第26話 リベンジ VSシグマ

「サーブは私からで」

 シグマはコーチから試合用の球であるスリースターの球を受け取り、ラケット数回上に打って感触を確かめていた。

「それじゃ始め」

「「よろしくお願いします」」

 腰を低くし、前傾姿勢でラケットを構える。シングルではテニスのようにサーブを斜めに打つ必要がないため、どこに来るのかは相手のサーブの動きを見て予測か、勘を頼りにするしかない。

俺は中央でラケットを構える。

「サっ」

「おわっあ!」

 卓球独特な掛け声の後、白い球がゆっくりと低空飛行で台を移動する。コーチが素っ頓狂な声を上げているが気にしない。

球がネットを超えたところで、目を見開いた。球が急に左に逸れたのだ。スピードを抑え回転に特化させた、非常に強い回転がかかっているのだろう。何もせず触れた場合ネットに引っかかるか、台の外に出てしまうことだろう。

 球が左に逸れているので、基本的には裏のバック面でとらえることになるのだが厄介なのはその回転だ。対処方法はいくつかある、無難な選択肢は下の回転を掛けてネットを少し超えたあたりに落とす“ツッツキ“だ。高く上がることはあまりないため、スマッシュを打たれることはないが、再度別の回転を掛けてくる可能性もあり、その場しのぎでしかない。初心者の女性に特に多いのがこのツッツキで何でも返すことで長引くのだが、シグマは絶対にやらない。何かしら手を加えてくるだろう。

「っ」

 それでも出方を見るためにわざとツッツキをした。台に2回バウンドする短い返しになり、シグマの右側のフォア面に球は向かった。

「よっと」

 シグマはラケットの角度を非常に鋭くして、手首を大きく振り、球が当たった瞬間に肘を直角に曲げて“払った”。

 球は素早く移動しこっちのフォア面に向かって疾走。バック面を打ったばかり、しかも台に近いため反応しても手が間に合わず、返すことができなかった。

「おいおい、経験者だったのか」

「はい、なんで心配は無用です」

 シグマに払われた球を取りに行き、ラケットで打ってシグマに渡した。

「初手で払うとか、追いつけないって」

「真剣勝負だし、別に予想できなかったわけじゃないだろう?」

「まあそうだけど」

「・・・サッ」

 シグマは台の対角から対角まで素早い速度で移動する、ロングサーブをフォア面からバック面に打った。とっさに反応して、縦回転のバックドライブを掛ける。何とか打球を返せたものの、シグマ得意のフォア面に球が送球され、ドライブが返ってきた。

「ふんっ」

 ドライブは大きく弧を描くように飛んでいき一見チャンスボールに見える。しかし、ドライブは一番強い回転とも言われ、強い回転のかかったドライブは返球した時に台ではなく、相手の後方に飛んで行ってしまう。また、上手ければ上手いほど音がほぼ出ないと言われている。シグマのドライブはまさにそれであり、対抗するには逆の下回転を掛けるか、頂点打で無理やり強打を打つか。

「くっ」

 同じドライブを掛けるしかない。こうなると数回はドライブの打ち合いになり、球は本人たち以外は軌道を追えない程、速度を増していく。

「あ」

「よし、取り返した」

「おお、やるね」

 シグマの打ったドライブがネットに引っかかった。今回の様に返球すればするほど左右に揺れるため、返球難易度が上がりミスが多くなる。

「いや、重たい。あのドライブ重たすぎる。返すだけで一苦労だ」

「そうじゃなきゃ面白くないじゃん」

 と非常に白熱していった。気づけばシグマ五点の治人三点。

本来は二セット先取、三セットマッチなため。勝つには二セット取らなければならないが、今回は回転率を重視して、一セット先取。

 シグマはラケットの特性と、その性格から中距離でのドライブを武器に回転重視のスタンス。

 俺も同じく中距離なのだが、ドライブにこだわらず、緩急つけた返球にスマッシュを決め手にしていた。

「おいおい、結構ハイレベルな戦いしてるな」

 コーチの一人言と、何度も聞こえるスマッシュの地響きと球の弾ける音で視線が集まってきた。

サーブはデュースを除いて二回交代制。次は俺の番なのだが、サーブには自信がなかった。幸いシグマもそれほど自信があるわけじゃなかった。それでも点が取れないのは決定的な差としてシグマはサーブの種類が圧倒的に多かったためだ。種類が多い分、返し方も熟知しているため、俺がサービスエースを取れたのは一回だけだった。

