第24話 「ほら、君も。その胸ポケットに入っているメモ帳はごっこ遊びかい?」

「お前、この時代の時点でこんなマシン使ってんのかよ!どんだけ通ってたんだよ⁉」

 会話を始めるとモブの車や壁にぶつかり荒ぶる。集中してないないと、上手く操作できない自分が嫌になる。シグマも乱れてはいるものの、自分よりも安定しているのが増える数字でも理解できた。

「たまにやる程度だよ。いつもは別のゲームしてるし。この時代でも一番好きなゲームがサ終してたから、もう少し前の時代が良かった。それにガチでやってるわけじゃないから、神前玲奈には負けるよ」

 シフトレバーを動かしたシグマの速度が一気に上がる。手加減していた事実に驚きつつも、その好きなゲームに対しての熱量が理解できた。

「それはお前の実力不足だったんだろ?」

「それは・・・否定も肯定もしないよ」

「なあ、何か急いでいたのか?お前らしくない。もう少し時間があればもっと前まで再現できたんじゃないか?今もこうして、ほぼゲームのような世界で全く別のゲームしてるんだから」

 図星だったようでシグマの速度が落ちた。横目でシグマの画面を見ると、速度が百キロを下回っていた。どんどん速度が落ちていく、雑談のつもりだったのだがシグマには刺さった様だった。アクセルを踏み続けるのをためらったが、二つの車の距離を表す数字はまだ五十以上あるが、シグマの車を視認できたため、変わらずアクセルを踏んだ。

「シグマ?」

「ああ、すまない。勝負なのにな」

「いや、こっちこそ。変なこと言った・・・あちょ、一気に速度上げんな!」

 さっきまで五十キロ前後だったのだが、アクセルをベタ踏みしたらしく、百、百五十、二百、二百五十、三百と瞬きする度に速度が上がっていった。シフトレバーも速度だけでなく、速度があまり落ちないようにカーブに合わせても変えてドリフトしていた。

 結局最後まで抜くことすらできなかった。抜くどころか、速度を上げてから後ろ姿を拝むことすらできていなかった。最後に見た、距離を表示する数字は二百メートルを超えていた。

「お前遠慮ないな、ほんと加減というものを知らないやつなんだから」

「別にただ自分の力の下限の出力が高いだけで・・・」

「それを加減ができねえって言うんだよ」

「そもそも勝負ってのは全身全霊を込めてやるものでしょう?」

「・・・まあいいか、で、ジュースは自販機でいいのか?」

「いや、あの店にしよう」

 シグマが指さしたのは外装と内装が一致しないゲンブのR&Mだった。


「お、いらっしゃい。マーちゃん」

「その呼び方やめてって言ってるでしょ」

「ハハハっ、ってあの時のリア充の坊主、いや兄ちゃんまでいるんか。ふぅ~、なんだ浮気か?」

 相変わらず客が入っておらず、美少女フィギュアばかりの異質な空間の喫茶店。

「浮気って、まだ付き合ってもないですよ」

「なんだ?まだってことは、その予定があるのか?」

「え?違う違う、それは、言葉の綾です」

 ニヤニヤして、人を小ばかにしたような顔で笑うゲンブ。

前回同様にカウンターに行こうとしたところ、シグマが口をはさんだ。

「ちょっと今回テーブルでいい?ちょっと話したいことあるから?ゲンブも大丈夫?」

「はぁ?まあいいか。マーちゃんには頭も上がらんし、好きにしな」

「ありがと」

 テーブル席は普通のファミレスのような作りをしているが、窓際には美少女フィギュアとプラモデルを引き立てるために作られたミニチュアが置かれ、天井には美少女ゲームだろうか、謎の白いシーツの上で恥じらう服の乱れた女の子の、かなりきわどい抱き枕カバーが保護シートに入れられ画鋲で止められていた。

ただ窓際に不自然な四角い模様ができていて、そこには何も装飾されていないのが気になった。

「個室なのに落ち着かないな、よく警察に言われないと思うよ」

「・・・案外マスターが女性だから多めに見られてるのかもね」

 どこを見ても美少女グッズが視界に映る。テーブルをはさんでシグマを見ても、背後には邪魔にならない高さにコースターやポストカードなどがちゃんと保護シートを使って飾られている。テーブルにも保護シートの下には大量のグッズが挟まっている。保護シートは固定され、ずれることはないが気にならないと言えば嘘になる。

