですけど、遊ぶところなんてないのでまた電車に乗って戻った方がいいんじゃないですか?偶然お父さんに会うってかなり低確率ですよ」

「でもないよりマシだよ」

「・・・そうですか」

 神前と商店街を見て回ったが、ほとんどシャッターが閉められ営業してないどころか潰れているのか、すら判断できない状態だった。数件営業していたが、精肉店や八百屋、老舗和菓子店などで、ウィンドウショッピングぐらいしかやることがなかった。それでも神前は子供のようにはしゃぎ、気になるものを見つけては駆けていった。

 つられてはしゃいでしまい、精肉店のおばさんに勘違いされてしまった。

「あんたら、新婚か?ずっと笑顔だ、仲良いね」

 ついお互いを見合って、神前は両手を振って否定し俺は横目で神前を見てしまった。顔が熱く、冷たい水でも一気飲みしたくなるほど顔が朱いのは神前も一緒だった。

「そんな、新婚じゃ」

「でも悪いねこんなつまんないところで」

 おばさんは聞く耳を持たずに何かを持ってきた。

「はい、あんたらを見てると昔の自分を思い出すべ、ほらコロッケ、タダええで」

 思わぬハプニングもあり、シャッター商店街でも思いのほか楽しむことができた。

この町を一人で歩いた時には思いもしなかったことで、隣に誰かがいるだけで見方も捉え方も大きく変わるものなのだと思った。

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