「結構ガチでくるじゃん、そんなに神前が好きなの?」

「いや、別に、そんなんじゃ」

「でも神前の父親を神前と合わせるために賭け事をするなんて、らしくないよ。治人はもっと、めんどぐさがりなのに、自分でやりたがるはずなんだけどな。これも・・・恋の力か・・・」

「うるさい、サッ」

 そう、神前に実父を合わせるため、実父を連れてくるように頼んだ。しかし、シグマは拒絶。それでもあきらめきれずシグマに無謀だと思っていながらも勝負を持ちかけたのだ。

「くっ」

 サーブの返球。音のないドライブが襲ってくる。何とかドライブで返すものの、俺自身ドライブが得意ではないため、打ち合うと割と不利た。さらに言えば、シグマは4種のドライブを使い分けていた。

 バランスの取れたノーマルドライブ、弧を低空飛行で描くスピードドライブ、弧が大きく台に当たると大きく跳ねるループドライブ、そしてドライブと同じ挙動なのに台に触れた瞬間横に曲がるカーブドライブ。

 この4つを見極めて戦わなけばいかず、不得意なドライブとスマッシュだけでは太刀打ちできないでいた。このドライブには先輩たちやコーチも驚いており、総当たりの一回目が終った人たちが、是非シグマと手合わせしたいと、ギャラリーになっていた。

気づけば⒑―6と差ができてしまっていた。シグマは絶対にミスらないと自分を鼓舞するために「ラストー」と小声でつぶやく。当然治人にも聞こえていて、図らずともプレッシャーになっていた。

「あっ」

 俺のサーブがネットに引っかかり、シグマの得点。と思いきや、ギリギリネットを超えた。この場合はサーブをやり直す。このやり直しをきっかけに、流れが変わった。

 シグマのドライブが急に入らなくなったのだ。卓球にも流れがあり連続して点を取っていたら、急に点が取れなくなることがある。シグマは点を落とすたびに首を傾げた。

 ⒑―8と差はなくなり、緊迫した空気が流れる。ここでシグマのサーブ。流れを変えようと、今まで見たことないサーブを繰り出した。

しゃがみこんで打つ、王子サーブ。足腰に非情に負担を掛けることで通常のサーブよりも強い回転がかかる。また同じようなモーションで数種類のサーブに派生するため上級者向けのサーブだ。有名な女性選手がオリンピックで使用していたため記憶にある人も居るだろう。

シグマが打ったのは、ラケットの持ち方を変え、しゃがみ込みながら右手でアルファベットのC描くように、ラケットの背面で打つ治人から見れば、バック側に曲がるサーブ。

 だが、俺はこのサーブを知っていた。返したこともあった。

そして、待っていた。

俺の中でシグマと言えばこの王子サーブとイメージだからだ。

「ッ!」

 王子サーブの回転をそのまま利用し、回転と同じ方向に回転を掛け返す。この返し方を想定していなかったシグマは、ラケットの持ち方を戻す前に球が床に着いた。

「あー、もしかして。狙ってた?」

「ノーコメント」

「やっぱり」

 シグマは球を拾い、定位置に戻り、サーブの準備をした。手を皿にして球を垂直に上げ、試合の始めで出した、台の対角から対角まで素早い速度で移動する、ロングサーブをあえて同じバック側に出した。

俺はあまり高度が高くならないように角度を調整してブロック。

始めと同じようにドライブが来ると思って下がった。しかし、これが致命的なミスとなった。

「え?」

 シグマは台にお腹を付けるほど接近し、台から少し浮いた球を頂点に至る前にスマッシュした。

近距離速攻、前陣速攻と呼ばれることもある打ち方。

 ラケットから離れた球はネットを超え、台の半分も行かないところでワンバウンド。スピードを保ったまま、俺の足元に落ちた。

「⒒―9。ゲームセット」

 ワッと歓声と拍手が沸いた。シグマは囲まれ次の相手になってほしいと、数十名に頼みこまれていた。俺にも何人か頼みに来るもシグマほど人数はいなかった。

 そんな二人を遠目から気に入らないように見る。二人組がいた。

「マジうざくない?」

「あっちは無理だけど、あの男の方はヤれそうだよね」

「ヤっちゃう?」

「ヤっちゃう~」

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