「そういや、ここには良く来るのか?」

「“昔”からよく来てた。というかここの注文システム作ったの私だし」

 そう言って、シグマはテーブルに置かれたタブレットを手に取った。他では見たことないデザインで、自分が設計したことを見せつけるかのように管理者ツールを開いて見せた。

「は?まじかよ、イカレてんな。だから、ゲンブさんも頭が上がらないとか言ってたのか」

「そういうこと。で、なに頼む?私はカモミール。甘味は・・・」

 じっとこちらを見つめるシグマ。言いたいことはわかる。でも、首を振った。それを見て不服そうに口を膨らませた。

「ダメだからな、あっちと違って結構お金も厳しいし」

「向こうだって変わらなかったでしょ。むしろこっちの方が・・・まあいいか、自分で払うわ。今日はうーん。なんか良いのないな。はい」

 タブレットを渡され、前回同様アイスコーヒーも良いと思ったが苺のスムージーが気になった。甘味はスムージなのでパス。注文ボタンを押すと「ご注文ありがとー」と甘いメイドさんのようなボイスが流れた。多分これはシグマの趣味だ。なぜなら、このボイスを聞いて笑いを我慢しているからだ。

「まったく、こういう変なところを作りもむよな。お前は、一人称もぶれるし」

「一人称は仕方ないから許して、その場その場で帰るのはボクだから。ってゲンブー、裏メニューで鰆の西京焼きお願い」

 カウンターの方から「あいよ」とだけ聞こえてきた。

「カモミールに絶対合わないし!というか何⁉西京焼きって!」

「え?知らない?京都料理の」

「違う、そっちじゃないそっちじゃない。俺が聞きたいのはなんで西京焼きなんてあるんだよ⁉」

 言ってから気づいた。

 前にゲンブが言っていた、メニューの原因の一人はコイツだ。シグマはやたらと味にはうるさい。それも魚料理はとにかくうるさい。

コイツと回転寿司に行ったときは最悪だった。やれ水分が多いだの、凍ってるだの、臭みが取れてないだの散々酷評して、やっと黙って食べ始めたと思ったら不服そうな顔をして黙々と食べるのだから、気分が悪くなる。

半面、味にうるさいシグマの料理を数回食べたことがあるが、普段から味にはこだわっているようで非常に美味しかった。本人はそれでもまだまだと謙遜しているものの、既に一般手的な外食店並みかそれ以上だった。

得意料理は、刺身は当然として、鯖の味噌煮とサーモントラウトのシソ竜田揚げだそうだ。

「お前が関わるとどうしてこう、変なもんが出てくるんだ。そもそも喫茶店だろ?ここ、割烹料理店じゃないんだから」

「安心してよ、ここの魚料理はほとんど私担当だから」

「どう安心しろって言うんだ、なんだ?冷凍でもしてんのか?」

「そそ、暇なときや、あーほとんどないけど在庫がなくなったときに、ここに来て作り置きして、冷凍してるから」

「ということは、この注文システムと言い、ほぼここの店員かよ」

「そうなるね」

 相変わらずよくわからないやつだと頭を抱えていると、注文していた品が届いたのだ。カウンター側ではなく、窓際から。窓際の不自然な四角形が倒れるように開き、中からスムージーを始め、カモミールティー、そして最後に鰆の西京焼きが流れてきた。流れてきたものを手に取ると次の品物が置かれる、まるで寿司屋のようなシステムだった。

「あのさー」

「なにかな?ああ、これ?作るの大変だったんだよ?壁に穴開けるわけにもいかなかったし、ベルトコンベアーもどこから調達したらいいのか迷ってたら、ちょうど親戚の社長が余ったからいらないか?って言ってくれて助かったんだよ」

 この後も、ベルトコンベアーで運べない料理をドローンで運んでいたり、決済システムも一般的なコード決済がテーブル席でできるようになっているとか説明され、意識を改める必要があると思った。ここはオタクの集まる憩いの場ではなく、シグマのからくり屋敷だと。

 一部の人からの人気。おそらく夜に来る大人たちからの人気は凄そうだと思った。これなら昼間客が来なくても人件費も浮くうえに、口コミで客が引ける内装。このお店だけは“現代”と同等もしくはそれ以上のテクノロジーを使って作られている。

もはや技術的特異点と言って過言ではない。

 カモミールティーを飲み終え、お代わりを注文したところでシグマが言った。

「それで、神前のお父さんについて探してるんだっけ」

「なんでそれを?」

「なんでもわかるさ、だってあの。FDVR機器、“ミノネクト”を作ったのはボクだからね」

「・・・」

“現代”の最先端VR技術に、R&Mの無人システムの数々。もう何が来ても驚かないと思ったが、自分の考えていることすら見透かされていると思うと若干気味が悪い。

「確か、神前は。過去に離婚した父親に引き取られ、翌年誘拐事件に巻き込まれる。その際発見した神前の親戚に今も引き取られ続けていると」

「もしかして、お前がこのシナリオを書いたのか?」

「まさか、そんなことしないよ。人の人格を書き替えるようなことしてないよ。全て事実、“過去”でも“現代”でも。君が関わったことで多少誤差はあるだろうけど変わりのない事実。この世界は実際に起こったこと全てを再現してるんだから」

「なら神前の本当の父親が誰なのか見当もついてるんだな」

「検討どころか、答えを知ってる。ただ、一つ問題点を除けばね」

「問題点?」

 カモミールのお代わりが運ばれてきた。受け取ったシグマは、何度も息で冷ましてから一口。目を閉じ飲む。次に目を開くと同時に、問題点を開示した。

「彼女の今の父親が、彼女を手放そうとしていない。そもそも十三年前の誘拐事件の犯人はその今の父親なのさ」

「は?どいうことだ?神前の今の父親が神前を誘拐する動機がないだろう」

 推理小説の醍醐味を奪われたようだった。だが、それはシグマなりの親切心からだ。それなりに長くシグマと一緒居たため理解しているが、一般人ならつまらんと匙を投げていることだろう。

「そんなことはどうでもいい。今ネックになっているのは神前がなぜ犯人と一緒にいるのかだ」

 スムージーを飲んでいると、シグマはじっとこちらを見つめてきた。

「俺が何をしろと。まさか神前に直接聞けって言うんじゃないだろうな」

「まさか。そんなことはしない。今からいくつかの推測を話す。それを君が否定するんだ。逆にそうだと思ったら肯定してくれてもいい」

「つまり、批評しろと?」

「そゆこと。さて、まずはそうだな」

 シグマは注文用のタブレット端末を手に取り、メモ帳を開いた。

「ほら、君も。その胸ポケットに入っているメモ帳はごっこ遊びかい?」

「知ってたのかって、当然か。“現代”でこれに落書きしてたしな、それに前も指摘されたっけ」

 制服の胸ポケットからメモ帳を取りだす。メモ帳にはやりたいことリストを書いていた。それでも書いてあったのは「恋愛をしてみたい」という戯言と、先生の名前などのちょっとしたことだけだった。

 この時代に来てからは、出来事などを書き込んでいた。もちろん神前のことも。

「さてさてさーて、てーて、てー」

 シグマは特に意味のない呟きを切り口に、討論会のような批評会が始まった。

「改めて言おう。神前玲奈の叔父は誘拐事件の犯人だ。なのに、なぜ今も神前玲奈と一緒にいるのか。いいかい?治人。ここからはノンストップだ」

「ああ、来い」

 アイコンタクトをしたシグマは真面目な声色に変え、挙げたことやキーワード、発展したことをメモ帳に書いていった。

 さあ、マシンガントークの始まりだ。

「神前玲奈を奴隷のように扱いたいという支配欲から彼女を誘拐して彼女はそれをよしとしている。有体に言うなら性欲のはけ口など」

「それは違うと思う。神前は“悪い人じゃない”と言っていたことと、食費や、学費、小遣いを出してもらっていたから。奴隷のようにはあつかわれていない。むしろ大切にされている」

「それは神前玲奈が隠している」

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